204.ここから先になすべきは、多分、『おひとよしおっさん冒険者』がほんとうにやらなくてはいけないこと③
「……そうだ」
シドは頷く。
「この話、受けてはもらえないだろうか。今の俺には、自由に動ける冒険者宿が必要だ」
サティアに交渉の席を作ってもらい、この宿を『買い求める』にあたっての。それが、シドの立てた理路だ。
「本来この宿は君達家族のものだし、だから、ずっとだなんて言うつもりはもちろんないんだけど。ええと、つまり……名義上ここを俺の持ち物にするという形で、この宿を俺に貸してもらうことは」
「大丈夫。言いたいことはちゃんと伝わってるよ、おじさん」
けどさ、と。
今にも上滑りしそうになりながら訴えるシドの言葉を、サティアは制した。うっすらと微笑んで。
「けどさ――おじさんの目的がそういうことなら、何もこの宿を買わなきゃってことはないと思うんだよね。あたし」
「サティア」
どきりとして血の気が引くシドに代わって、掣肘する声を上げたのは、半白頭の医師だったが。
サティアはその呼びかけを無視して、シドを見上げる。
「それに今の話だと、肝心の
「それは――」
「やっぱりさ。『お人よし』なんだよね、おじさんは」
見上げる瞳は、刃のようだった。
シドの隙へ、刃のように言葉の切っ先を突きつける。憐れむように、眦を細めながら、
「どうしておじさんが『商談』なんて立てつけを作ったのか。まあ、あたしも察しがつかないでもないんだけれど。でも――あんまりやらない方が、人生ソツがなくていいと思うよ? そういう、性格が向いてないことするのはさ」
◆
シドは苦い心地で、奥歯を噛む。
こちらの半分くらいしか生きていないだろう女の子相手に、今のシドは完全に気圧されていた。
「話が二つに散っちゃったね。だからまずは、そうだね――おじさんがこの宿を欲しい理由からにしようか。《
ゆるりと足を組んで。サティアはあらためてシドを見据える。
「おじさんの言ってるそれはさ、選んだ先が《
「そうは言うけど、他に当てなんて」
「そもそもだよ? おじさん、あたしの紹介状だけでウェスさん納得させられた訳じゃないはずだよね」
サティアは問いの形でシドの抗弁を遮り、逆にぴしゃりと撥ねつけた。
「これ、ほんとはここで言っちゃうの、よくないんだろうけどさ――ウェスさんはどっちかっていうと、あたしの紹介状を迷惑がってたよ。それでも、おじさんにきちんと実力があったから。否応なく、おじさんを置くのを認めるしかなくなった」
ウェス――《Adventurer's INN
「同じことをやればいいんだよ。もっと大きな――評判や噂なんて歯牙にもかけない、この街で指折りの宿に殴り込みすればいいの。そこの一流どころを蹴散らして、おじさんがどれくらい『できる』か教えてあげたらいい」
飴玉を転がすような甘い声で、サティアは囁く。
「……めちゃくちゃだ、そんなの。だいたい、殴り込みしたなんかところで、目論見通り勝てる保証なんて」
「あるよ、保証なら。おじさん、《
サティアはあっさりと答えを返す。
「《
冒険者の力と練度を印として示す
そのさらに上に――
現在の階位制度は、この九階位で構成されている。
「知ってる? このオルランドに集まってる冒険者ぜんぶを見渡したって、
東方の《
「
わかる? と。
かわいく小首を傾げるような仕草を見せながら、サティアは眦を細める。
「このオルランドで――今やおじさんよりも明確に『格上』の戦士なんて、ほんの一握りしかいないんだ、ってことがさ」
そして――あるいはそれら、ほんの一握りの中においてさえ。
純粋な『戦士』の領域に限るならば、その数はさらに減ることとなるやもしれなかった。
たとえば、
つまるところ、冒険者の『力』とは、そうした『総合力』の高さとして量られるものでもある。
「――うまいこと実力見せて、宿に認めてもらえたらさ。きっともう何もしなくてよくなるよ。宿の方が、勝手におじさんをプロモーションしてくれる。
オルランドで一級の冒険者宿の、一流の冒険者達に比肩せし優れたる戦士が、なにゆえ在野において《
そうなれば、《
評判も噂も関係ない。一級の冒険者宿に在籍を認められたという事実そのものが、冒険者シド・バレンスの価値を保証してくれる。あるいはそこに、美しい過去の物語を添えすらして。
「そんな、都合のいい話――」
「あるの。この街の冒険者宿は、それが通用する。実力があって、広く名を売れると見込まれた冒険者なら――どこの宿だって、手ぐすね引いて狙ってる。
逆説的ではあるが、そうした意味において、シドの《
完全な事実である必要はない。
だとしても、名誉という形で屋号の輝きを高らしめる『物語』が成立可能であれば、それはシド・バレンスという冒険者を迎え入れる強力な理由となるのだ。
「それでも――それでも、自分の好きにできる冒険者宿の方がいいっていうなら、それはもう止めないけどね」
やむなし、と話の落としどころをつける調子で、サティアは肩をすくめる。
「でもさ、一度きちんと試してみる、それくらいの価値はあるんじゃないのかな? おじさんの『やらなきゃいけないこと』の中身次第じゃ、向こうに譲歩してもらえる目だってあるだろうし」
「…………………」
感情的に飛び出しそうになった反駁を、シドはぐっと飲み込む。
一拍置いてその様を確かめてから、サティアはあらためて切り出した。
「そのうえで、ふたつめ。肝心の
内心で身構えるシドに、サティアは甘い猫なで声で問う。
シドの反応を検分するような――あるいはそれは、掌中に収めた獲物を見下ろす、猫のそれを思わせる問いだった。
「繰り返しの確認だけど、さっきの『商談』だと、
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