九章 探せ、新たなる仲間! 嗚呼おひとよしおっさん冒険者よ、遂にお前は、究極最強無双パーティを結成する時が来た……!!!(※誇張表現を含みます

215.幕間:とある夜、とある歓楽街にて。夜遊びに繰り出していた、とある冒険者の周りで起きていた話【前編】


 月の明るい夜だった。


 黄金に輝く真円の満月が照らす、遺跡都市オルランド。東の上流市街と中央以西の市街を隔てるクレメンティア川の西岸に広がる、クレフェス街の商業地である。

 川べりに沿って人が行き交う賑々しい歓楽街に隣接して、その色街はあった。


 市街北東の、オルランドに集まる冒険者達からの需要を当て込んだそれとは趣を異にする、どちらかとえばクレメンティア川以東の市街に住まう中流以上の都市市民や富裕層を相手取るのを見込んだ、高級志向の店が軒を連ねる一帯だった。


 その夜ロキオムがしけこんでいたのは、そんな中のひとつ。

 店の女を侍らせて飲む形式のバーだった。


 うっかりのめりこんで深入りするとひたすら金を吐き出させられる羽目になるが、そんな羽目にでもならない限りは、左右に綺麗どころを侍らせて気分よくグラスやボトルを開けるばかりの、そんな塩梅の店である。


「さぁて――んじゃ、オレもそろそろ行くとすっかねぇ」


 自分の財布の中身をそれとなく計算しつつ。別の席に陣取っていた客が勘定を始めたのをいい頃合いと見て、ロキオムは酒精で重い腰をのそりと上げた。


「ええ~。もう行っちゃうんですかぁ?」


「もっといればいいのにぃ」


 ――などと、次々に甘えた不服を訴える女どもには気前よく上乗せした払いを済ませ。なおも媚びた声で縋りついてくる彼女達へ鷹揚に手を振って、店を後にする。


 そういう、真似ができる遊びの範囲を、近頃のロキオムはそれなりに弁えていた。

 以前の一件で、ユーグから――あの、シドとかいうおっさんと出くわす羽目になった一件だ――これきり見放されるのではないかというほど苛烈な制裁を喰らってからだ。あの一件以降、お調子乗りだったロキオムもさすがに懲りた。


 お行儀良さを気取るつもりは毛ほどもないが、さりとてユーグの怒りを買ってまで、要らぬ火遊びに戯れるほどの欲はない。

 そして、越えるべからざる一線を守っている限りにおいては、ユーグは仲間の『遊び』に口出しするような無粋な真似はしない。


 ――荒事の世界に生きる男は、宵越しの金など持たず、酒と博打と女に遊ぶもの。


 ロキオムは荒事商売の男というのをだと考えていた。ゆえに、そうした世界に身を置くようになってからは、敢えてそうした振舞いを己に課していた部分があった。


 身についた振舞いとして馴染んできたのは、割と最近になってからだ。

 さすがに財布の中身を一晩で使い果たすような前のめりな生き方はできなかったが、一度きっちり馴染んでしまえば、顔と体のいい女どもからちやほやされるのは、普通に気分がいい。


「さーて……これからどーすっかなぁー……!」


 これまで足しげく通っていた――今は、故あっておおっぴらに近づけなくなった――北東の色街と比べると、どこも値は張る代わりに雰囲気がいい。店の前で呼び込みをしている女どもも、心なしか肌の艶がいい綺麗どころのように見える。


 酒はたらふく飲んだ。腹もくちくなった。

 あとは顔がよくていい体の女を買って、朝までどこかのベッドにしけこむだけ――そんな心算で、ニヤニヤと左右を見渡していた。


 そんな時のことだった。



「――めて……ゃめて、くだ――」



「…………んぁ?」


 路地の奥、その暗がりから悲鳴のような甲高い声を聞いた気がして、ロキオムは足を止めた。

 目を眇めてじっと暗がりを見ていると、その奥でもみ合う二人分の人影があるのに気づく。


 一人は中肉中背の男。もう一方はフードか何かをかぶった、小柄な影。


 女だ。しかも若い。影として浮かび上がった細い腕と、引き攣れた息遣いの間に漏れ聞こえる声で、そうと察する。


 揉め事のようだ。仔細が気にかかり、耳を澄ましながら路地へ一歩踏み込む。

 すると、


「何つまんねぇ演技してやがる……こんな街にうろついてんだ、てめぇだって商売女だろうが……!」


「ち、がっ……ちがいます、だから……やめて……はな、して……!」


 ――ロキオムは舌打ちした。

 何の揉め事かと思いきや、およそ想像できる範疇で一番ありふれたやつだった。すっかり興が削げた心地で、早々に踵を返しかけて――ふと閃く。


 ――つまらない揉め事とはいえ、男の方ああそこまで執拗に絡んでいるのだ。

 ――もしかして絡まれている方の女は、よほどの美人なのだろうか。


「……………………」


 そこに思い至って、気が変わった。

 半ばは好奇心、半ばは下心で胸を弾ませながら、ロキオムはのしのしと路地へ踏み入っていく。


「おい」


「あぁん!?」


 不機嫌そのものの唸り声を上げて振り返った男は、ロキオムの巨躯が落とす影に気づくなり、さぁっと血の色をなくした顔を引き攣らせた。


「なんか、おもしれーことやってんじゃねえか、おっさんよ。ええ?」


 そう、軽口を叩きながら。

 男に腕を掴まれている女の、深くかぶったフードの中を伺おうとして、


(……なんだこりゃ)


 再び、興を削がれた。


 

 確かに、フードの影を透かしてほの見えるかんばせは美しく整い、涙を浮かべた眦はガラス細工のように輝いている――ように、見えないこともない。


 ただ、子供ガキだ。小娘だ。


 いつぞやのなんとかいう給仕娘のような、顔や仕草が幼いという類のあれではない。に子供だ。初潮が来ているかもあやういくらいの子供だ。

 身につけている衣服も、フードつきの外套の下は裾の長いありふれた長衣ローブで、色街で客を引く娼婦のそれではなかった。


「おい……あんた、そういう趣味なのか知んねーけど、やめとけよ。こいつここの娼婦じゃねーだろ、どう見てもよ」


「う、うるさいっ。お前には関係ないだろうが……あっち行け! しっ、しっ!」


「ああん?」


 眼球に血管が浮いた、一目でそうと分かる『やばい』目をして唾を飛ばしてくる男に、ロキオムはイラッとした。


 舌打ち混じりにのしのしと近づいたロキオムは、「ひっ」と詰まった悲鳴を上げる男の腕を掴み、そのままねじり上げた。


「ぅぎゃあああぁぁ……!? ぃっ、いだだだだ、いだだだだだだぁぁ!?」


「誰にどっか行けだってぇ? どっか行くのは――てめぇだ、よっ!」


 如何ともしがたく、女――あらため、小娘の腕を掴んでいた手を放し、悲鳴を上げて暴れる男。

 ロキオムはその背中を放り捨てるように、路地の奥へと突き飛ばした。


小娘ガキ引っかけたいならよ、こんなお上品なとこじゃなくてもっと後ろ暗い街に行くこったな。おら、とっとと行きやがれ」


 しっ、しっ、と――意趣返しに手を振って、追い払ってやる。

 男は悔しげに歯軋りしながら、這う這うの体で逃げ出していった。


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