253.ついにお目見え、新たなる鎧と靴! 探索中にダメにしちゃったものを新調した訳ですけど、やっぱり新品っていいものですよね……!


 シドが卸したての装備を身に着けてゆく間に。

 めいめい朝の支度を終えて起き出してきたパーティの仲間が、一階の酒場兼食堂へ集まりはじめていた。


「わぁ……!」


 そんな中――吹き抜けになった二階の手すり越しに階下のシドを見下ろして。感嘆の声と共に目を輝かせたのは、うら若き森妖精エルフの娘である。

 フィオレだった。人間であれば二十歳に満たない、未だ少女と呼びうる年頃の若い森妖精エルフだ。


 肩口まで真っ直ぐに伸びる金糸のような金髪フェア・ブロンドと、透き通って輝くエメラルドの瞳。

 無意識にか、森妖精エルフ特有のとがった耳をぱたぱた揺らしながら上機嫌に弾む足取りで階段を駆け下りたフィオレは、シドへ駆け寄るなり「わあ」「うわあ」と顔を寄せて、そのいでたちをためつすがめつしはじめた。


「新しい装備、届いたのね! おめでとう!」


「ああ、うん……まあ、そんな感じ。ありがとう、フィオレ」


「? うん。どういたしまして。よかったね、シド。とってもよく似合ってる!」


 気まずい心地で顔を背けずにいられないシドを不思議そうに見上げてから。すぐににっこりと微笑み、両手を打ち合わせるフィオレ。

 そして――そのあまりにも屈託のない少女の無頓着さは、シドからするとどうにも居心地悪く、いたたまれなかった。


 何故かとなれば――もとより丈の短いフィオレのスカートが、軽やかに階段を駆け下りる間にふわりと舞い上がって、青い血管の筋すら見て取れそうな真白い脚が付け根近くまで見えそうになっていたせいである。


 靴屋のマイスは気難しげにしかめた顔を背けながら咳払いし、鍛冶屋のヘズリクは眼福とばかりにニマニマと眦を緩めていた。ヘズリクの弟子達に至っては、シドの周りをぱたぱた駆け回る間にもふわふわひらめくスカートの裾へ完全に目を奪われている始末である。


 そんな男達の反応にいっかな気づく様子のないフィオレに代わってシドがこっそり咎める目を向けると、それに気づいたヘズリクがわざとらしく咳払いして、真面目ぶった表情を取り繕った。


「んで、どうでぇ兄ちゃん。そいつの着心地はよ」


「すごくいい感じです。なんだか見た感じよりずっと軽くて、動きやすいみたいで」


 素直な感想を述べるシドに、ヘズリクは腕組みしながら「そうだろうそうだろう」と頷く。


「そいつはなぁ、蒼銀鋼ディラール製の板金帯と小札こざねを補強に重ねた、ウチ特製の補強鎧バンデッドアーマーよ!

 鎖帷子チェインメイルよりも軽く、なおかつ突きや打撃にも強い! 帷子は鎧下ギャンベゾンのシャツに縫い付ける形で関節や二の腕の部分鎧ポイントアーマーにしてっから、板金のないところを斬られてもへいちゃらのへい。なおかつ細かな鎖を使って音のしにくいつくりってぇワケよ。どうでぇ!?」


「ありがとうございます。ただ……その、俺が替えにお願いしたのって、ふつうの鎖帷子チェインメイルだったような」


「なにけちくせぇこと言ってんでぇ! 若ぇくせによ!!」


 ばぁん、と背中を叩くヘズリク。痛みどころか、打たれた衝撃も殆どなかった。

 あと、山妖精ドワーフの基準はともかく人間の三十七歳はちっとも若くないと思うのだが、それはともあれ、


「あんたの剣術なら、何より迷宮メイズの探索ってぇハナシなら、あんな鎖帷子一本なんて装備は野暮天もいいところだぜ! むしろあんた、よく今までそんな調子で冒険者なんてやってこれたよなぁ!?」


「そ、そこまで……?」


「そこまで、だ。まずあの手の服みてぇに着込むヤツは、つくりの問題で全体の重さを肩で支えにゃならんからよ、頑丈に作れば作るほど長歩きにゃあ向かねぇ。そのくせ、打撃や刺突はろくに防げねぇときた。

 金に糸目をつけねぇってハナシなら、全身板金仕立ての方がよっぽどいいんだぜ?」


 そんな類の話は、確かにシドも聞いたことがないわけではなかったが。


(……そりゃまあ、できるものならその方がいいんだろうけど)


 とはいえ、そうした板金鎧はそれだけで一財産になるレベルの高級品、かつ、総じて『使用者の体格に合わせてサイズを調整する』のが大前提の特注品である。よほど成功した冒険者でもない限り、個人の装備として持つのは難しい。


 第一に、鎧自体が総じて高価たかいのだ。ヘズリクにはくそみそに言われてしまった鎖帷子チェインメイルも鎧の中では安価な部類だが、それでも仕立ての上等のものなら、並の剣が束で買えるくらいには値が張る代物なのだ。


「だからこそ、のその鎧よ。調達から打ち直しから手間暇はたっぷりかけたが、そいつはあんたが欲しがった鎖帷子チェインメイルと、値段のうえじゃそう変わらんくらいのシロモノだぜ?」


「これが……?」


 厚手の皮手袋に板金を重ねた手甲ガントレットを嵌めた指を軽く握り、具合を確かめながら。着ている鎧のそこかしこを見遣って、シドは感嘆の息をつく。


「それは……すごい。ありがとうございます」


 板金と小札に採用したという蒼銀鋼ディラールは、聖霊銀ミスリル合金の代表的な一種だ。耐魔術性に秀でるのみならず非常に硬く、しかも軽い。

 それを用いて、なおかつ市販の鎧と同等の価格にまで抑えたというのなら――その言葉通り、材料調達の段階から相当の手間暇をかけたはずだ。ヘズリクからの厚意に、シドは頭が下がる思いだった。


「靴の方はどうだね」


 マイスが訊ねてきた。シドは「ええ」と頷く。


「吸いつくみたいにぴったりです。前に履いてたやつがそのまま戻ってきたみたいで――あ、もちろん、どこもかしこもぴかぴかなのはそうですけど」


ろし立ての靴だからな」


 シドの言いように、マイスが笑う。

 その反応で、自分がまるで新品の靴を貰った子供みたいな言い方をしていたのに気づいてしまい、シドは急に恥ずかしくなった。


 板金の補強がそこかしこに施された、脛当てグリーヴつきの鉄靴も同然の長靴ブーツである。こちらは以前に使っていたのと同じものを、図面を渡したうえであつらえてもらったものだった。


蒼銀鋼ディラール製とまではいかんが、頑丈さは保証するよ。そのうえで、板金の重さを意識することもないはずだ」


「ええ。とても歩きやすいです――ありがとうございます」


 はにかむシドに、マイスは満足そうに眦を細めた。

 どこかほのぼのした空気すら漂うそんなやりとりを半眼で見遣っていたヘズリクが、おもむろに「さぁて」とてのひらを打ち合わせる。


「こちとら、鎧の方はあくまで注文ついでの『オマケ』だ。そろそろ真打ち、あんたがご注文の剣の方を、とっくりお目にかけようじゃあねぇか」

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