180.決して追い打ちをかけたかった訳ではないんですが、追い打ちになっている以上はそんなの言い訳にしかならないんですよね。


 ルシウスがかぶりを振って、そう感想を口にする間――ギーヴは真っ青になって、おろおろと狼狽しきっていた。


「ゃ――ち、違うんすよ、ルシウスさぁん! 今のはオレ、本気じゃなかったっつーか、その」


 へどもどと呻くギーヴ。

 そうやって言葉を繋ぐ間も、彼は頭の中で、必死に考えを巡らせていたようだったが――突如、何らかの閃きと同時に、顔を明るくして詰め寄った。


「そ、そう! 油断してたんすよ、今のはー! バカっすよねーオレー! だから、その、もう一回! 今度は本気の本気で、あのおっさんひねってやりますよー!」


「……ギーヴ」


「もう一回! もう一回だけ!! だいたい普通にやりあったら、水銀階位マーキュリーのオレがあんな貧相なおっさんに負けるワケないじゃないですかー!」


 若い冒険者は、懸命に訴える。


「さっきのは、あのおっさんが急に剣を捨てやがったから……ダンジョンアタックみたいな危険な状況だったら、そんなバカな真似するやついないでしょー!? だからオレ、ついぎょっとしちゃってぇ」


「――と、いうことらしいが」


 てのひらを顔の前に突きつけて、若い冒険者の言葉を制しながら。

 ルシウスはシドを見た。


「どうする? こいつも自分で言っていたが、ギーヴは水銀階位マーキュリー・クラスだ。それをああもあっさり制圧したのだから、あんたの腕試しには十分すぎる結果だったと思うが」


 再挑戦を受けるか、否か。

 若い冒険者の哀願にいくぶん辟易した様子のルシウスを前に、シドも複雑な気分で思案する。

 正味、二度目の立ち合いを受けるメリットは――少なくとも、シドの側にはない。

 が、


「分かった。確かに彼の言うとおり、実際の探索中に武器を手放すのは危ういやりくちだ。必ず回収できる保証もない」


「よ、よぉーし……わかってんならいいんだよー、おっさぁん……!」


 再戦がかなうと分かって、威勢のよさが戻ってきたらしい。

 威嚇するように足を踏み鳴らしながら口の端を吊り上げ、ギーヴは唸る。


「真っ向勝負ならよー……さっきみてぇにはいかねーぞー、おっさんよー!」


「分かってるよ。今度は真っ向勝負だ――剣を捨てるような奇手は使わない」


「っせーぞテメェー、上から目線でさえずりやがってー! オレをコケにしたこと、後悔させてやるかならなァーッ!!」


 立ち合いの合図すら待たず、怒りのまま猛然と突っ込んでくるギーヴ。

 シドは拾い上げた剣を正眼に構え、嵐のように猛然と迫る若い冒険者を迎え撃つ。



 ――そして、二十合あまりの剣戟を経て。


 地面に倒れていたのは、またしてもギーヴの方だった。



 二度目の立ち合いを終えて。

 仰向けに倒れたギーヴは、自分の身に何が起こったかもわからない様子で呆けていた。


 概略をまとめるなら、単純な結果である。

 猛然と吶喊し、激しく撃ち込むギーヴの剣のことごとくをいなし――二十合ほど打ち合ったところで、振り上げる剣の勢いを利用してギーヴの剣を打ち上げると、次いで空いた胴を一撃したのだ。


 その一撃で、どっと尻もちをつきながら地面に倒れて。

 そのあまりの呆気なさに、自分が倒されたことへの理解も追いつかないまま――ギーヴはただただ混乱し、呆けるしかできずにいたのだった。


「勝負あり、だな」


 分かりきった結果を確認しただけの、平坦に乾いた声で。ルシウスが告げた。

 はっと我に返ったギーヴが、慌てて体を起こす。


「る、ルシウスさ――」


「ギーヴ。お前のいいところは、どんな奴が相手でも決して手を抜かないところだ」


 再び何事か言い募ろうとする青年の鼻先を制するように、ルシウスは淡々と言う。


「お前は彼を、自分よりはるか格下の《くすんだ銀オクシダイズド・シルバー》だと見下していたし、口はたいそう嘗めた利きようだったが――だが、立ち会うにあたっては油断も驕りもなかった。お前は、彼を叩き伏せにいったはずだ」


「ち、違」


「違わない」


 泣きそうな顔で否定しかける青年へ、ぴしゃりと叩きつけるように断言する。


「それはお前の美点だ。冒険の中にあっては油断や気の緩みこそが、どんな熟練の冒険者をも殺す最悪の猛毒だ。お前はお調子者で、何をするにも気分の波があるが――」


 そう、ぼやくように言ったのは、おそらく彼からの率直な評であるのだろう。


 事実――シドとの立ち合いでも、二度目は戦いの荒々しさと声の激しさが、いっそう増していたが。

 その一方で、剣の振りに着目するならば、一度目の立ち合いで両手剣を叩き落とした振り下ろしと、そこから続けざまの切り上げの方が、よほど的確で鋭かった。


 一度目でシドにあしらわれたことへの動揺を、気迫と大声で誤魔化そうとしていたがゆえの乱暴さが、太刀筋からありありと伺えた。


「だとしても、それでも常に全力で、『油断をしない』という一点において、俺はギーヴ・シュテッツェンという冒険者を信頼している。仮にそれが間違いというのなら、ギーヴ――その信頼もまた、俺の単なる見込み違いだったということだ」


 唇を噛んで項垂れるギーヴ。

 そんな若者に対し――ルシウスは初めて咎める気配を帯びて、眉間にきつくしわを寄せた。


「お前は格下と見做せば調子に乗って驕り高ぶり、侮ってかかり油断する。その程度の心構えだったということだ。だとしたら、まさしく俺の眼鏡違いだ。パーティの編成も考え直さなければならないな」


「ルシウス」


 腕組みしながら状況を静観していた女戦士が、溜息混じりで宥めに入った。

 あまりいじめてやるな、と。そう言いたげな顔をしていた。


 実際、曲げた唇をきつく噛んだ青年は――ルシウスの痛烈な叱責に項垂れて、今にも泣き出しそうな様子だった。

 彼女が間に入っていなければ、これ以上はシドが止めていたかもしれなかった――それはおそらく、若い冒険者のプライドにさらなる泥を塗りたくるが如き行為ではあっただろうが、それでもそうせずにはいられなかっただろう。


 女戦士やシド――のみならずほかの仲間達からもやりすぎを咎める視線が来ているのを見渡し、ルシウスは乾いた息をつく。


「――お前は油断せず、最初から全力だった。ただ、力が及ばなかった。実力で負けたんだ。認めろ、ギーヴ」


「…………はい」


 絞り出すように呻き、青年は頷いた。


 そんな光景を前に――ひとまず、青年への咎めが終わったことに安堵しながら。

 シドはひたすら居心地悪く、苦虫を噛んでいた。


 自分がこの手の腕試しをした後は、だいたいこういう空気になる。


 それまでの反発や嘲弄と等量かそれ以上の、羞恥と挫折。

 三流以下の格下であるはずの《くすんだ銀オクシダイズド・シルバー》に真っ向から挑み、そして敗れた冒険者達の反応というのは、多かれ少なかれこんな感じだった。


「……さて。腕試しとては、こんなところで十分だろう。少なくとも、あんたがただの《くすんだ銀オクシダイズド・シルバー》――やる気のない三流冒険者でないのは、これではっきりした」


 だが――と。


 半ば独り言ちるように、そう言いながら。

 ルシウスは、腰に下げた長剣を、ずらりと引き抜いた。


 柄に優美な意匠の護拳ナックルガードをほどこした、細身の長剣――近代剣レイピアである。


「いや、ちょっと待ってくれ。何を――」


「好奇心だ。あんたがどの程度の使い手なのか、個人的に興味がわいた」


 ルシウスは顔の前で聖印を掲げるように、近代剣レイピアを翳す。そして、刀身ブレードの先端をシドへと突きつけるようにしながら、半身に構えた。


「――そういえば、まだ名前も聞いていなかったな。俺はルシウス・アウレリウスだ」


「……シド・バレンスだ」


 ――何でこういうことになるのか。

 渋面で唸りながら、シドは両手剣ツヴァイハンダーを正眼に構え直す。


 ルシウスは髭を整えた精悍な面差しにニッと笑みを刻み、好ましげに声を弾ませた。


「では、シド・バレンス――不肖このルシウスとも、一手お相手を願おう」

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