224.新たな仲間との出会いを控えて……といいますか、せめて今いる俺達だけでもみんなで仲良くやりたいなぁと、おっさん冒険者は思うのですが。はい。



「――と、いう訳だから、ユーグ・フェット。これからは同じパーティの仲間同士、きちんと折り合っていきましょう」


「そうだな。是非にお互い、親しくやってゆきたいもんだ――森妖精エルフのお嬢さん?」


 翌日。

 《忘れじの我が家》亭である。


 《Leaf Stone》での最後の朝食をいただき、エリクセルとナザリの夫婦に見送られて出発したシド達――シドとフィオレ、そしてクロの三人は、各々の荷物を持って、これからの拠点となる《忘れじの我が家》亭へとやってきていた。


 一方、酒場兼食堂での朝食を終えた後、特にやることがあるでもなく食後の茶を注いだカップ片手に寛いでいたユーグとロキオムは、シド達が入ってくるなり見事にはちあわせたという格好になった。


 ――そして、現在である。


 心持ち顔色が青褪めているロキオムと、「大丈夫かなぁ」という疑念がどうにもぬぐえないシド、そして特に興味なさげなクロが見守る中、フィオレとユーグはお互い笑顔で友好の――そう、おそらくは、友好の――握手を交わした。


 昨日の夜から《忘れじの我が家》亭の一室へその居を移していたセルマが、感情の伺いにくい水晶色の瞳でその様を見守っていた。


 今日は午前の予定がなかったために――半ば、午後の予定までの時間つぶしで――厨房の仕事をしていたサティアも、カウンターに頬杖を突きながらその様子を見遣っていた。こちらは、露骨に胡散臭がるような半眼で。


「ねえ、おじさん。そこのひとたち、ほんとに大丈夫そう?」


「大丈夫……だと思う」


 そう請け負ってみせたが、声は力を欠いていた。


「ウチに冒険者がいないっていうのは、まあ、どうにもならないんだけどさ……なんなら知り合いに声かけて、手が空いてそうな冒険者さん探してみよっか?」


「ご必要とあらば、当機わたしも《連盟》のリストをあたりますが」


「待って、サティアさん。セルマさんも」


 フィオレが不服とばかりに唇を尖らせた。


「私はシドの冒険を助けるために、故郷からオルランドまで旅してきたのよ。そんな心配されなくたって、彼のために力を尽くすわ」


「うん。そだね……フィオレさんのその気持ちは本物なんだろうなーって思うし、買うけどさぁ。あたしも」


「そうだな。のお嬢ちゃんの世界でどうだったかは知らんが、仲違いで足の引っ張り合いなんてのは冒険者のパーティとしちゃ下の下――いや、それ以前ってなレベルのハナシだからな」


「あなたに言われると大いに説得力を感じるわ、ユーグ・フェット。パーティの冒険者が一気に三人もいなくなった、あなたの経験からのことばだと思うと」


 …………………………。


「……おじさん、ほんとに大丈夫? なにも無理しなくたって、これおじさんの責任じゃないんだし。きつくなったら、いつでも言ってくれていいからね?」


当機わたしも力を尽くします。御入用の際は、いつでも申し付けていただきたく存じます」


「いや、大丈夫……二人とも、ほんとに大丈夫だからさ。うん」


 心から気遣わしげな面持ちでそっと申し出てくるサティアと、直截に助力を申し出てくるセルマの二人に。

 シドは重ねて請け負った。いくらなんでも、たとえ冗談でもここで「そうだね」などと言おうものなら、何もかもがいっぺんに台無しである。


 ――というか、こんな場面でそんな次々に優しくするのやめてほしい。そんな風にされるとこっちまで本当に不安がぶり返してしまいそうで、割と扱いに困る。却って。


「まあ……フィオレはね。大丈夫だと思うよ、きっと」


 そもそも――というべきか。

 フィオレは、どちらかというと人見知りをする性質だ。


 一度打ち解けさえしてしまえば、むしろこちらから気を遣ってしまいそうになるくらい親しく振る舞ってくれるのだが――そうなるまでの対応に壁というか、棘があるのは否めないのも、フィオレという少女であった。


「だから、まあ……おいおい馴染んでくれると思うんだ。それに、《箱船アーク》で一緒に戦った時は、きちんと仲間としてやれてたし……」


「そうなんだ……?」


 疑わしげな様子で相槌を打ちながら。睫の長い眦を細めてじっと見てくるサティアが言わんとするところが、シドには何となく察せられた。


 そういう人見知りなところを知ってるってことはさ、おじさん――


 ――彼女フィオレさんからそういう風にされてた頃が、あったってことだよね?


(……そうなんだよね)


 初めて出会ったばかりの頃――行きがかりと偶然からバートラド達とも合わせた六人で《ティル・ナ・ノーグの杖》の追跡を始めたばかりの頃のフィオレは、ものすごく素っ気なかったのをよく覚えている。

 というか、有体に言って不審者を見る目で見られていた気がする。


 今の彼女の明るく朗らかな笑顔を前にしながら当時を振り返ると、隔世の感があった。


 もっとも――態度云々を言うならサティアも別の意味で大概だった気がするし、どのみちフィオレにどういう言う筋でもない気はするのだが。そもそも現在の状況とはあまり関係のないことだし。


「まあ、ひとまずパーティ結成ということで――だ。シド・バレンス」


 ひとまず、フィオレとの握手をほどいて。

 ユーグはシドを見た。


「あと二人、冒険者の当てがあるという話だったな?」


「ああ。『鍵師』と神官――契法けいほう術士だ。と言っても、俺も実際に会ったことはまだないんだけれど」


 いわゆる斥候スカウトの中でも、《真人》遺跡の迷宮探索に特化した技能の持ち主は、冒険者達の間では『鍵師』と呼ばれている。


「こちらへ来てから世話になってたひとの勧めでね。実際に組むかは別として、まず一度会ってみてほしいと言われているんだ」


「どういうひとなの?」


 フィオレが訊ねた。からかわれたのに憤慨して部屋に籠ってしまった彼女は、シドとナザリの会話を聞いていない。


「ナザリさんから頼まれた子で……なんでもあのご夫婦の娘さんと、その友達だっていう」


「ああ」


 フィオレはあっさり理解の色を広げて、てのひらを打ち合わせた。


「シドの言ってた当てって、ティーナのことだったの?」


「え。フィオレ、知ってたのかい? その子……ティーナちゃん」


「うん。もちろん知ってたわ――といっても、学校の卒業試験だとかですぐに出て行っちゃったから、ほんの何日か一緒にいたくらいなんだけれど」


 これにはシドが驚く番だった。

 シドの反応がよほど意外だったのか、フィオレまで目を白黒させ始める。


「……あれ。シドには話したことなかった? 彼女のこと」


「なかった。初耳だよ……会ったこともないし」


「それは……私もこっちに来たばかりの、シドがまだオルランドに着いてなかった頃だったからだと思う」


 途端、シドは返す言葉がなくなった。


 ミッドレイからオルランドまで旅をする間――河川港の街ナーザニスの近郊で寄り道をしていたシドは、後から追いかけてきたフィオレに途中で追い抜かれ、オルランドへ到着した時には、実にフィオレの到着から三週間の遅れとなっていたのである。

 そのせいでフィオレを散々に心配させ、再会した時には泣かせてしまうほどに追い詰めてしまっていたので、シドとしては大変に後ろめたい一件である。


「私も、こっちへ来た時にはじめて会った子なんだけどね。というより、二人に子供がいるなんてちっとも知らなかったから……最初は、すごく驚いたし」


 フィオレにしては、歯切れの悪い物言い。

 『彼女』と直接面識があるというのなら、おそらくはシドと同じ懸念を共有して――それに、察するに彼女も既に、件の少女にまつわる『事情』を聞き知っているようだった。


「ねえ、フィオレさん」


 問いかけたのは、サティアだった。『卒業試験』の単語が出たあたりからひそかに首をひねっていたのだが、直接訊いた方が早いと割り切ったようだった。


「今、『卒業』って言ったよね。その……今日こっちに来る冒険者の子ってもしかして、《スクール》選抜課程の卒業生、とか?」


「んー……どうだったかしら。あの頃に聞いたっきりのことだし、細かい話まではあんまり覚えてないんだけれど」


「あ、それは俺が昨日聞いたばかりだから大丈夫。ナザリさんと話した時、確かそんな感じのことを言ってたよ」


 シドがそう答えると。

 途端、サティアは眼を剥いた。


「エリートじゃん!!」


 抑えかねた声のボリュームが跳ね上がる。

 興奮に頬を染めて、サティアは繰り返した。


「すっごいエリートじゃん! それってオルランドの新入り冒険者の――上澄みも上澄みってくらいのやつだよ、その子達!!」

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