第7話   夢の中の夢

「いくら夢の中と言ったってバッサリと斬られるのは嫌だー。夢から醒めたら夢見

 が悪いわい」

「待てぇ、幹太」

 逃げる幹太に息を切らせながらも刀を振り回し、詰め寄る先生。・・・とうとう

 幹太は、庭の大きな松の木の根元に追い込まれてしまったのだった。

「覚悟はいいか、幹太」

「アッシも男だ。諦めた。ばっさりやってくれぇ。・・・しかし、死ぬ前にひとつ

 だけ願いを聞き入れてもらいてぇことがある・・」

「なんだ、人の夢の中で死ぬ前におねだりとは、・・・酒でも欲しいのか」

「いや、温泉に入りたいんで・・。この夢の見納めに温泉に浸かり、アッシの剪定

 したこの松の古木を見ながら死にたいんで」

「それが、最後の願いと言うのなら、良いだろう・・・まあ、聞き入れよう」

先生がそう言うと、松の根元に小さな温泉が湧いて出てきた。

幹太は、素っ裸になり、湯にゆっくりと浸かりながらこう述べた。

「先生、夢の中とは言え、温泉は気持ちがよいねえ。死に際に温泉とは、アッシは

 幸せだ。・・・先生も如何です。・・・ちょうど良い湯加減ですよ」

「そうか、夢の中で、これから殺そうとする男と共に湯に浸かると言うのもまた、

 一興、趣があるな。・・・よしよし」

先生も素っ裸になりお湯に入った。


「先生、気持ちがいいでしょう。なにか。“じわ~”として、これから死のうとする

 アッシが言うのも変ですが、・・・“生きていて良かったなあ”と実感しますよ。

 あはは」

「まことに、まことに。これから殺そうとしている私が言うのも変な話だが、

“全人類が平和でありますように” と願ってしまうよ。あはは」


二人は、松の木を見ながら暫らくは至福の時を過ごしたが、幹太が当然思い立ったようにこう話を切り出したのだった。


「アッシが先生の夢の中にいると言うことは、今先生は夢を見ていることになりま

 すよね。」

「ん。そうなるな」

「では、アッシの考えは、実は先生が前もってアッシが考えることを夢の中で先生

 が考えてその考えをアッシにプレゼンしていることになりませんか?」

「ん、なるほど、そうとも言えるな」

「この夢、変じゃございませんか?」

「何をだい?」

「アッシは今自分で考え喋っているのに、先生から一度もプレゼンされた記憶が

 無い」

「・・・」

「しかも、随分長い間、お温泉に浸かっていますが、・・・先生は全く汗をお掻き

 になっていませんよ」

「・・・そんなはずは無い」

幹太に言われた先生は、手で額を拭おうとしても汗らしきものは、ひとつも無い。

「ひょっとしたら、ひょっとして、ですよ、・・・・先生も試しにご自分の頬を

 つねって頂けませんか?」


不安になって来た先生は、祈るように自分の頬をつねるが、何か感じるどころか、痛くもない。なんどもなんども繰り返しつねったが、やはり同じ・・・やがて二人は互いに見つめ合って、こう叫んだ。


「・・・この夢、だ、だ、誰のもの?」

「・・・この夢は・・」

それからというもの、二人は、恐怖に慄き、我を忘れて、金切り声を上げ、・・・「ぎゃぁ~ぎゃぁ~」と叫び、・・・素っ裸のまま屋敷の外に出てしまったのだ。

「この夢は誰のもの?」

「この夢見ているのは誰?」


素っ裸の男二人が、狂ったように叫び、江戸の町を徘徊すると、女たちの悲鳴が、あちこちから上がったのだ。

・・「きゃあ~、きゃあ~」・・・「この夢は誰のもの?」 「ぎゃぁ~ぎゃぁ~」・・・「この夢見ているのは誰?」 「きゃあ~、きゃあ~」・・・ 「この夢は誰のもの?」  「この夢見ているのは誰?」・・・


暫くすると、血相を抱えた奉行所の与力、同心たちがこぞってそこに集まって来た。

そして修羅場と化した町中で騒いでいる大勢の連中を捕えてこう叫んだのだった。

「皆のもの・・・静まれ。静まれー」

ところが、女たちの悲鳴は、止むことなく、町中に響いて、「きゃあ~、きゃあ~」と・・・。

「静まらんかー」

「お、お奉行様、素っ裸の男二人を止めないと・・・またこっちに来て・・・

 きゃあ~、きゃあ~」

「その者ども、静まれ。静まれ・・静まれと言うに・・」

「この夢は誰のもの?」

「この夢見ているのは誰?」

「え~い。静まれー。そこのお前たち。ここに居わす方をどなたと心得る。

 頭が高い 控えおろう。・・・お頭どうぞひと言、お願い申し上げます」

「ワシは、火付盗賊改方、長谷川平蔵であーる。皆のもの、静まれ。静まらんと、

 この夢の主が目覚めてしまうだろうが。・・・そうしたら、わしも含めて、

 お前ら、ここにいる全員が・・・・・・・・・・・

 ・・・消・え・て・し・ま・う・だ・ろ・う・が。このバカモノー」


・・・・・・・・・あっ!


欧州、墺太利(オーストリア)。

「先生、先生・・そろそろ講義の時間ですよ」

「お、ユング君、うっかり寝てしまった」

「笑っていましたよ、何か面白い夢でもご覧になったのですか?」

「そう言えば、・・・二人の変な日本人が“この夢は誰のもの”と裸で町の中を走り

 回って、女たちが“きゃあきゃあ”言っていた夢を見たな・・・」

実は、この夢の主人は、精神科医ジークムント・フロイトといい、後に「夢判断」を上梓するが、その元になったのが、彼が見た二人の日本人が登場する夢に由来したかどうかは、定かではない。

・・・が、万が一、そうで有ればまさに夢のようなお話である。


終わり・・・そろそろ眠くなってきたね。お休み。・・・良い夢を見てね.




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夢判断 伊藤ダリ男 @Inachis10

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