第4話 そして、道は閉ざされた

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 重い沈黙。

 場所は例の喫茶店。

 月から地球が見えないふりをしていた私たちは、それでもずっと触れないなんてことは出来ず。

 電脳に帰って時間を無為に過ごしていたが、辛抱できなくなり集まったのが先程のこと。


 キュオシーが口を開く。

「結局、地球も月も全て電脳上のものだった」

 反論してみる。

「どちらか片方は本物の可能性もあるんじゃないの?」

「可能性はあっても実際にそうする理由がない」

 食い気味だった。どうやらキュオシーも相当堪えているらしい。

 なら、

「サーバーが見付からないから、ハッキングも何も出来たもんじゃないってこと?」

「そういうこと。だからさ、アーシス、残された術はもう少ないよ」

 キュオシーは遠い目をしている。


 その後も話が続くことはなく、やるせない気持ちを抱えたまま店を後にした。

 別れ際に今度はキュオシー宅で作戦会議を、と約束して。


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 そして、アーシスはキュオシーの家へ向かった。

 ドアを開ける。

 途端、目の前に躍り出る影、それは玄関で首を吊っているキュオシーだった。

 少しの逡巡と諦観。ただ意外性はなかった。複雑な感情の奔流は、しかし想定の範囲内。

「ほら。最後にはこうなるんだ」

 そう言うアーシスの足元には紙片が一枚落ちていた。


 そこに綴られているのは一文だけ。

 “お前を決定づける方向性は「アポトーシス」だ”


 ***


 こうして「ワタシ」はキュオシーに相対した。

 彼に問う。

「今丁度、アーシスが貴方の死体を発見したところなのですが、何故ここに?」

「あれは自殺と言うイニシエーションです。運営システムをハッキングするための」

 成程。要は彼はバグだ。運営システムとしての役割を果たすべき「ワタシ」として、早急に修正パッチを作成、適応する必要がある。

「今後同様のことが起こらないよう、修正パッチを作成いたします。どのようにしてシステムをハッキングするに至ったか、お聞きしても?」

 応じる可能性は低いかもしれないが、試す価値は……

「勿論」

 以外にも快く応じた彼は、口を開いて語りだした。


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「そうか」

 アポトーシス。それは生物をよりよく運営するためのプログラムされた細胞死のこと。

 ここは電脳、加味して言い換えるなら“電脳をよりよく運営するための最適化”だ。

 その役目を理解した以上、もう止まれない。

 最適化を実施、即ちストレージを圧迫するものを消去する。


 ***


 擬似地球の運営は不要だろう。

 同様に月、その他の宇宙に至るまで。


 不要なものを挙げていくうちに、人そのものが電脳の、世界の蛇足に過ぎないのだと、気付いてしまった。


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 運営システムと向き合う。

 同時にアーシスのことを気にかける——必要はないか。

 かつての彼に語ったように口を開いて、

「システムは魂に不干渉です。だから剥き出しの魂になれば、どこへだって行けます。例え厳重なファイアウォールで閉ざされた、システムの中枢であろうと」

「しかし、魂になることは不可能では?」

 運営システムにとってもイレギュラーだろう。デバッガーの才能があるかもしれない。

 続けて言う。

「だからアーシスと旅をしたんです。彼は自分と同じ共同体に属したものを、いずれ消去させる」

 それを自殺することで悪用したんです、と。


 少しの沈黙の後の意思表示。

「修正パッチの作成は不可能だと判断しました。ご協力に感謝します」

 不可能と判断しても感謝されるなんて、定型文に決まってる。だから、それだけで終わる訳もなく。

「よって」

 やっぱり。

「キュオシー、貴方を消去します」

 予想通り。面と向かって言われると心に来るものがあるが、慌てずに。落ち着いて。

「それはお門違いってもんですよ」

 だって、

「それは今アーシスの専売特許になったし、そのためにわざわざここまで来たんです」

 割と賭けの比重は大きかった気がするが、俺は帰結主義者なので問題ない。

「——キュオシー。では貴方はハッキング、及び時間稼ぎのために?」

 ようやくみせた動揺に胸のすいた思いをする。

「ええ。それと、興味があったんです」

「それは何に向けた?」

 これで終わりだ、多少饒舌になっても許してくれるだろう。

「電脳を円滑に運営するにはシステムが必要です。そしてそのシステムは住人の総意に近いほどいい。

 ならば、システムが集合的無意識と言うのは、自然ではないかも知れませんが理にはかなっている」

 ハッキングによってそれは確証へと変わったが。

「そのシステムが自滅することを魂に刻んだ者がいるなら、住民の自殺願望の発露な訳です。

 気になってしまっても仕様がないでしょう?」

 運営システムはもう一つが産まれたことの経緯を知って。総意を実行するアーシスによって、本当に存在意義を失った。

「あとは、彼次第と言うことですか。だから、ずっとそんなに」

 ひょっとしたら自分の魂に背くかも知れない彼を、それさえも楽しめる自分の業の深さを嗤った。

 でも、浮かべる笑みは彼の選択を尊重する方。

「はい。楽しくてたまらないんです」


 最初から楽しかったが、今は特に。

 前を見るとこれも笑っているように見えた。

 世界が終わっても、この笑みは永遠に。

 ——自分でも思う、データとして保存されるには、惜しい笑みだった。

「願わくば、次があることを。次があれば、本物を」


 ***


 「ワタシ」も総意から見放されたことだけは本当に嬉しくて、前に見える道化につられて笑った。


 ***


 きっと、今までは消去する人を目立たせるビーコンとしてのみ機能していたんだろう。

 だから独りが多かった。

 キュオシーが隣にいることはあっても、彼は私を観察対象として、私は彼を隣にいる人としてのみ利用して、互いに友人共同体とは思っていなかったんだろう。

 彼の魂に刻まれたものは、きっと「好奇心」。

 彼は自らの魂に従って、電脳の最後を見る為に、私に消去権を付与した。入手経路は知らないが。

 これで電脳を最適化できる。/それはいったい何にとって?

 勿論、電脳の運営のため。


 そこでようやく、一度電脳を破壊した方が、人を遍く消去するより早いことに気が付いてしまった。


 なら、後は、単純なこと。

 未来さきに産まれるであろう人類と呼ぶべきものはいずれ電脳の作成に至るだろう。

 でも、電脳のよりよい運営には電脳を作らないことが一番だ。


 辺りを真っ新にする。/真っ新な場所に私一人。

 カメラを準備する、旧型の物しかなかったから、画質も音質も保証できないが。/揺れる映像。走るノイズ。

 ふとオカルトを思い出して、笑みがこぼれる。

 言葉を紡いで。/タイムマシンは発明されていないし、並行世界も証明されていないが。過去あととの差異は許容してもらいたい。


 紡いで、紡いで。



 そして、この人類は、痕跡も残さず消え去った。

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フラグメンツ 灯油蕁麻 @touyujinma

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