行商
俺は、ミヨの待つ家へと帰った。
ミヨは満面の笑みで迎えてくれた。
それを見て、ミヨの父もとても嬉しそうだった。
俺がいるだけで、この家の者たちは幸せになるようだった。
こんなに喜んでくれるのなら、もうしばらく、この家に世話になってもよいのかもしれない。
ミヨの父は言った。
「わしは
「はい、俺でよければ喜んで」
こうして、俺は髪飾りの他に、村の物も市で売ることとなった。
次の市が開かれた。
俺は町に行き、露店を開く。
俺が持ってきた髪飾りは、今日の分は売れたのだが、持たされた村の特産品はまったく売れなかった。
品は悪くないのだが、いったいどういうことなのだろう。
隣の商人がこう言った。
「与吉さん、今日はしまいですか?」
「いや、まだ売れていないので」
そう答えると、商人は怪訝そうな顔をしてこう言った。
「与吉さん、もう売るもの、ないじゃないですか」
「え?」
確かに、髪飾りはすべて売れた。
しかし、村の特産品は一つも売れていない。
「与吉さん、ひょっとしてあなた、あちらの方から来たのではないですか?」
そういって、商人は村の方を指す。
「ええ、そうですけど……」
「……あなたとは、もう会えないかも知れませんね。神隠しに遭わぬようご用心を」
そういうと、隣の商人はそそくさと店をたたみ、どこかに行ってしまった。
俺はその後もしばらく、商売を続けてみたが、結局、村の物は売れなかった。
俺はミヨの家へと帰った。
ミヨの父は、村の物が売れなかったと聞くと、とても残念そうであった。
「……そうか……やっぱりそうか……」
「やっぱりって、どういうことですか?」
俺は尋ねたが、何も答えてくれなかった。
俺は、村の役に立てなかった申し訳なさでいっぱいになった。
明日の朝、この村を出ることにしよう。
ミヨは、俺が村を去る決心をしたことに気がついたようだった。
「弥平さん、もう、どこにも行かないでね」
「え? いや、そういうわけには……」
ミヨは俺の行李を取り上げた。
「弥平さん、この赤いかんざしは何?」
「いや、これは売り物じゃないんだ」
「じゃあ、私にくれるの?」
「え? いや……」
そのかんざしは、愛する妻サトのものだ。
ミヨにあげるわけにはいかない。
「誰か、よその女にあげるのね!」
般若のような形相へと変わるミヨ。
まずいな……
ミヨの父は、そのやり取りを見てこう言った。
「明日の朝、お立ちになるんじゃろ? おまえさんには感謝しておりますが、最後の土産に、その赤いかんざしをミヨにやってはくれないか?」
そう言われてしまっては仕方ない。
こちらは世話になった身であった。
翌朝、俺はミヨの父にこれまでの礼を言い、いくばくかのお金を渡した。
ミヨの父は言った。
「与吉さん、弥平を演じてくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ。ミヨさんには申し訳ないですが、私にも妻がおりますので」
次に俺は、ミヨのそばへ行った。
「次の行商は、少し遠いところに行く。すぐには帰れないが、我慢して待っていてほしい」
案の定、ミヨは泣き出した。
俺はなぐさめる。
「このかんざし、欲しかったんだろう? ミヨにあげるよ。これを俺だと思って大事に使ってくれ」
俺は、行李からサトの赤いかんざしを取り出した。
それを持ってミヨの髪を見つめる。
ミヨのうなじは白く、妖艶であった。
背徳的な感情があふれてくる。
いかん。
俺の妻はサトだ。
ミヨではない。
俺は赤いかんざしを握り締めた。
サトとの思い出が蘇ってくる。
すると、俺の心から劣情が消えた。
俺は心を無にして、ミヨの髪に赤いかんざしをさした。
その途端、周りは眩しい光に包まれた。
何も見えない!
いったい、どうしたというのだ?
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