221.これまでの経緯も第三者的には大概うさんくさいですし、そもセルマがどういう存在なのか? という話になると、説明が一気にややこしくなるなぁ…という問題



「――以上が、シド・バレンス様と《連盟》オルランド支部の関係性にまつわる、現在に至るまでの経緯けいい、そのあらましとなります」



 セルマが、そう語り終えた時点で。

 サティアは今にも頭を抱えて呻き出しそうな、その衝動を堪える複雑きわまる渋面であった。


 『外向き』の完璧な笑顔も。『商人』らしい強気な姿勢も。

 一連の語りを聞く間に、彼女はよろう余裕をなくしていたようだった。


 やがて、凝った疲労を放散させるように、眉間を揉み解してから。サティアの視線は、置き所のない心地で隣に座っていたシドへと向いた。


「おじさ――オーナー、今のお話に関して確認させていただきたいのですが」


「……本当だよ。少なくとも、俺の認識と齟齬はないかな」


 それはこういう反応になるよなぁと内心頷きながら、正直に答える。他ならぬ自分だって、これを他人の話として聞いていたとしたら、きっと一回くらいはこういう類の問いを向けていたに違いないのだ。



 ――伝説にうたわれる、英雄オルランドと相対した幻想獣キュマイラ。それを封印せしめた戦い。


 《箱舟アーク》の中で発見され、解呪されたいにしえの《真人》種族――その一柱ひとつ、《宝種オーブ》の少女。


 《宝種オーブ》の少女を封じた部屋の『鍵』を、水竜人ハイドラフォークの部族、《翡翠の鱗》から強奪せしめる手引きを整えた、《来訪者ノッカー》を名乗る謎の人物。


 封印した幻想獣キュマイラは今なお完全な討伐には至っておらず、また、そもであるかの伝説の幻獣を完全に無力化せしめるため、シドは《宝種オーブ》の少女と共に、探索へ臨まんとしている――



「……その、申し訳ありませんオーナー。私はまだ理解が追いついていないといいますか、少し、頭がくらくらしているみたいで」


「気持ちは分かるよ。それと……何ていうか、その『外面』、そろそろやめない?」


「――と、仰いますと?」


 「何のことですか?」と、もの問いたげに小首を傾げる――その実、その笑顔からは「要らんことを言うな」という圧がひしひしとかかってた――サティアに、シドはばつの悪い心地で続ける。


「その、多分これは俺が言いそびれたんだと思うけど……セルマさんはこの先しばらく、この宿にずっといてもらうことになっちゃうから。だから彼女に関しては『身内』として扱うくらいしないと、この先、もたないんじゃないかと思って……」


「《連盟》の職員が宿へ常駐されるという話は、伺っていましたけれど……」


 困惑気味にそこまで呻いて。

 サティアは不意に、はたと思い至ったようだった。


「え。それ……もしかして、って意味だったの!?」


「ご理解の通りです」


 セルマが答えた。


当機わたしは冒険者宿、《忘れじの我が家》亭の経営に関する初期教育・教導支援ならびにサティア様が不在時の実務代行――のみならず、《忘れじの我が家》亭周辺に対する不穏な動きを警戒する、護衛・監視員の任も帯びております」


「あなたが!?」


 愕然として、顎を落とすサティア。


「《連盟》から護ってくれるひとが来るって話は、確かにありましたけど……!」


 でも――と。

 さすがに疑念を露わにしながら、サティアは慎重に問いかける。


「セルマさん……は、《連盟》の、相談員さんですよね? もしかして、元は冒険者だったりとか、そういう経歴の方……でしたか?」


「――いいえ」


 ふと。

 僅かに躊躇うような間を挟んで。

 セルマはゆっくりと首を横に振った。


「生憎ながら当機わたしは、冒険者ないしそれに類する職業に携わった経歴を有するものではありません。また、その資格を有するものでもありません」


「じゃあ――」


「ですが――『冒険』であれば、過去に経験があります。当機わたしは冒険者パーティ《永遠とわの翼》において、サイラス・ユーデッケン様を機主マスターと仰ぐでした」


 ――《永遠とわの翼》。

 怪我を理由に冒険者を引退する以前に、サイラスが身を置いていたパーティだ。


 《永遠の乙女》と呼ばれる一人の森妖精エルフの旅に従う、選りすぐりの英雄・英傑たる冒険者達の一行。

 今よりおよそ百五十年前に、さる人間の騎士が盟友たる森妖精エルフのために結成したとの逸話を持つ、現存するものとしては最古の冒険者パーティである。


 だが、冒険者であれば――のみならず、こと冒険に携わる者であれば一度は名を聞いたことがあるだろうパーティの名前以上に。

 当のサティアには、聞き捨てならない単語があったようだった。


「……びひん?」


 呻くサティアの困惑が、いっそうひどくなる。

 ――というより、彼女にとっては意味不明な単語の羅列に、サティアは完全に『引いて』しまっていた。

 途方に暮れかけながら頭を掻いて。シドは説明を入れることにした。


「その……何ていうか。一言で言えば、彼女は『ひと』じゃないんだ」


 『人間』ではないし、妖精種や獣人種といった種族を含めた『人』でもない。


「サティア、自動人形パペット使令人形ゴーレムは知ってるよね」


「えっ? ええ、それくらいなら――魔術構成で稼働する、《人形ドール》の類ですよね」


「そうそう。それ」


 うんうんと、シドは頷く。


  《人形ドール》とは、魔術によって稼働する人形全般を指す総称である。

 大別して、術者の命令によって使役されるものを《使令人形ゴーレム》、備えた意思と人格で自律稼働しながら術者に仕えるものを《自動人形パペット》と呼称する。


「つまりね。要約すると、セルマさんもそうした類の存在で」


「その説明は事実の精度を欠くものです。シド様」


「えっ?」


 珍しく食い気味に、セルマが口を挟んできた。


機甲人形オートマタが分類上その端を自動人形パペットに発し、系統上同種の魔術構成で稼働する発展型である歴史的経緯は相違ありません。またいずれも《人形ドール》の範疇へ含まれるものであるという点も事実です。ですが」


「せ、セルマさん?」


「文字通り『魔術構成によって人形を稼働せしめる』パペットと異なり、当機わたしたち《機甲人形オートマタ》は駆動系をおさめたフレームに疑似霊脈を配線する特有の実装によってより精巧かつ人間のそれに近しい外観、のみならず対話型インターフェイスの獲得に到達した、既存の《人形ドール》各種に対する上位互換機であると自負しています。また対話型インターフェイスの基盤となる自立判断条件の蓄積を人の『経験』に相当する参照条件として紐づけた第三世代型機甲人形オートマタは、自律制御・自律思考・自律成長の三要件を備え、機主マスターの日々の在り方と与えられる任務群に適応した性能を『経験』という後付けによっても獲得可能であることが実証されています。即ちそれは、すべてのひとの幸いと可能性のために、当機が機主マスターを取り囲む日々のを解決せしめる対応と補佐を担う準備・性能を有する保証と言い換えることも可能です。さらに『異相霊的配線』の実装により物理導線を全廃した当機は整備性においても専門の技師クラフトないし術士メイジによる本格的な調律メンテナンスを要することなく、自動調律オートメンテナンスによる自己診断と自己修復の完全実現に伴う後方支援要員バックアップ・スタッフを廃した長期単独行動をも」


「ああ、いえ! あの! すみません! その、すみませんっ!! 俺の先ほどの発言に他意は何もなくて、ただサティアには、さっきみたいな説明の方が概略を掴みやすいかと思っただけで……!」


 朗々と長広舌を振るうセルマへ、シドは慌てて謝罪する。


「その……迂闊でした。失礼な物言いをしてしまったようで。申し訳ないです」


「――いえ」


 シドが狼狽しながらもそうして詫びると、セルマはいくぶん恥じ入った体で、よどみない弁舌を切った。


 ――どうやら自分は、彼女の矜持プライドをいたく傷つける物言いをしてしまったらしかった。


 いくぶん前のめりになっていた姿勢を正し、セルマは続ける。


当機わたしはGTMD412-LⅣ-Rf SDept:2202――改・《L-Ⅳ》フレーム《特務》配備先行生産型:都市汎用機能強化改修型、その一機ひとりです。原型機は局地運用を想定した軍用型機甲人形オートマタであり、その発展型として、都市圏運用及び諜報活動を想定任務とした観測機能強化改修機でもあります」


「ええと……」


 シドは呻く。

 サティアは無の面持ちで、完全に理解の試みを放棄していたようだった。無理もないことではあるが。


「つまり……宿の周りに不審な何某がいないかの監視や警戒なら、セルマさんはうってつけの人材なんだ、ということですね」


「そのご理解で相違ありません」


 こくりと首肯するセルマ。シドはほっと息をついた。


「より強固な警戒態勢の構築、のみならず円滑な業務引継ぎのため、当機わたしは昼夜を問わず《忘れじの我が家》亭へ常駐するのが最適の配備であると存じます。もちろんこれは、当機わたしの立場から強制できるものではありませんが――」


「あ、いえ。いいデス、わかりました。お願いします。あたしもたぶん、だいたいわかったと思うので……あんま自信ないけど」


 ぺちん、とてのひらで自分の顔を叩きながら、もう一方の手でセルマを制するサティア。


「……とりあえず、おじさんが謎の人脈持ってるってのは、あたしも今日のこれでよーくわかったし。残りの細かいアレコレはおいおいきちんと勉強しますってことで、今日はもう勘弁してください。頭ン中ごちゃっちゃって、もう……」


「俺の人脈じゃなくて、サイラスの伝手つてだけどね」


「どっちでもいいよ。そんなの」


 ふてくされて唇を尖らせるサティア。

 急に態度がくだけて、下町育ちの年若い娘そのものの振舞いになるサティアを前に、セルマはシドと彼女の間で交互に視線を走らせていたが。


 程なく『そうしたもの』と納得を得て、それでよしとしてくれたようだった。

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