254.そして、新たな剣のお目見え! かくして此処に完成する、おひとよしおっさん冒険者の勇姿を御覧じよ!!!


 「おい」とヘズリクが呼びかけると、ふんぞり返って胸を張る鍛冶師の後ろに控えていた弟子のひとりが「へい」と恭しく一礼して、シドの前へと進み出た。

 山妖精ドワーフの身の丈を大きく上回る、長大な布包みである。


「開けてみな」


 言われるまま布を解くと、鞘入りの長大な両手剣ツヴァイハンダーがその姿を現した。金属製の鞘におさまったそれはずしりと重かったが、同時にシドの感覚にしっくりくる、そんな重さをしていた。

 呆けたように目を瞠るばかりだったシドは、ふと我に返ってあたふたと狼狽する。


「あの、これ、抜いてみてもいいですかね?」


「ったりめぇだろうが。むしろそうこなきゃ、こっちの甲斐がねぇってもんだぜ」


 ふふんと鼻を鳴らすヘズリク。

 続いてサティアの方を伺うと、宿の事実上の女主人である少女は、「やむなし」とばかりに渋々の体で頷いてくれた。唇を尖らせた仏頂面には、「壁とか床とか傷をつけないでよ?」と警戒する気配が露わだった。


「……では」


 おそるおそる、と形容するのがぴったりの慎重さで、シドはゆっくりと、鞘から剣を引き抜いた。

 切っ先までを完全に引き抜き、両手で掲げ持った瞬間、シドの口から自然と熱い吐息が零れた。


 その反応に満面の笑みを広げながら、ヘズリクが鼻息を荒くする。


「どぉでぇ、こいつは。このヴォルガのヘズリク、空前にして渾身の一刀よ」


「……すごい。まるで、ずっと握っていたみたいに、てのひらにしっくりきます」


 鍔本にリカッソを備えた、黒光りする剣身。

 真っ直ぐに伸び、尖端近くでまろみを帯びた曲線を描きながら切っ先の一点へ集約する刃――それはさながら油が滴るようにギラリとした光沢を帯びて、やもすると心ごとその目を吸い寄せられてしまいそうだった。


金剛鉄アダマント……じゃ、ないな。黒狼鋼ヴェスペア合金製か」


 ――と。


 ぽつりと口を挟んだのは、輪からいくぶん離れたテーブルで頬杖を突いていた、黒衣の男だった。肩に毛先が届く長さの黒髪がかかる、刃物を思わせて硬質な輪郭の頬に頬杖をつきながら、シドの手に在る剣を検分する目でじっと見つめている。


 黒衣の男と同じテーブルには、禿頭についた向こう傷の目立つ、筋骨隆々とした巨漢も座っていた。


 ユーグ・フェットとロキオム・デンドラン。

 もとは《ヒョルの長靴》という冒険者パーティを結成していた、今は故あってシドとパーティを組む運びとなった冒険者である。


 ひとりごちるようなユーグの言葉に、サティアが怪訝に眉をひそめる。


「べす……何?」


黒狼鋼ヴェスペア精霊銀ミスリル合金のひとつだ。蒼銀鋼ディラール黄天鋼アウローラほどメジャーな素材じゃないから、お嬢ちゃんが名前を知らないのは無理もないが」


「どういうものなの?」


「重く、硬く、熱によく耐える。黒狼鋼ヴェスペアの刃は竜の鱗もバターのように断ち切るというし、いにしえの叙事詩サーガにうたわれる武器のいくつかは、こいつを鍛えたもんじゃないかってハナシもある」


 問い返すサティア。ユーグは淡々と、しかし意外な律儀さで答えていく。


まがいものの金剛鉄フィクトゥス・アダマントなんて風にも呼ばれる代物さ。もともと、神代の金属とされる金剛鉄アダマントとして錬成されたからこその異称らしいが、こいつはあくまでも伝承の類だな。実際のところはどうだか」


「……すごいものなの?」


「強度としては、数ある精霊銀ミスリル合金の中で最硬。うたい文句が嘘ってことは、まあないだろう。ただ、附術工芸品アーティファクトの素材としては下の下ってとこだ」


 「な」、と誰かが呻く声がした。


「魔術領域の性質において、黒狼鋼ヴェスペアは鉛や錫をも上回る指折りの嫌法不導体だ。冒険者の装備としても上澄みは附術強化武具アーティファクトが主流の当世じゃ、まず見かけんシロモノだね」


 そう話を締めくくって肩をすくめるユーグに、ヘズリクは「ふん」と鼻を鳴らした。


「えらく詳しいじゃねぇか、わけぇの。どっかで山妖精ドワーフの鍛冶師にでも教わったかい」


「冒険者の武器としてなら、精霊銀ミスリルで同じ剣を打ち直した方がよほど使いでがいいだろう。数多の附術強化から、自分好みのやつを選んで使える訳だからな。

 合金に対する精霊銀ミスリルの配合率を鑑みれば、値段の面でもそう大きくは変わらんはずだ」


 ユーグは薄く笑っただけで、ヘズリクの問いに答えるでもなく話を続ける。

 対する鍛冶師は自信たっぷりに、ヤニがついた歯を剥いてにんまりと笑った。


「おれに言わせりゃ純精霊銀ミスリルの武器なんてもんは、派手好きどもが寄ってたかって振り回すばかりのぴかぴかした『光りモン』よ。この兄ちゃんの武器としてなら、間違いなくが一番だ。このおれの見立てに間違いはねぇぜ」


「ふぅん?」


 ユーグは眦を細め、両手剣を手にしたシドを一瞥した。横目にその表情を見て取り、薄い笑みを深くする。


「……どうにも、余計な嘴だったかね? 当のシド・バレンスがそいつで納得しているのなら、確かに俺が横から割り込む筋もないか」


「なんなら、あんたのための武器も見繕ってやろうかい? 物知りの兄ちゃんよ。この後ちょっくらウチに来て武器のひとつも振ってもらやぁ、次の冒険から帰ってくる頃にゃあきっちり仕上げておいてやるぜ。おれは仕事が早ぇんだ」


「厚意はありがたいが遠慮させてもらうよ。光り物が好きな性質たちなんだ」


「ははっ。見たまんまのカラスって訳かい。こいつぁいいや」


 ヘズリクは愉快でならないというように、太鼓腹を叩いて大笑した。そうしてひとしきり笑ってから、シドへと振り返る。


「で――どうするね? 兄ちゃん。そいつぁ確かに、こっちの物知り兄ちゃんが言うとおりのシロモノだ。もし気に入らねぇってんなら、持ち帰って打ち直してきても構わんぜ? 追加のゼニを寄越せなんてこすい台詞は言わねぇよ」


「え。いや、そんなまさか」


 シドは眉をひそめ、そそくさと鞘におさめた剣を庇うように後ずさりする。


「こいつをいただきます。もともと俺は、以前の剣も附術工芸品アーティファクトの類か分からないものでしたし……そういうとこ、気にしてませんから」


 率直に言えば、シドはこの剣を心の底から気に入ってしまっていた。


 てのひらに吸いつくような握りグリップから鈍く輝く刀身の長さに至るまで、まさしくシドのためにあつらえたとしか言いようがないくらいしっくりときている。そして真実、この剣はその通りのシロモノなのだろう。


 《箱庭アーク》で喪った剣が、姿を変えて戻ってきたような使い心地だ。

 これ以上など望むべくもない。


「はっははは! そうかいそうかい。ま、兄ちゃんが気に入ってくれたなら何よりだ。おれも仕事の甲斐があったってもんだぜ!」


 狼狽混じりで渋い顔をするシドに、ヘズリクは再び大笑した。

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