くすんだ銀の英雄譚~おひとよしおっさん冒険者のセカンドライフは、最大最難の大迷宮で~
160.ファースト・ダンジョンアタックの『後始末』、その終わりに。おっさん冒険者が求める、たったひとつの報酬について【前編】
160.ファースト・ダンジョンアタックの『後始末』、その終わりに。おっさん冒険者が求める、たったひとつの報酬について【前編】
「――交渉のテーブルに出てくるもの次第、ってところかね」
ソファに深くもたれたまま腕を組み、ユーグはにんまりと切れ長の
「《ヒョルの長靴》は、真相を伏せることには異論ない。むしろこちらとしては、その対価として《連盟》ないしオルランドから提供されるものにこそ、興味があるな」
「ん、な!?」
ぎょっとした様子で呻いたのは、
その驚愕は、おおよそ《ヒョルの長靴》の冒険者達の総意であったかもしれない――倦厭の滲む面持ちで唇を引き結んだルネは、また別かもしれなかったが。
「ちょ、おいマジかよユーグ! そら《ヒョルの長靴》はあんたのパーティだし、あんたの方針ならオレは……まあ、従うけどよ」
ロキオムはごにょごにょと言葉を濁したが。
しかし、それでもやはり、問わずにはいられなかったようだった。
「でもよ、オレらあんだけひでぇ目に遭ったってのにだぜ? それ全部……まとめて、なかったことにしちまおうってのかよ……?」
「
視線は執務机の支部長へと向けたまま。ユーグは弾む口ぶりでうそぶく。
「だが、伝説の
「い、いいのかよそんなんで……伝説の魔獣だろ? オルランドの
「なら訊くがね、ロキオム。お前――同じことができると思うか? この先も」
「へ……?」
きょとんと眼を瞬かせるロキオム。いっそう愉快げに笑みを深くしながら、ユーグは問いを重ねる。
「なんたって伝説の魔獣との戦いだ。討伐にこそ至らなかったとはいえ、その戦いに勝って生き延びた俺達の戦績は、箔としちゃ
「だったら――」
「そこでひとつ質問だ。お前は――いや、お前達は。この先も同じことができると思うか?」
その問いに。
ルネの肩がびくりと震えるのを、シドは見た。
「
ロキオムは言葉を詰まらせる。考えもしなかったことなのだろう。
「あり得ない、なんて腑抜けた台詞は言わないよな? 何せアレは、まだ生きているんだ」
『伝説の《
またその脅威が現実となった時、再びその力を求められるだろう。それは十分にあり得ることだ――結果だけを見るなら、一度は確かに勝っているのだから。
「俺達、冒険者は命懸けの商売だ。
――こんな話がある。
十数年ほど前の話だ。
ある半人前の冒険者パーティがメルビル近郊の
希少な魔獣の巣であった未踏領域を発見し、なおかつその領域を踏破して無事に戻った彼らの功績は高く評価され、半人前の彼らは
だが、それから程なく、件のパーティは崩壊した。
輝かしい躍進からパーティの崩壊へ至るまでに、一年もかからなかったそうだ。
実のところ――この発見には長らく、ひとつの黒い噂がつきまとっている。
半人前の冒険者パーティには当時、言わば『保護者役』というべきベテランの冒険者がひとり随伴していた。
件のベテラン冒険者は、希少な発見を独占せんとしたものとして告発され、その訴えが認められた。その咎をもって、その冒険者は未踏領域発見者の欄から、その名を抹消されたという。
口さがないものは、この笑い話をこう締めくくる。
真実、かの未踏領域を発見したのは、随伴の冒険者ではなかったのか。半人前どもは、ただの『おまけ』ではなかったか。
希少な発見を独占せんとしたのは、実は――と。そんな風に。
「死んだやつ。行方知れずになったやつ。いずれにせよ、まともな形で生きてるやつはもはや一人もいませんでしたとさ、めでたしめでたし――ってなオチさ」
《ヒョルの長靴》の冒険者達は、揃って複雑な顔になる。
それが、彼らにとっても知った話だったからだ。かつて、身の程を弁えない間抜け共の没落譚と笑い話にしていたような。
「――命知らずは戦士の勲章だが、下手打って死ぬのは頭の足りない馬鹿のやることだ。同じ命を張るなら、なるべく有意義に、賢くやらなくちゃな?」
身の丈に合わない冠なら、はじめからない方がいい。
ユーグは言外に、そう告げていた。
「では……アナタ方は、今回の方針にご賛同くださると?」
「もちろん、ただで首を縦に振るつもりはないがね。口止め料くらいはくれるんだろう?」
「ええ。ええ。それはもちろん」
「なら結構だ。が、生憎と口の堅い方じゃないもんでね。しっかり重しをしないことにゃ、うっかり
ホーウィック市長は不快を露わに、眉間へしわを寄せていた。
一方の支部長は軽く目を伏せ、「ええ、ええ」と何度も頷く。
「アナタ方の功績をふいにさせるのと引き換えの補填、ワタクシどもの財布からしっかりさせていただくことをお約束します。ただ――二度目以降はありません。それだけは、どうか重々ご承知を」
「ああ、もちろんだとも――俺達は冒険者だ。たかり屋なんぞじゃない」
「……我々、《軌道猟兵団》としては、やはりこのような危険な誤魔化しには賛同を致しかねますが」
溜息混じりで、ジムが零した。
形ばかりの批判だった。零す声には諦観がある。
「ですが……それが、オルランドという都市そのものの方針であるならば。あくまで一冒険者にすぎぬ我々が、これ以上の口出しをする義理もないでしょう。今後の対策は、重々になされると見做してよろしいか?」
「ええ、もちろんですとも。腹に据えかねる心境はお察しいたします。見て見ぬふりであれ、容認をいただければそれで結構――アナタ方の功績に見合う補填も、ワタクシ共から必ずや」
「それは結構。《
そう言って支部長の勧めを謝絶し、ジムはクロを見た。
「我々の冒険、その目的は今やこうして達成されました。絢爛なる魔法文明を築いた《真人》種族の復活――この、はるかないにしえより再臨せし少女との対話、《真人》の真実を知る試みこそが、我々にとって何物にも代えがたい報酬なのですから」
高揚に頬を染め、朗々とそう語るジムの態度で、シドはある種の後ろめたさと共にすべてが腑に落ちた。
彼ら《軌道猟兵団》は、《月夜の森》から事態の告発を――《翡翠の鱗》の神殿において働いた所業を公にされれば、即座に危険な立場に陥る。少なくとも、かの獣人種族の王国と取り決めを交わした沿海州やファーン王国にはいられない。
無論、そうした事態も覚悟したうえでの、一連の行為であったのだろう。
だが、彼ら全員が一様に動揺も怯みも見せなかった理由は、そればかりではなかった――彼らが求めたもの、《真人》種族の末裔たるクロさえ連れ帰ることができたなら、もはや《
「シド・バレンス。こうして《
――A級の幻獣討伐。
これに伴う栄誉と褒賞。
「貴方が果たした、《キュマイラ・Ⅳ》との対決に見合うものでないのは否めぬものでしょう。しかし貴方はこれを受け取る資格を持つ者であり、のみならず受け取るべき存在であると、私は確信しています――貴方は
それは紛れもなく、彼なりの厚意であり、好意であり、誠意であるだろう。
その弁舌をいっかな止める様子がないことからして、それは《軌道猟兵団》の総意であり、彼らすべてからの厚意でもあるのだろう。
そして、それが分かっているからこそ――シドは後ろめたくてならなかった。
「真実はいつか、必ず明らかとなるでしょう。《キュマイラ・Ⅳ》の完全なる封じ込めがかなった時に。その暁には、あなたの真の活躍も明らかとなるでしょう。
ですが、どうかそれまでの間は――言わばそれまでの『繋ぎ』として。シド・バレンスという戦士の名を広く世に知らしめる礎として、此度に授与される功績を受け取っていただきたい」
「すまない、ジム・ドートレス」
――それでも。
シドはきっぱりと、首を横に振った。
「あなたの厚意はとてもありがたい。正直、欲しくないと言えばそれは嘘だ」
より上の
冒険者としてより高みへ昇る望みがないと言えば、そんなものは嘘だ。
貰えるものなら、ありがたく貰ってしまいたい。そうすれば少なくとも、いつかミッドレイへ帰る日に、ドルセンにもミレイナたちにも、胸を張って報告することができるだろう。
――けれど、
「けれど、俺はそれを受け取れない――俺が求める報酬は、他ならぬあなた方からしか、いただけないものだからです」
「? 我々から――ですか。ええ、はからずも此度は手を取り合い戦った仲です。もちろん、我々にできることであれば何なりと」
「ありがとう。それなら、心置きなくお願いさせてもらう」
――おそらく、彼は気のいい青年なのだろう。
それが決して万人にとっての善良ならずとも、自身が心を許した者に対しては。
それが分かってしまうから、。鉛でも詰めたように、胸が重く苦しい。
だが、それでもここを譲ることはできなかった。ささくれ立つようにむかつく胸から息を吐き、シドは心を固める。
ああ、そうだ。
間違いなく自分はこれから、彼らの望みを叩き潰さなければならないのだ。
――何故なら、
「俺の求める報酬は――《
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