218.遠方への手紙を書いていました──のですが、そんな最中に相談事が舞い込んでまいりまして


 ――拝啓、ミレイナ・シスカ様。

 そして、懐かしき我が魂の故郷、ミッドレイの皆様。


 あれからお元気でお過ごしでしょうか。こちらは体が資本の冒険者ということもあり、変わらず健康な日々を送っています。

 道中の寄り道なども交えながら、かの名高き《遺跡都市》オルランドへ到着して以来、こちらは何かと忙しない日々が続いていましたが――ようやく今後の落ち着き先も定まり、こうして報告のために手紙を書く筆を取るだけの心の余裕もできました。


 フィオレとも、こちらで再会しました。

 彼女が《湖畔の宿り木》亭まで私を訪ねてくれたという話には、大変な驚きを覚えずにはいられませんでした。

 そちらでの彼女は、どのように過ごしていたのでしょう。彼女はもとより育ちのよい、森妖精エルフの中では姫と呼んで差し障りない立場の女の子でしたので、ミレイナさん達に面倒をおかけすることだけはなかったろうと確信しておりますが。さて……


 話が脱線してしまいましたね。

 こちらは前述のとおり落ち着き先も決まり、《遺跡都市》の名の由来たる遺跡、《箱舟アーク》の探索に臨む機会も得るに至りました。

 本格的な遺跡探索の経験浅い自分には、まさに驚きの連続というべき場所でした。


 天までそびえる塔の中には、村や町があり、畑があり、空があるのです。我々の住むそれと同じ家並み、季節と土地の果樹に代わって羊果樹バロメッツの並ぶ畑――そして、まさしく外と同じに広がる空です。

 しかも――ああ、信じられるでしょうか! その空は塔の中を貫いて実在するものではなく、ありふれた民家よりは高いといった程度の高さの空間において、その空間を歪めることでもって実現しているというのです。


 信じられるでしょうか。その事実を!

 その事実を知らされた私の胸中に満ちた驚きたるや、いかばかりのものであったかことか!


 私自身は――恥ずかしながら、それを現実として確かにこの胸のうちの落としどころを見つけるまで、興奮と高揚に突き動かされる己を律することさえままなりませんでした。

 子供のように興奮して胸を熱くし、その至らなさを周りの冒険者達から諫められるという、たいへん年甲斐もなく、恥ずかしい有様だったのです。


 しかも、かの《箱舟アーク》に通じたひとりの賢者が言うことには、あの塔は大地にその威容を積み上げて聳え立つのではなく、天の彼方――神話の時代においては、いと高き天と創造の主神ライオスがおわしたという空の果て、暗黒の玉座より『吊るす』ことでもって、その頂をはるか天まで伸ばしているというのです――!


 まだまだ探索は始まったばかりで、これという形で胸を張れる功績も挙げられてはおりません。

 ですが――ここは私にとっての未知に満たされた前人未踏の未踏迷宮メイズ


 もっと奥へ。もっと高みへ。

 そのように心躍らせる胸の高鳴りを、今の私は感じています。


 また、折を見て手紙を出します。

 その時までどうか、皆様がつつがなく壮健であられますよう、遠くオルランドの地より祈っております――



「――ちょっといいか」


「え?」


 書き終えた手紙のインクが乾くのを待って、封筒におさめた時のことであった。

 オルランドの冒険者宿、《忘れじの我が家》亭――その一階の酒場兼食堂にあるテーブルのひとつに腰を落ち着けてミッドレイのミレイナ達宛に手紙を書いていたシドは、不意にかけられた声にぱっと顔を上げた。


「ユーグじゃないか。どうかしたかい?」


 ユーグ――黒衣の冒険者、ユーグ・フェットだった。

 「なに」と気のない返事を寄越しながらシドの対面に腰を下ろしたユーグは、怪訝に眉をひそめるシドをあらためて見据えた。


「あんたに相談があってな。機会を待っていた」


「相談?」


「ああ。あんたの方もそろそろ、面倒ごとが落ち着いた頃合いだろうと思ってな」


 そう言いながら、ユーグはシドの手にある封筒を一瞥する。


 この、《忘れじの我が家》亭を巡って起きた一連の騒動から、四日。

 いかなる目的のためにか《忘れじの我が家》亭を我がものにせんと力ずくの行使に出た《淫魔の盃》亭の用心棒として雇われ、しかしその最中で依頼人の命令に背いて約束を反故としたユーグ達がこの宿にいついてから、今日で三日目。

 そして、シドことシド・バレンスがこの《忘れじの我が家》亭のオーナーとなってから、はじめての朝であった。


 何となく、いつになく早起きしてしまった朝食前の時間を、シドはミッドレイ宛の手紙をしたためるのに充てていた。そんな折の、ユーグの来訪である。


 実のところ、宿に落ち着いて以来これといって何をする様子もなく――というより、ここ数日の間ずっといるのかいないのかすら定かでなかったユーグがこうして姿を見せたことそのものが、シドにとっては驚きの類であったのだが。


 どうやら口ぶりから察するに、それはシドの現状を気遣ってのことだったらしい。


 おそらく、こちらが一連の顛末の後始末でバタバタしているのでなければ、こちらへ転がり込んできた日のうちに、問題の『相談』を切り出していたのだろう。


 手紙をおさめた封筒をテーブルに置き、シドは居住まいを正してユーグと向かい合う。


「相談というのは、一体?」


「なに、別に大したことじゃない。以前にもした話だ」


 途端、脳裏をよぎるある種の予感があった。

 こちらの反応ににんまりと口の端を吊り上げ、ユーグは切り出した。



「あらためての申し入れになるが――シド・バレンス。俺達とパーティを組む気はないか?」



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