179.ふと振り返れば、最近は事あるごとにこんなことばっかやってる気がします、おっさん冒険者です
《Adventurer's INN
丈の低い雑草がまばらに生えるばかりのその片隅には、古い井戸がひとつと、粗末な物干し台がひとつ。
つまりは洗濯場と物干し場を兼ねているのだろうその場所は、庭というには雑草と砂利にまみれて荒野のように荒んでいたが――乾いた土が銅板のように硬く踏み固められたここは、おそらく冒険者同士のトレーニングなどに使われているのではないかと思われた。
他には――たとえば、シドがこれから若い冒険者と腕試しをするような、そうした形で用いる、雑多な場所としても使っているのではないか、と。
「悪いんだけど、何か武器を貸してもらえないかな。見ての通り、今日は短刀くらいしか持ってきていなくて」
シドがそう頼むのに、若い冒険者――ギーヴは小馬鹿にしたように鼻を鳴らすだけだったが。
代わりに、ルシウスと呼ばれていた、貴族然とした佇まいの男――パーティのリーダーらしき壮齢の戦士が、庭の隅を顎でしゃくった。
「武器ならそこに練習用のものがある。それでよければ、好きなのを使え」
背の高い塀の一角。ちいさな庇をかけたところに、男の言う練習用の武器がまとめられていた。
「ありがとう。助かるよ」
壁にとりつけた掛け台に並ぶ剣の中から、シドは
木刀の類ではない。刃こそ落としているが、本物の剣だった。
ギーヴも遅れてのしのしとやってきて、こちらは長剣を手に取りさっさと戻っていく。
その背中を何となく見送ってしまうシドに、若い冒険者は振り返りざま、たっぷりの揶揄を載せて、
「オレらんとこは実戦重視だからさー! ヤバい怪我しても恨みっこなしで頼むよー、おっさーん!」
そんな彼の物言いに対し、彼の仲間達はというと――失笑するものあり、溜息混じりでかぶりを振るものありで、パーティにおける青年の立ち位置がおおまかに伺えた。漠然とだが。
実際、彼の言葉は本気の警告ではあったろう。
片手剣の重量でも、まともに当たれば骨を折りかねない。当たり所次第で命にもかかわる。まして、シドが手にしたような両手剣ともなると、使い方に気を払わなければ重篤な事故を招きかねない。
とはいえ、そこは冒険者同士ということか――相対する若い冒険者は防具を着こんでおり、そこは気にしなくともいいということらしかった。あるいはもっと単純に、《
「つかさー、でかい
「……お手柔らかに」
揶揄にも軽侮にも、いい加減慣れていたつもりだったが。
こうも繰り返しだとさすがに辟易するというか、気分が落ち込みそうになる。
宿の亭主と冒険者達が見守る中、シドは裏庭の中心で、ギーヴと向かい合う。
片手持ちの
左手に
渋面の亭主と、面白がる顔つきの冒険者達が見守る中。
審判役として、ルシウスが二人の間に立つ。
「では――両者、
盾を前面に
対するシドは、両手剣を正眼に構える。
「――始め」
すっ――と、ルシウスの腕が上がり。
彼が後ろへ下がるや否や、ギーヴは隼のような速さで吶喊してきた。
(速い――)
「ぉおおぉおぉらあぁぁああぁぁ――――――――っ!!」
瞬く間に、シドの間合いの内側へ。同時に上体を大きくひねり――吶喊の速度と体のひねりを勢いに換えて、真っ向から長剣を振り下ろそうとする。
その、目の前で。シドは手にした両手剣から、ぱっと手を離した。
重力に引かれて落下する両手剣。放置すれば吶喊するギーヴに激突し、足を止めて避けるにも、左右へ躱すにも遅いタイミング。
「ちぃ――!」
ギーヴは制動をかけると同時に剣を振り下ろし、邪魔な両手剣を払い落とす。
――こんなものは悪足掻きだ。
――返す刀を切り上げて、今度こそ身の程知らずのおっさんに程度ってものを分からせてやる。
手首を返し、腕に力を籠める。その、寸前。
若い冒険者の横合いへ、シドの長躯がするりと滑り込んだ。
ギーヴの右側。彼自身の腕を隔てとして、今にも振りあがろうとする刃のすぐ外へ。
低い姿勢で飛び込むのと同時に――シドは青年の胴に腕を回し、その身体を抱えるようにして担ぎ上げる。
「んな! う、ぉおぉ!?」
抵抗する間もなく、浮いた脚が宙を掻く。
「なっ――てめ何しやがんだ、離せぇー!」
自分のみっともない状況に、ギーヴは火がついたように顔を真っ赤にする。
腕を振り回す彼の切っ先を、背中を丸めてひょいと躱し、シドはその場で片膝をつく。
審判役のルシウスが、ひっそりと息をついた。
「――そこまで。勝負ありだ」
「ルシウスさん!?」
愕然と、絶望にも似た呻きを上げるギーヴ。
身をよじってシドの腕を振り払うと、青年冒険者はあたふたとルシウスへ駆け寄った。
「ちょ、まま、待ってくださいよルシウスさぁん! 勝負はまだ――つか、力試しだってのにあんなのナシっすよー!」
恥ずかしさのあまりか、涙混じりの抗議で懇願する仲間に。
ルシウスは眉間にしわを寄せながら、溜息を零す。
「その気があれば、彼はあのまま後ろに倒れるだけで、お前の鼻っ面を地面に叩きつけることもできた。そうされなかった理由が、まさか分からないとは言うまい、ギーヴ」
若い青年はぐっと唇を噛む。
理由など、敢えて指摘されるまでもなく自明である。
――力試しだから、だ。
「物腰でそんな感じはしてたが――どうやら、あんたは真実、大した使い手のようだ。ギーヴはご覧の通りに態度こそよくないが、実力の方はしっかりした冒険者のはずなんだが」
賞賛を籠めて――枯れ野を思わせる乾いた声で、ルシウスは言う。
完全にあしらわれたギーヴの肩が、ぎくりと震える。
「実際――あんたからみてどうだったね、
「どうと言われても……いや、そもそもそんな、楽に勝てた訳でもないし」
思いがけず好意的な反応に困惑しながら、シドは難しい顔で最前の一幕を振り返る。
傍から見れば呆気ない決着だったかもしれないが、立ち会ったシド自身の感覚として容易な相手だったかと問われれば、別にそんなことはまったくない。
「動きに迷いがなくて、とにかく
「だから、咄嗟に剣を落として間合いを崩したか」
太刀筋は粗削りだが、その荒さを補ってあまりある勢いと速度、気迫があった。
攻め手を捌ききれないとまでは思わなかったが、それでもどこかで受け手をしくじれば、一気に防御を崩されかねない――調子に乗せると怖い相手だろうと見込みをつけて、その鼻先を押さえる方へ戦い方の舵を切った。
気性と口ぶりは荒いが、根の素直そうな青年だったし、不意を突く搦め手は効くだろうと見込んでもいた。
さらに言えばこの場は一対一の立ち合いであり、一度くらい武器を捨てたところで、後で余裕をもって拾いなおせるだろうという読みもあった。
そうした内情をどこまで読んだうえでのことかは、判然としなかったが。
ともあれルシウスは彫りの深い顔立ちに理解の色を広げて、感嘆の息を零した。
「――言うは易しとはよく言ったものだ。こちらは十何年か二十何年ぶりかで、親父殿相手の掛かり稽古でも見せられた気分だよ」
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