十章 おひとよしおっさん冒険者、(※ようやく)再始動の時! 今こそ再び、最大最難の未踏迷宮へと挑め!!!

252.ある朝、注文していた鍛冶屋さんと靴屋さんから遂に装備が届きました。それでその、わざわざ届けていただいたのはとてもありがたいのですが、できれば仲良くいきませんか……!?


 遺跡都市オルランド。その目抜き通りから外れて賑々しく家並みの連なる、下町である。

 日課である早朝の鍛錬を終えたシドは、その日も宿へ戻る道を、駆け脚に駆け戻っていた。


 シド――シド・バレンスは、今年の春で三十七歳になる。

 《大陸》中部ではありふれた焦げ茶の髪と、のどかな垂れ気味の目におさまった同色の瞳。ひょろりとした体躯に洗いざらしのありふれた服を着こんだ、取り立てて目立つところのない温和な雰囲気の中年男だ。

 冒険者歴二十余年というベテラン冒険者らしい貫禄は、いまいち頼り甲斐を欠いた痩身からはどう見ても伺えない。


 ただ、どうにもぼんやりした顔つきと裏腹に。早朝の下町を駆け戻る脚は――当たり前のランニングをしているというだけの様子にも関わらず、目を瞠るほどに速かった。


 やがて、《忘れじの我が家》亭の看板をかけた宿へと帰りつく。このオルランドにおける、シドの定宿だ。


「ただいまー」


「あ。おかえり、おじさん」


「お帰りなさいませ、シド様」


 額の汗をてのひらで軽く拭いながら玄関を潜り、一階の酒場兼食堂へ入ったシドへ、カウンターにいた闊達そうな少女が真っ先に振り返る。

 続いて、こちらは朝食の支度を手伝っていたらしい涼しげな美貌の娘が向き直り、清楚な所作でたおやかに頭を垂れた。


「ただいま、サティア。セルマさんも」


 赤みがかった金髪ブロンドを頭の右側で一本のしっぽのように結わえた少女――この《忘れじの我が家》亭の従業員を自称する、シドに言わせればこの宿の実質的な支配人である、サティア・イゼット。

 《諸王立冒険者連盟機構》から冒険者宿経営の教導員として派遣されている、銀髪の機甲人形オートマタ、セルマ・オリゴクレース。


 早朝の鍛錬後に宿へ帰るとたいていこうして真っ先に顔を合わせる二人の娘へ、習慣的にぺこりと頭を下げるシドへ、サティアがテーブルのひとつをてのひらで示す。


「ところで、朝っぱらから何だけど。おじさんにお客さん来てるよ」


「客?」


 心当たりがなかった。というより、朝食時のこの時間に?

 サティアが示す先を追って怪訝に目を向けると、テーブルのひとつを囲んで集まった屈強な男達がいた。


 思わず、ぽかんと顎を落とした。どれも見覚えのある顔だった。


「よお、ニイちゃん! 元気してたようで何よりだ!」


 その中の一人、真っ先に手を挙げて挨拶を寄越したのは、山妖精ドワーフの男だった。

 太い眉と彫りの深い顔立ち、豊かな髭とはちきれんばかりに太い腕をした、《大陸》の諸人が抱く山妖精ドワーフのイメージそのままの山妖精ドワーフだ。


「ヘズリクさん! それに、工房の皆さんも!」


 鍛冶師のヘズリクと、その弟子である鍛冶屋の山妖精ドワーフ達だった。

 師匠に命じられてかテーブルを囲むようにして立つ山妖精ドワーフ達は、各々が布でくるんだ包みを持っていた。


「お久しぶりです。それに、ええと……靴屋さんも」


 そして、もう一人。

 咄嗟に名前が出てこず、へどもどした物言いになってしまったシドに失笑しながら椅子から腰を上げたのは、こちらも見てくれだけなら山妖精ドワーフのようにもじゃもじゃの白髪と白髭を蓄えた、がっしりした中年男である――もっとも、こちらは人間の男だが。


「そういえば、まだ一度も名乗っていなかったな。マイスだ、よろしく」


「シドです……シド・バレンスと申します。すみません」


 握手を求めて差し出された手を、恐縮しながら握り返す。

 マイスと名乗った男は、この宿からいくらか離れたところにある商店街で店を構える靴屋だ。


「あの、ところで皆さん。今日は一体どうして」


「おいおい、どうしても何もねえだろう。こいつらを見てわかんねえかい?」


 豪放に大笑しながら、大きく腕を振って弟子たちを示すヘズリク。


「もしかして……お願いしていた品ですか? みなさん、わざわざ届けに来てくださったんですか? ここまで?」


「まあ、そういうことだ。そちらの荒くれどもとは、たまたま宿の玄関先で行きあっただけだがね」


 言いながら、靴屋のマイスが、テーブルへ置いた厚手の布製鞄を叩いてみせる。方形に膨らんだ布鞄はその口から、中におさまった、抱えるほどのサイズの木箱が伺えた。


「すみません、わざわざ……こちらから伺わなきゃいけないところを、そんな」


「恐縮せずとも構わんよ。幸い仕事の注文がすべて捌けたばかりだったのでね。今日の開店前に、後始末を片付けておきたかっただけだ」


「はん! なーにケチくせえこと言ってんでぇ、この山妖精ドワーフもどきの髭もじゃがよぉ! おい兄ちゃん、おれはこっちのケチとは違って、サービスで届けに来てやったんだからな。恩に着てくれよ!」


 わははと笑って大声で言いながら、ばしばし背中を叩いてくるヘズリク。上機嫌な鍛冶屋に、マイスはフンと鼻を鳴らす。


「実に恩着せがましい物言いだな。こちらがケチなら、そちらはさしずめ恩の押し売りというやつじゃないのかね」


「あぁん? んだとぉてめぇ、気取った口ききやがって」


「お、お二人とも! こうしてせっかく届けていただいたんですし、今ここでつけてみてもいいですかね!?」


 慌てて間に割って入るシド。

 鍛冶屋と靴屋は一度だけ互いの視線で火花を散らし、「フン」と鼻を鳴らして矛をおさめる。


 そして、各々が持ち込んだ包みを、さっそくその場で解き始めた。

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