159.今回の一件を穏当に落着させるための『嘘』の話。……果たして大丈夫なのでしょうか、これで。


「……何ですか? それは」


「《シェイプシフター》という魔物の核です」


 支部長は、机上に置かれた木箱の箱を開け、その中身を見せるように傾けた。

 くすんだ色彩の、宝石のようなものが、箱を満たす敷布へ沈むようにしておさまっていた。


「こちらはさる冒険者パーティが《箱舟》探索中に発見・回収したものですが。当時は正体不明の何某という扱いとなり、長らく《連盟》にて研究用に保管されていました――ところで、シェイプシフターという魔物は御存じですか? アナタ」


「いえ。姿を変える魔物の総称……ではなかったかと、記憶していましたが」


 困惑混じりで、シドは答えた。


 シドが知る『シェイプシフター』は、そのまま『姿を変える魔物』の総称としての呼称である。


 有名な――そして、冒険者の間でもっとも憎まれる――ものとしては、《真人》種族の迷宮ダンジョンにおいて宝箱へ擬態する、いわゆるところのミミック。


 その他、鏡像魔人ドッペルゲンガー沼男スワンプマン、さらには《真人》種族の伝承にもその存在を記される万変する万影バルトアンデルス――南洋のどこぞには、変化の術を備えた知恵ある古狐などというものもいるらしい。


「確かに、仰るとおりの意味でもありますが。今回の場合それとは別口です」


 支部長の言葉に怪訝に眉をひそめるシド。

 そんな彼を見上げてクロがすました素振りで言った。


「『姿を変える魔物の総称』以外の呼称として、文字通り《変化するものシェイプシフター》という幻獣がいるのですよ」


 外観は、言うなれば巨大なスライム。コアをその中枢として、粘性を持った液化霊素ジェムを固めた集合体。

 周囲の景色に『擬態』して溶け込むことで姿を隠し、観測した対象の『情報』を記録するという生態を持つ。


コアへ記録した観測情報をもとに、《変化するものシェイプシフター》は自身の姿かたちを作り変えます。より正確には、霊脈網レイラインの形状を、観測情報のそれと一致させることで――」


 ――と。そこまで言ったところで、クロはへにゃりと笑った。


「……なんて、そんなおはなしをつらつら並べても、わかりにくいかなぁとは思うのですけれど」


「まあ、いずれにせよその辺の細かいハナシは当面の事情とは関係ない。後でおいおい聞かせてもらうとしてだ」


 ユーグが問う。

 その言葉通り――目下において重要な問題は、《変化するものシェイプシフター》なる幻獣の生態そのものではない。


「そのシェイプシフターとやらが《キュマイラ・Ⅳ》に化けていたとすることで、今回の状況に一体どう落としどころがつくっていうんだ?」


変化するものシェイプシフターは、ワタクシども《諸王立冒険者連盟機構》による認定脅威度G~A。擬態した生物の能力を『模倣』する性質のため、その脅威度はおおむね擬態した対象の能力と性質に沿います」


 ですが――と。

 支部長は続ける。


「模倣で再現可能な能力には『限り』があるのです。自身の限界を越える霊脈強度の模倣ができないことに加え、対象本来の『性質』に依らない性能――言わば『外付け』の機能は、再現できないのです」


 そこまで支部長が言ったところで、フィオレが「あっ」と声を上げた。


「フィオレ?」


「わかった――そっか、そういうこと……確かにそういうことなら、もし《キュマイラ・Ⅳ》くらいのやつが相手でも、私達だけで勝てた……の、かも」


「フィオレ、それはどういう――」


 怪訝に眉をひそめるシドの声も届かなかった様子で。

 フィオレは答えを見つけた学生の高揚で、声を大きくする。


「《キュマイラ・Ⅳ》の再生能力は、あの魔獣単体ではから! あれは外付けの、『供給源』があってこその能力ちからだから――たとえ姿かたちを模倣できても、あの『無限の再生力』は再現できない!!」


 それは、《キュマイラ・Ⅳ》との決戦前、魔獣の足止めに徹して作戦会議の場にいなかったシドには、どうあっても知り得ないことだったが。


 《キュマイラ・Ⅳ》の再生能力――のみならず、その脅威の源泉たる《咆哮魔術スキルツリー》の威力を担保する魔力。かの魔獣はそれらを外部からの、より具体的には《箱舟アーク》からの供給によって担保していた。


 のみならず、《キュマイラ・Ⅳ》の頭脳と呼ぶべきものは《箱舟》内部の分散演算基に存在し、魔獣の身体を挙動せしめる命令の全ても、そこから発信されたものである。


「魔獣の体が持っていない頭脳の代わりは、シェイプシフター本来の頭脳で代わりにできるのかもしれないわ。でも、擬態した《キュマイラ・Ⅳ》には、接続する『発信』の側が存在しない……なら、シェイプシフター擬態に対する《箱舟アーク》からの供給もない!」


 ――《シェイプシフター》という幻獣は、対象の『能力』と『性質』を模倣する。《キュマイラ・Ⅳ》に課された命令、おそらくこれに基づく『性質』は、能力と同時に模倣される。


 ゆえに、《箱舟》内部での交戦における限り、その能力はシド達が相対した時以上のものとはならない可能性が高い――《箱舟》をだ。


 そして、第四層における戦闘中に、リアルド教師とウィンダムが放った魔術――《煉獄鎚れんごくつい》と《雷皇檻らいこうかん》は、どちらも竜種すら滅ぼすほどの極大魔術である。

 たとえどれほどの再生力を有していたとしても、再生を担保するエネルギーが尽きればそこまでだ。


 、必ず死に、滅ぶ。


「幻獣本体が持つ魔力が尽きた時点で、《キュマイラ・Ⅳ》としての再生力も尽きる――その、再生力を担保するを越える威力を叩きこめば、偽物はかならず倒せる! ってことなのよ!」


「……なる、ほど……?」


 前提知識が手元にないシドの頭では、熱っぽくフィオレが訴える内容の、半分も理解が追いつかなかったが。


 だが――もしフィオレの言うとおり、《キュマイラ・Ⅳ》の『偽物』では、あの驚異的な再生能力を維持できないのだとしたら。

 確かにその時点で、勝利の目は十分ある。あったはずだ。


「この偽装は、つまりそういうこと――そうなのよね、クロ!?」


 どうだ、とばかりに頬を紅潮させて熱弁を終えたフィオレに。

 クロが満面の笑顔を広げる。


「はい、正解ですフィオレ。まさしく仰るとおりなのです」


「!」


「でも、残念でした。それは理由の『本質』ではありません」


「え?」


 訳が分からない、とばかりに眼を瞬かせるフィオレ。傍でそれを聞くシドも、まったく同じ気分だった。

 呆けた二人へ気付けをかけるように。市長がわざとらしく咳払いする。


「エルフのお嬢さん。私は最前に言ったはずだ。大衆の愚昧は、貴女のように経緯の複雑さなど理解はしない」


「……え?」


「『倒されたのは、伝説の幻想獣キュマイラである』」


 話を継いだ市長の言葉は、溜息混じりの力を欠いたものだった。


「これだけでいいのだ。伝説のオルランドが対峙したではないのだから、本物より弱く、に倒されたとしても不思議はない――この偽装に、それ以上の理屈などありはしない」


 完全に肩透かしを食った格好で、ぽかんと目を丸くするフィオレ。

 クロがクスクスと笑った。


「ですが、たしかに内実となる理路はフィオレの言うとおりのものです。

 そして、それのみならず、『倒した幻獣』たるシェイプシフターのコアが証拠として備わるならば――あの場に現れた幻想獣キュマイラは、『実はシェイプシフターの化けた偽物であった』のだと、強弁することができます」


 ――《キュマイラ・Ⅳ》との戦いを真に知る者は、ここに居並ぶ者だけだから。


 だが、これは言うまでもなく、


「もちろんそれは、ここにいるみなさんに、その落着を納得していただけるのなら――そういうことに、なってはしまいますけれどね」

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