219.パーティを組まないかと誘われたんですが(※二度目)、やはりというか、ちょっと即答しかねる感じでして……


「それは……」


 ユーグの申し出に自然と渋い面持ちが出てしまうのを、シドは堪えきれなかった。

 それはかつて、ミッドレイから旅立つ前に当のユーグから提示された誘いであり、初めての《箱舟》探索において、然る後に起きうる状況――少なくともその一端がまざまざと示されたはずのことだった。


「前にも言ったと思うけれど……《ヒョルの長靴》に俺が入るにせよ、俺がきみ達のリーダーになるにせよ、あまりいい結果にはならないと思う。俺はミッドレイでの決闘で、きみ達のパーティの看板に泥を塗ったようなものだったし」


 それに、と。

 《箱舟》探索の最中さなかにあった諸々を思い出しながら、シドは言う。


「事実、俺はきみの仲間からは嫌われていたじゃないか。そんなやつを無理矢理パーティに加えて探索に挑むなんてことになったら……その途上で、絶対に問題が起きる」


 万事に呑気なシドですら気づかずにはおれなかった程度には。ユーグのパーティ――《ヒョルの長靴》の冒険者達は、シドの存在を煙たがり、厭っていた。とりわけケイシーとルネの女性二人は、毛虫か毒虫でも見るような顔で、風采の上がらない『おっさん』であるシドを毛嫌いし、馬鹿にしていた。


 その反応自体は、仕方ない。気分的にしんどいのはそうだが、しかし前回の探索は、シドの都合で否応なく始まったでものある。巻き込まれる形となった彼ら彼女らからの悪感情は、やむを得ないものだっただろう。

 ただ――今後もそれが続くとなれば、やはり話は変わらざるを得ない。


「そもそもこの勧誘は、きちんと彼らからの了解を得てのものなのか? きみの独断でやっていることだとしたら、今度こそ、後々にパーティの破綻を招きかねないぞ」


 同性ゆえの気安さもあり、つい教訓がましい物言いになってしまうシド。

 年上ぶった『お説教』を聞かされることとなったユーグは、フッと口の端を緩めて揶揄するように笑った。


「そこは安心してくれていい。ロキオムのやつも、俺達の現状とものの道理はよく分かってるはずだ――何せ出来デキなら、《ヒョルの長靴》じゃあいつが一番真っ当だからな」


 言いながら、こめかみのあたりをトントンと指で叩く。

 シドは渋面で唸った。


「……いや、仮に彼ひとりが納得してくれていたとしても」


「というより、あんたの危惧するパーティの『破綻』とやらなら、もうとっくに済んだ後だ」


「……なんだって?」


 半ば反射で、そう問い返しながら。

 二人が《忘れじの我が家》亭を訪れた時に抱いたある種の予感が、現実感を持って胸中に立ち現れるのを感じていた。


「今の《ヒョルの長靴》は、俺とロキオムの二人だけだ。残りの連中は、前回のアレで《連盟》からふんだくった報奨金を持って、他所に行ったよ。人生、守りに入るそうだ」


 そこまで言って、ユーグは盛大に肩をすくめた。


「今だから言うがね。《淫魔の盃》亭の女将から用心棒の仕事を受けたのも、そういう経緯いきさつあってのことさ。仕事の成功報酬に、使える冒険者を紹介してもらえる約束になっていた」


「それは……」


 形容しがたい心地で、低く呻く。


 確かに――前回の探索では、伝承に謳われる《幻想獣キュマイラ》との戦いを強いられ、のみならずオルランド執政府や《連盟》の都合で《幻想獣キュマイラ》を退けた戦いの成果を秘密裏に伏せる扱いとされた。決死の思いで命を懸けたにもかかわらず、その見返りに欠けた探索であったのは否めない。

 これ以上、許容範囲を越えた危険にはつきあえないと、《箱舟》探索に見切りをつける者が現れたとしても、それを不思議とは思わない。


「まあ、そういう訳だ。つまるところ、今の俺はあの時以上に、《ヒョルの長靴》の名にこだわる理由がなくなった。故に、これからの《箱舟アーク》探索を続けるべく、いっそあんたのパーティに入れて貰おうか――と、そう考えた次第さ」


 おどけたような調子で言い、揶揄を含んだ笑みを深くする。


「あんたとなら、間違いなく《箱舟アーク》の探索は続くからな。この先どう転ぶにせよ、俺としちゃあ都合がいいって訳だ」


「ユーグ……」


「あんた一人じゃ決めかねるということなら、俺もすぐに答えを寄越せとは言わん。どうせあの森妖精エルフのお嬢ちゃんは、この先あんたのパーティでやっていくんだろうしな」


 森妖精エルフの嬢ちゃん――フィオレのことか。


 確かに前回の探索において、彼女とユーグはお世辞にも友好的な間柄とは言い難かった。幻想獣キュマイラ――『最強』の威名を冠した《キュマイラ・Ⅳ》との戦いを経て何となくうやむやになっていたが、真実わだかまりがなくなったかとなれば、大いに不安が残るところである。


 もとより育ちのいい、森妖精エルフの社会では『姫君』と呼んで差し支えない生まれのフィオレと、冒険者としても明確にアウトローの側へ属するユーグである。反りが合わないのも、無理からぬことではあるのだが――


「だが、俺はあんたも知っての通りの前衛フロント仕事に加えて、ちょっとした程度なら魔術や迷宮探索の技術も修めている。ロキオムもあのツラで、治癒魔法やらの契法術に心得がある器用なやつだ。今後も《箱舟アーク》探索に臨むのなら、俺達二人は大いに役立つだろうという自負はある」


 ゆったりした態度で、自らと仲間を売り込んでくるユーグ。

 こちらが選ぶ立場にあると分かってはいたが、それでもなお、シドは彼の余裕に内心圧倒されそうになる。


「どのみちあんたとて、お嬢ちゃんとの二人だけで《箱舟アーク》に挑めるなんざ思っちゃいないだろう。いや、それとも《宝種オーブ》の嬢ちゃんも入れて三人かな? いずれにせよ、一日でも早く探索に復帰を望むなら――勝手の分かる俺達と組むってのは、悪くない手だと思うがね?」


「……考える時間を貰ってもいいかな」


 遅くとも今日の夜――オルランドに来て以来世話になっていた《Leaf Stone》での見送り会の時には、間違いなくフィオレと顔を合わせることになる。

 彼女の意向を確かめ、そのうえで説得するにせよ諦めるにせよ、その時点で当面の判断まではつけられる。


 シド個人に関して言えば、今更彼らと組むのを拒むような感情はないつもりだ。

 しかし、事が『パーティ』の問題となる以上、真っ先にシドの仲間として手を上げてくれたフィオレの気持ちも尊重したい。


「結構だ。もとより急な話だったしな――だが、回答はできるだけ早くに頼みたいね」


 そう言うと、ユーグは椅子から腰を上げた。


「あんたほどには急いじゃいないが、俺もなるべく早く《箱舟》探索へ戻りたい。シド・バレンスのパーティが駄目なら駄目で、早々に他所の当てを探したいからな」


「わかってる。明日のうちには答えを出すよ、約束する」


「そうかい。なら、それまではゆるりと待たせていただくよ。この宿でな」


 去り際に口の端を持ち上げて笑みを刻み、ユーグは踵を返した。


 彼が遠ざかったことで、ようやく緊張から解放されて――シドはどっと疲れた心地で、半ば詰めかけていた息を、大きく吐き出したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る