223.早くも大チャンス! 新たなる仲間の気配――なんですが、複雑っていったい、なにがそんなに複雑なんですか……?


「……そう。ユーグ達が」


 一通りの話を聞き終えた後。

 白い肌を、酒精でほんのり頬を赤く染めてこそいたが――それでも、穏やかに垂れた碧眼には確かな理性の色を宿しながら、フィオレはシドを見ていた。


「シドがいいって思うなら、私はそれでいいわ。思うところが何もないと言ったら、それは嘘になっちゃうけれど……私のことは気にしないで」


「いいのかい?」


 それでも気遣わしく問い返さずにいられなかったシドへ、フィオレはこくりと首肯する。


「それは、たしかにユーグ・フェットはあんな感じだし、個人的にはあまり好きになれそうもないし。というか、ここにミリーやバートラド達が……そうでなくても、もし彼らみたいに信頼できる冒険者が傍にいてくれたなら、私だってそんなひとたちとパーティを組みたかったと思うし、シドにも勧めていたろうなって思うけれど」


「……だいぶん、わだかまりがありそうだね」


「あっ。違う違う。そこまでじゃないわ、そんな」


 ぎこちなく口の端を引き攣らせるシドに、フィオレは慌てて手を振り、否定した。


「思うところは確かにあったけれど……でも、あの幻想獣バケモノと戦った時、彼らは誰より危険な場所でシドと並んで戦ってくれた。シドや、自分達の仲間が危なくなった時には、命懸けの危険をおかしてでも助けに行った――私もね、彼らのそういうところ、信じていいと思うから」


 何より――と、フィオレは続ける。


「何より、あなたが『良し』と認めた冒険者なら――私も信られると思う。だから、シドの自由に決めてちょうだい」


「……フィオレ」


 微笑んで、そう言い終えたフィオレに。

 シドは急に胸がいっぱいになって、あらためて彼女へ向き直るなり、がばりと深く頭を下げた。


「ありがとう、フィオレ……本当に、ありがとう!」


「え。え? シド?」


「おかげで何だか、俺まで自信が出てきた気がする……彼らと一緒に、冒険者としてやっていける自信が。自分じゃちっとも気づいてなかったけど、俺だって彼らに対して、まったくわだかまりを残さずいられた訳じゃなかったんだな。なのに、フィオレを気遣うみたいな素振りばかりで……恥ずかしいよ、俺」


「あ、ええと……そんなおおげさな。わたし、別に」


「大袈裟なんかじゃないよ。すごく気持ちが楽になった――本当にありがとう」


 顔を上げて、シドは微笑む。

 フィオレはひどく狼狽しながら、酒精以外の理由でも朱を散らしはじめた頬を指で搔いていた。

 と――


「ちょーっとそこの二人ぃ! まぁだ若いくせにこそこそしてさぁ、なぁにを熟年夫婦みたいに膝ぁ突き合わせたハナシしてんだい!! ええっ!?」


「ナザリさん!?」


 跳び上がらんばかりの勢いで驚愕して。まるで火がついたように、フィオレは耳まで真っ赤になった。


 正味、山妖精ドワーフとしては日頃そこまで痛飲する類の女性ではなかったので、シドは今まで知らずにいたのだが――どうもナザリは、酒癖がよくないようだった。


「ゃ、ちが……違うから! まだそんなんじゃないから――あと、ナザリさん飲みすぎだし、シドに失礼!!」


「はー!? なぁにが失礼だってんだい若い娘が分別ふんべつぶってさぁ! あんたが泣くほど必死にその男探して回ってたの、あたしゃ忘れてないんだからねぇ!?」


「はいはいナザリ。きみは少し水を飲みなさい」


 身を乗り出してびしびしと指を突きつける妻の方を掴んでクッションへ座り直させながら、エリクセルはその口元に水を注いだジョッキを押し付ける。


「けれど。ところでフィオレ……さっき、『まだ』って言ったかい?」


 ――しん。

 と、場が静まり返った。


 顔が赤黒く茹るほどに寄っぱらったナザリが、にんまりと唇の両端を吊り上げた。


「……フィオレぇ?」


「っ、違います! 言葉の綾!! 可能性の問題というか……っ、とにかくそういうのじゃありませんから! っとにもう、ナザリさんもエリクセルさんもバカ! バーカ! 詮索屋っ! 知らない!!」


 こちらも顔を真っ赤にしながら言い返し、フィオレは憤然と立ち上がるなり、足取りも荒く自分の部屋に戻っていってしまった。


 ――ばたん!


 と、乱暴に撥ねつけるように扉を閉めて閉じこもるフィオレに、呆気にとられながら。シドは呆けた顔で、彼女が引き籠った部屋の扉を見つめるばかりだった。


「はー、笑った笑った。ったく、ナリは一端の娘に育ったってぇのに、中身はいつまで経ってもガキっぽさが抜けないんだから」


「こういうのは、かまわれてるうちが花というものです。フィオレもそのうちわかる日が来ますよ」


 デザートに用意された焼きリンゴの蜂蜜がけを、口の周りをべたべたにして堪能しながら。

 しれっと素っ気なく放言するクロに、ナザリは「おや」と愉快がる目を向けた。


「なんだいなんだい、あんた。そんなちっさいナリして、随分悟ったようなこと言うじゃないかね」


「クーは弁えた女の子ですので。フィオレが子供すぎるだけなのです」


「おー、よく言った。そいじゃあ子供じゃないクロお嬢ちゃんには、ウチの火酒でいっちゃん上等のやつ御馳走してあげようねぇ」


「ナザリ。ナザリ。やめなさい、そろそろ」


 にまにましながら火酒の瓶を持ち出すナザリを、夫が止める。

 さすがに冗談だったということか、ナザリは「はいはい」と夫の制止に応じて、あっさりと酒瓶を引っ込めた。


「……ところで」


 そして。

 その視線が、シドへと向く。


「あんた、さっきはフィオレとは何の話をしてたんだい? まさかほんとに夫婦の会話、だなんてこたぁないだろうけどさ」


「ちょっと……この先の冒険というか、パーティに関することで。少し」


 掻い摘んだ概略だけを話して聞かせると、ナザリは難しい顔で「ふむ」と顎を撫でた。


「……要するに、あんたらは《箱舟アーク》に潜る冒険者の仲間を探してる、って訳かい」


「そうなります……フィオレが『いい』と納得してくれたので、最低限の体裁は整いそうなんですが」


 シドは最前線で前衛を担う戦士であり、一応ながら探索の心得もある。バートラド達とパーティを組んでいた頃は、フローラと二人で野外や迷宮での探索を分担していた。

 フィオレは精霊魔術士。魔術を活用することで、魔術戦闘のみならず金階位ゴールド・クラス斥候スカウトに先んじて警報アラートの仕掛けを見つけるなど、できることは幅広くある。


 ユーグはやはり前衛の戦士だが、当人の自主申告によれば魔術と探索技術の備えがある。ロキオムも同様で、こちらは治癒魔法などの契法けいほう術に心得があるという。


「とはいえ……できれば、専門で契法術を修めた神官や、迷宮探索に慣れた『鍵師』なんかを揃えられると、もっといいんですが」


 冒険者パーティにおける『役割』の編成には、様々な見方がある。


 大雑把には前衛フロント後衛バックス、この両者を必要に応じてスイッチする中衛ハーフバック


 戦士ファイター魔術士メイジ盗賊シーフ神官プリースト弓兵アーチャー僧兵モンク――といった、職業による役割分担。


 攻撃手アタッカー防壁手タンク探索者サーチャー遊撃手レイダー回復手ヒーラー強化支援バッファーといった、『機能』による分類。


 いずれも、それのみを以て冒険者のパーティにおける役割を正しく分類するには、不足する定義ばかりだ。ただ、これら各々の役割を揃えるのが、良いパーティのための条件である――というのは、当世の冒険者の間で広く言われることである。


 とはいえ、オルランドに来て間もないシドは、人脈の類を欠いている。


 冒険者の管理がパーティ単位、かつ冒険者宿にその業務を委ねているこのオルランドでは、他所のように《連盟》での募集を介して仲間を集めるのも難しそうだ。


「ものは相談……ってんでもないんだが」


 不意に、難しい顔つきになって。

 ナザリが訊ねてきた。


「あたしから紹介したい冒険者がいる――って言ったら、あんた会ってくれるかい? 神官と、『鍵師』とかいうやつで……」


「本当ですか!?」


 珍しく控えめなナザリの提案に、シドは思わず身を乗り出しかけた。

 ナザリの方がてのひらを前に出して、どうどうと宥めたほどの勢いだった。


「落ち着いておくれよ。まあ……正直なとこ、あんたの希望に沿えるかどうかはちょっとわかんないんだけどね。ただ、何ていうか……」


 シドは怪訝に眉をひそめた。

 日頃、竹を割ったような気風のナザリからは信じがたいほど、彼女の口ぶりは歯切れが悪い。


「何か、問題が?」


「問題……」


 長々と唸るナザリ。妻の様子を見守るエリクセルの表情にも、複雑そうな気配が渦巻いている。


「何て言うか……その子ら、一人はあたしらの『』なんだよね」


「娘!?」


「そう」


 ナザリは頷いた。その隣で、エリクセルも同意する。


「娘……と、その友達。なんだけど」


 皺が寄りそうになっている眉間をつまんでもみほぐしながら。

 ナザリは苦しげに唸る。


「なんていうか、この二人とも……揃って、ちょいと複雑な事情持ちでね……」

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