あいす

君影草(すずらん)

1話完結

「あー! 僕のアイスが溶けていっちゃうよー!」

「早く食べないからでしょー」

「違うもんー!」


 うわーん!


 結局子供は泣き出してしまった。ごめんね……。暑いからだよね……。罪悪感で胸がいっぱいになってしまった。あの男の子は正しい。少し前までは数十分間アイスを楽しむことができた。ただ今は五分程度でアイスは床に落ちていってしまう。私だって暑くしたくて暑くしているわけじゃない。前と同じように地球さんと仲良くしているだけだ。


「ねぇ、地球さん。最近暑いとか寒いとか極端になってしまうのはどうして?」

「僕もよく分からないんだ。いつも地に住んでいる生物から文句言われてるよ。最近だと氷が解けて海が高くなってしまっているらしい」

「氷? どこの?」

「南の地域……だったかな確か。どうやら溶けることによって沈んでしまった島もあるらしい」


 氷が解けて沈んでいく地……。やはり暑いからだろうか? 地球のことを一番よく知っている地球さんが分からないのであれば、私に分かるわけがない。


「ただ……最近気になることがあって……」

「気になること?」

「うん。僕の周りを覆ってくれている子がいるんだけど、最近顔を出してくれないんだ。何かあったのかなぁ」


 なんでだろう……。みんな仲いいんだけどな……。顔を出してくれないなんて……。


「その子の名前教えてほしいな」

「オゾンさんっていうんだ。いつも優しくていい子なんだけどな……」


 地球さんの発した言葉は最後にいくにつれて小さくなっていった。オゾンさんのことでも考えているんだろう。


「ありがとう。声かけてみるね」


 地球さんに別れを告げて私はオゾンさんに声をかけてみた。


「オゾンさんこんにちは、今大丈夫かな?」

「あ、こんにちは太陽さん。だ、大丈夫だよ」


 不安そうな顔をオゾンさんは浮かべている。おどおどと少し挙動不審な感じも見える。


「オゾンさん、何かあったの?」

「いや、本当になんでもないんだ」

「何でもないのにどうしてそんな不安そうな顔をするの?」


 少し踏み込みすぎてしまったかな……と思ったが、聞いてしまった以上受け止めてあげなくちゃ。


「じ、実はね……フロンさんが僕をいじめてくるんだ……」

「フロンさんが?」

「うん。ちょっかいをかけてきたり、叩いてきたりするんだ」

「そんなことが……」


 フロンさんがオゾンさんに意地悪を……? 優しいオゾンさんに……? どういう目的があって……?


「話してくれてありがとう。少しフロンさんに聞いてみるね」

「太陽さんありがとう」


 フロンさんから話を聞かなきゃ……。だけどフロンさんってどこにいるんだろう……。まとまっているわけじゃなさそう……。


 いろいろな人にフロンさんの居場所を聞いてみたがそのたびに違う答えが返ってきた。地球さんの近くやオゾンさんの近く……分からないという声も多かった。いろいろなところに現れてすぐに姿を消す……。オゾンさんの近くにいれば会えるかな……。確証はないけれどずっと探すより一つの場所にいる方がいい……はず!


 探し始めて一週間。途中からはオゾンさんの近くにいたところ、フロンさんが現れた。現れた直後フロンさんはツンっとオゾンさんにちょっかいをかけた後、すぐにどこかに行こうとした。


「ちょ、ちょっと待って! ねぇ、待ってってば!」


 逃げようとするフロンさんを私は必死に呼び止めた。私の方をちらっと見てまたどっかに逃げようとした。


「どうしてオゾンさんに意地悪するの? 可哀想じゃない」

「オゾンさんに意地悪したいわけじゃないんだ。地球さんからどんどん離れたら太陽さんの光を受けて違うものに変わっていってしまうんだ。そいつらがオゾンさんをいじめるんだ」

「私の光で……?」


 まさか私の光が原因……? なんで……?


「なんでって顔しているなぁ。光に俺は弱いんだ。俺の意志はどんどん消えちまう。今も進行形で」


 目には見えないけれど徐々に今も変わっている……ということか。それも私のせいで。さっきまで私はフロンさんを悪者にしていた。どうしてそんなひどいことができるの? 今まで仲良くしてたのに? その言葉は今度から私に向けて言われるんだ……。


「ごめんなさい……」


 謝罪の言葉は小さい声になってしまった。意図なくして誰かを傷つけていたことへの申し訳なさと、罪なきフロンさんを責めてしまったこと。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」

「太陽さんだけのせいじゃねぇよ。だって今までと同じことしか俺たちしてないだろ? 毎日太陽さんも地球さんも位置は動いていないし、俺たち気体だってそう。行動を変えたのは地に住んでいる生物の方だ」


 フロンさんは遠くを見つめた。その先には地球さんが、いや、地に住んでいる生物だろう。


「た、太陽さん、これは僕たちだけで解決できる問題ではないんですよ……」


 オゾンさんもフロンさんに続いて地球さんの方を見つめた。地球さんは海の波を微妙に変えて悲しい表情をした。


「……本当に僕たちには何もできないのでしょうか……?」

「だって僕たちは声を上げることができないんだ。その状態で地に住む生物に何かを伝えるのは難しいだろう。それに恐らく気づいているだろう。地が沈み始めていることも、気温が上がり始めているのも」

「気づいているといいけれど……」

「大丈夫さ、僕たち以上にあの生物たちは頭がいいはずさ。実際近くに謎の物体飛ばせるくらいだし。信じよう」


 私たちには何もできない。毎日昔から続けてきたことをするだけ。調節はできないし、休むこともできない。いつか来るかもわからない終わりに向けて各々は今を生きている。自分たちの運命を私たちは決められない。だからせめて……、せめて地が沈む前に……。行動を変えてほしい……。



「ねぇ、お父さーん、なんでこんなに暑いの? 僕溶けちゃうよ~」

「なんでこんなに暑いかわかるかい?」

「知らないよー」

「これはね、僕たちが起こしたんだよ。暑いのは自分たちのせいなんだ」

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あいす 君影草(すずらん) @Kimikage_0502

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