第3話 回顧


 思えば、独りでいることが多かった。

 他人が嫌いなわけではまるでない。

 他人が隣にいることがないわけではなかったが、それでも長く続いたことはなかった。

 だから、彼はきっととても稀有な存在だ。

 例えその視界に私がいなくとも。例え常に距離を感じていても。



 そうして、彼らの地球探訪は始まった。

「何にせよ、まずは地球から。宇宙まで手を広げるのは、先の話」

 とはキュオシーの談。


 丹念に、入念に。かつて大勢が暮らしたこの惑星は、しかし人がいない今緑を取り戻して。

 そこに疑問を持つものが一人。

「なあ、キュオシー。たかが100年ちょっとで、ここまで人類の痕跡はなくなるのかな」

 うっそうと生い茂る木々をよけながら、アーシスが問う。

「いくら生分解性の素材が主流になってもさ、きっと人にはそれぞれ永久に保存したいものがあったんだ。

 それはきっと、データとして手元にあっても満足できない類のもので…」

 続けるアーシスに、しかしキュオシーは反応を見せない。心なしか足元が覚束ないように見える。

「「あ」」

 二人の声が重なる。

 片方は自分の視界が急に傾いたことに、もう一方は相方が急に視界から消えたことに声を上げた。

「……ひとまず休憩にしようか」

「……助かる」


 ***


 それからも彼らは旅を続けた。

 かつて栄華を誇っても、かつて発展途上でも、かつて眠らない町と呼ばれても、常に眠っていた町も、等しく文明の興りは消えていた。

 疑問を持つものはより強固で確実なものとし、疑問を持たないものは探訪者として最適化していった。

 基本的には地形をスキャンして、怪しいところは地道に彼らの足で。

 幸いにも彼らに時間はあったから、ゆっくりと、じっくりと。

 こうして彼らは地球探訪を終え、その中で電脳を運営するサーバーの在りかはおろか、手がかりの一つさえ、見付けることは出来なかった。

 だから、次の目的地は宇宙——のはずだった。


 ***


 初めはよかった。

 次は月に行こう! とキュオシーが言って。

 アーシスは「もうこいつに現実は見えていなくて、理想だけを追っているのでは」と勘繰って。

 それでも付いていく理由は、結局自分も楽しいんだと結論付けて。


 月探訪は始まった。



「昔の人は、車に乗って月を移動したらしいよ」

 口を開いたのはアーシスだった。

「じゃあ先人にあやかってみよう!」

 やけにテンションが高いキュオシーだった。


 月をぐるっと回って。

 その間やたらと口数が多くて。

 キュオシーもその悪い癖を指摘できずに談笑して。

 面白くないものを面白いと思い込んで。

 滑稽な彼らを至って真面目だと信じ込んで。

 そのまま。

 そのまま。


 彼らから見える地球はとても大きくて、彼らが探訪した地球とは似ても似つかない物だった。


 8


「まもなく記録の閲覧地点が現在へと到達します」

 アナウンスする。

 運営システムと呼ばれる「ワタシ」も、結局管理下にある者たちの総意に、傀儡に過ぎなくて。

 与えられた自我を持て余し、自らの存在意義を見失いながら記録を参照していた。

 彼らの軌跡は面白いものではなかったが、「ワタシ」が切り取ったものである故に紛い物であることは否めなかった。

 だから本当に、心底思った。

 偽物はなくなった。それぞれに適する世界が与えられるから。

 でも、本物は何処へ行ったんだろう?

「ああ、存在意義なんて、とっくのとうに見失っている」

 勿論ミュートにしてある。誰にも聴こえないはずだから、反応なんてあるはずもなく。

 ——それなのに、聞こえてはいけない雑音が。


「それも住人の総意に過ぎませんよ。最初からこれは自我なんて持ち合わせてはいない」

 背後に影、いったい誰——。

「私からは初めまして。キュオシーと申します」

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