225.冒険者のエリートって何ですか…? と首を傾げそうになりましたが、そういえばそんな話がいつぞやあったような気がしなくもありません。【前編】


「……エリート?」


 シドは眉をひそめた。

 興奮に頬を上気させて声を弾ませるサティアの口から飛び出した単語が、あまりに胡乱というか、飛躍していたせいである。


「エリート……って、冒険者の?」


「そうだけど……ってか、なに、おじさんその顔。なんかすっごい失礼っぽいんですけど」


「え。そんな顔してた? ごめん。ただ、何ていうか」


 焦げ茶の髪を居心地悪く搔きながら、渋面で唸るシド。

 とはいえ、実のところ――この時の反応はフィオレや、こちらの話を傍から聞いていたらしいロキオムも、シドと大差ないものだった。

 疑っているというより、実像の想像がつかない。そうした面持ちである。


 サティアはほとほと呆れた様子でかぶりを振ると、「いい?」とひとつ人差し指を立てて話し出す。


「おじさんはついこの間まで所属の宿探しで苦労してたんだから、ちょっとくらいは知ってると思うんだけど。この街オルランドで一流どころの冒険者宿は、どこから新人の冒険者を仕入れてるんだっけ?」


「それは……」


 オルランドで名のある宿や実績のある宿に関しては、基本的に他所からやってくる冒険者の『上澄み』を集めるだけでそのおおよそが事足りる。

 そうした宿は、『上澄み』が集まってくるだけの評判と設備を用意して、後はゆったりのんびりと待っていればいい。もとよりオルランドは、そうして待っているだけでも冒険者が集まってくる土地だ。


 無論、それらの宿にも見習いや半人前の冒険者が絶無という訳ではない。ただ、そうした『実績のない』新米の冒険者が上位の宿へ入れるルートは、ごくごく限られていて――


「……あ」


「思い出した?」


 にんまりするサティア。彼女の言わんとするところが、今ならシドにも理解できた。


 《遺跡都市》オルランドに冠たる一流の冒険者宿へ加わるのを許された、選りすぐりの


「それが《スクール》の、選抜課程?」


「そういうことデス」


 理解の早さを褒める体でにっこりしながら、サティアは「ふふん」と鼻を鳴らす。


 選抜課程――正式名称を、『オルランド冒険者候補生特別選抜課程』。


「きちんと筋立てて話すと、オルランド……てか、トラキアの学制の話になっちゃうんだけどね。まず、《スクール》は他所で言うところの、実科じっか学校って感じのやつなの」


 トラキアの学制は、義務教育として七歳から十歳までの子供すべてが通う四年制の小学校と、高等教育機関たる三年制の高等学校。そして、最高学府たる大学――州都ハドリアンのトラキア大学への進学という、三段階の課程が設けられている。


「で、高校学校の進学試験に落ちた子や、もともとそっちに行く気がない子なんかは、実科学校――職業訓練学校、って言ったほうがわかりやすいかな? そっちに進むわけ」


 トラキア州の他の都市では、基本的にこれらすべてが州立ないし市立の学校である。

 だが、オルランドではいささか事情が異なっていた。


「《スクール》はそういうのとは別に、オルランドの商工会なんかが集まって運営してる、の学校なんだよね。もともとトラキアの学制が制定される前からギルドの職業訓練校があったみたいで、それが州から認可を与えるって形で、今も続いてるんだって」


 そして、その『民間』の中には、冒険者宿のネットワーク――言うなれば、旧き時代においては『冒険者宿ギルド』と呼ばれたであろう組織が含まれている、ということである。


 オルランドにおいて、冒険者は花形職業だ。

 実科学校へ進学した者の中から――否、選抜課程への進学を希望する者の中から才能のある少年少女を選抜し、《箱舟アーク》探索を担う未来の冒険者として育成する。これは、そうしたシステムなのだ。


 《箱舟アーク》探索とその基盤におく、いわば『迷宮経済』とでも呼ぶべきオルランドの繁栄を担う要。その発展を担う、未来の俊英達である。


「つまりは、《連盟》の教導施設みたいなものか……」


 《諸王立冒険者連盟機構》の発祥にして盟主国――ルクテシアのクレシー総本部や、《大陸》における《連盟》の中枢たる自由商業都市メルビルの大陸本部、その他いくつかの大きな支部には、未来の冒険者を育成する教導訓練施設が併設されている。

 シドの身近なところでいえば、《十字路の国》クロンツァルトが絢爛を以て誇る王都ウェステルセンの支部にも、それはあった。


 生憎と、シド自身はその手の場所で世話になった経験はなかったが。

 しかし身の回りまで目を広げれば、《ティル・ナ・ノーグの杖》奪還の冒険を共にした少年剣士アレンと見習い魔術士の少女ミリーの二人をはじめとした幾人かの若い知己が、ウェステルセンの教導施設で訓練を受けた冒険者だった。


「もしかして、サティアもその《選抜課程》に?」


「まさか」


 あり得ない、と主張する体で、大袈裟に両手を広げるサティア。


「あたしはふつうに一般の実科課程だったよ。十五の年に卒業して、それからずっと交易商人デス」


 成程――と、感心しながら頷いたところで、ふと引っかかるものを覚えた。


「あの、セルマさん」


「いかがなさいましたか、シド様」


「いえ……ちょっと気になったんですけれど。そういう冒険者の育成って、民間でやっていいものなんでしょうか。《連盟》の教導施設とも競合してしまいますし」


「それは問題ありません。もとより、元・冒険者が私塾を構えて後進育成にあたるケースは、過去にも多く例のあるものです」


 それに、と。セルマは言葉を続ける。


「もとよりオルランド支部には、《連盟》の教導施設は存在しておりません。ゆえに民間の教育機関が冒険者の育成を行うにあたっては、『何に憚るところもない』というのが現状なのです」


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