158.おそらく一番の問題は、今回の一件を『どういう形で落着させるのか』ということです。
「ぁによ市長さんまでその言い方! あたしが悪いの!? あたし変なこと言った!?」
「そうだ、お前が悪い。分かっているならそろそろ黙れ、ケイシー」
とうとうホーウィック市長に対してまで噛みつき出したケイシーだったが。
冷ややかに水を差すユーグの言葉に、「ぅ」と言葉を詰まらせた。
それまでの勢いを一気に失い、ソファに身を沈めたユーグをぎこちなく伺う。そのケイシーを、ユーグは冷え切った眼光で見上げる。
それで十分だった。
不平たっぷりの様子で、しかし他にどうしようもなく、ケイシーは縮こまった。
ユーグは溜息混じりに姿勢を正し、深く頭を下げた。
「身内がみっともないとこをお見せした。この通り、お詫びする」
「いえいえ。どうか顔を上げてはくださいませんか、アナタ。実際、そこはワタクシどもの方から、先に言及しておくべきことでした」
支部長が宥める体で軽く手を振る間。
シドは内心、安堵に胸を軽くしていた。さすがに、連盟支部や都市の長が居並ぶこの場で制裁の暴力に走るほど、ユーグも無法ではなかった。いくら何でもとは思っていたが、一抹の不安がこみ上げるのまではどうしようもなかったのだ。
ただ――なるべく穏便に、仲間との間のことは話し合いだけで終わらせてくれるよう、話し合いが終わった後に少し釘を刺すなり宥めるなり、した方がいいのかもしれないのではないか。そんな不安は、如何ともしがたく募っていたけれど。
「ワタクシどもとしても、そこは懸念のうちです。仮に問題の
魔獣や魔物の討伐を冒険者の功績、実績として記録し、さらにはこれに伴う褒賞の授与を行う場合、その証拠となる何某を提示することで討伐の証明とする。
連盟には書式としての討伐証明書も存在し、これは討伐した魔物の
のみならず、これが討伐依頼の類であれば、その依頼の完遂をもって。
何らかの偶然でたまたま遭遇しただけの魔物であっても、討伐した魔物の一部を証拠として持ち帰ることで、討伐証明を取得しうるケースは多い。特に、これが前々からその存在を認識されていた類の魔物・魔獣であれば、認定のハードルはきわめて低くある。
シドがこのオルランドへ来るまでの道中――河川港の街ナーザニス近郊の村で倒した、熊のように巨大な猪も、あるいはその類であったかもしれない。
サイラスは件の魔獣を《魔猪》ではないかと言っていたが――仮にその遺体の一部をナーザニスの連盟支部へと持ち帰り、それが《魔猪》のものであると支部の鑑定士からの認定を得た場合、それはシドの討伐証明として記録に残すことができたものだった。
……実際のところは、そんな可能性には露ほども気が回らないまま、他の猪たちとまとめて肉にしてしまったのだけれど。
猪退治の直接の功労者ということでシドが貰った肉の分け前は、貰っても使い道がないからという理由でその日のうちにすべて焼いて、村人達と分けて食べてしまった。
野趣溢れる、おいしい肉だった。
本当は――仮に、あれがそうした魔物の類だと事前に知っていたならば。ナーザニスまで持ち帰って討伐証明を取って、そしたら功績がついて、もしかしたら
これはもう悔やんだところでどうにもならない。すべては終わったことである。残りの肉も今頃はあの村で干し肉へ加工されている真っ最中であるのだろうし。
――閑話休題。
「確かに。
そうひとりごちたのは、《軌道猟兵団》の魔術士ウィンダムである。
運悪く《キュマイラ・Ⅳ》と対峙する羽目になった若い冒険者達や――のみならず、第三層の各所から《キュマイラ・Ⅳ》の姿を垣間見た冒険者、その咆哮を聞いた冒険者がいるはずだ。
「我々はかの魔獣を、《塔》の、奈落の底へと突き落とした――ここまでやれば、いかに強靭な魔獣といえど、普通は落下の衝撃で死ぬ。
その『存在』が第三者の耳目で
この場合、討伐が明確に『確認』された訳ではない。しかし、討伐が叶ったと『推定可能』な状況であれば、これを以て討伐がなされたと認められるケースは、過去にも多くの事例がある。
――だが。
ウィンダムは苦々しく顔をしかめる。
「今回の場合、これは明確に『嘘』だ。《キュマイラ・Ⅳ》は死なず、斃れない――それは《真人》の少女が語った言葉にすぎないが、その証明と言うべき光景を、我々は確かに目の当たりにしている」
竜すら屠る極大の魔術を二重に重ねてもなお、かの魔獣は死すことなく。死に至るはずの負傷すら、瞬く間に万全へと癒えた。
《キュマイラ・Ⅳ》は今も生きている。あくまで閉じ込めただけだ。
それは、この場で最も《キュマイラ・Ⅳ》を知るクロのみならず、ここに居並ぶ冒険者すべての間で共有された認識であっただろう。
「……ですが、だとすれば。
《連盟》は本件を、どのように落着させるおつもりでいるのです?」
独り言ちることばを切って。ウィンダムは支部長へと訊ねた。
「
「まさか」
大袈裟な所作で肩をすくめ、支部長はゆるゆると首を横に振る。
「シナリオはこちらで考えております。頃合いもよい塩梅ですし、このあたりで皆様にも共有することといたしましょう」
支部長はそう言うと、机上に置かれていた呼び鈴を手に取り、軽く振った。
ちりりん、と澄んだ音に続いて、執務机の左手側――隣室へと続く扉が開いた。
セルマだった。
姿勢よく背筋を伸ばした、端然とした佇まいで姿を見せた銀髪の
「セルマくん、例のものをここへ」
「
いったん隣室へと引き返したセルマは、程なくひとつの木箱を抱えて戻ってきた。
支部長が机上の諸々を避けたスペースへ、重たげにするでもなく淡々とその箱を置く。
セルマが一礼して隣室へ引っ込むと、支部長は机上の箱を拳で軽く小突いた。
「こちらを使います」
シドは、怪訝に眉をひそめた。
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