第3話 回顧
5
思えば、独りでいることが多かった。
他人が嫌いなわけではまるでない。
他人が隣にいることがないわけではなかったが、それでも長く続いたことはなかった。
だから、彼はきっととても稀有な存在だ。
例えその視界に私がいなくとも。例え常に距離を感じていても。
6
そうして、彼らの地球探訪は始まった。
「何にせよ、まずは地球から。宇宙まで手を広げるのは、先の話」
とはキュオシーの談。
丹念に、入念に。かつて大勢が暮らしたこの惑星は、しかし人がいない今緑を取り戻して。
そこに疑問を持つものが一人。
「なあ、キュオシー。たかが100年ちょっとで、ここまで人類の痕跡はなくなるのかな」
うっそうと生い茂る木々をよけながら、アーシスが問う。
「いくら生分解性の素材が主流になってもさ、きっと人にはそれぞれ永久に保存したいものがあったんだ。
それはきっと、データとして手元にあっても満足できない類のもので…」
続けるアーシスに、しかしキュオシーは反応を見せない。心なしか足元が覚束ないように見える。
「「あ」」
二人の声が重なる。
片方は自分の視界が急に傾いたことに、もう一方は相方が急に視界から消えたことに声を上げた。
「……ひとまず休憩にしようか」
「……助かる」
***
それからも彼らは旅を続けた。
かつて栄華を誇っても、かつて発展途上でも、かつて眠らない町と呼ばれても、常に眠っていた町も、等しく文明の興りは消えていた。
疑問を持つものはより強固で確実なものとし、疑問を持たないものは探訪者として最適化していった。
基本的には地形をスキャンして、怪しいところは地道に彼らの足で。
幸いにも彼らに時間はあったから、ゆっくりと、じっくりと。
こうして彼らは地球探訪を終え、その中で電脳を運営するサーバーの在りかはおろか、手がかりの一つさえ、見付けることは出来なかった。
だから、次の目的地は宇宙——のはずだった。
***
初めはよかった。
次は月に行こう! とキュオシーが言って。
アーシスは「もうこいつに現実は見えていなくて、理想だけを追っているのでは」と勘繰って。
それでも付いていく理由は、結局自分も楽しいんだと結論付けて。
月探訪は始まった。
7
「昔の人は、車に乗って月を移動したらしいよ」
口を開いたのはアーシスだった。
「じゃあ先人にあやかってみよう!」
やけにテンションが高いキュオシーだった。
月をぐるっと回って。
その間やたらと口数が多くて。
キュオシーもその悪い癖を指摘できずに談笑して。
面白くないものを面白いと思い込んで。
滑稽な彼らを至って真面目だと信じ込んで。
そのまま。
そのまま。
彼らから見える地球はとても大きくて、彼らが探訪した地球とは似ても似つかない物だった。
8
「まもなく記録の閲覧地点が現在へと到達します」
アナウンスする。
運営システムと呼ばれる「ワタシ」も、結局管理下にある者たちの総意に、傀儡に過ぎなくて。
与えられた自我を持て余し、自らの存在意義を見失いながら記録を参照していた。
彼らの軌跡は面白いものではなかったが、「ワタシ」が切り取ったものである故に紛い物であることは否めなかった。
だから本当に、心底思った。
偽物はなくなった。それぞれに適する世界が与えられるから。
でも、本物は何処へ行ったんだろう?
「ああ、存在意義なんて、とっくのとうに見失っている」
勿論ミュートにしてある。誰にも聴こえないはずだから、反応なんてあるはずもなく。
——それなのに、聞こえてはいけない雑音が。
「それも住人の総意に過ぎませんよ。最初からこれは自我なんて持ち合わせてはいない」
背後に影、いったい誰——。
「私からは初めまして。キュオシーと申します」
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