156.なぜ、《キュマイラ・Ⅳ》にまつわる一件を伏せねばならないのか――薄々察してはいなくもありませんでしたが、なんか思った以上におおごとでした。【後編】



 冒険者は連盟の仲介で都市や都市の市民からの仕事を請け負い、雑多な業務を代行する。都市と連盟は仲介料で稼ぎを得る。


 かねをためた冒険者は《箱舟アーク》へ入る。その際には入場料と、手持ちのかねを入場の対価たるオルランド大銀貨へ交換するための手数料がかかる。


 《箱舟アーク》から持ち帰った財宝や工芸品は――これは、当然ながら、というべきではあるが――ほとんどの場合、時には冒険者宿を仲介して都市の商人へと流れる。


 遺跡から獲得される《真人》達の遺物は、どこの国でも、どこの街でも、交易品となりうるものではあるが。《箱舟アーク》という巨大な未踏遺跡を抱えたオルランドでは、それが都市の交易として成り立つレベルで流通する。


 そうして《遺跡》から稼ぎを得た冒険者達は、当然ながらオルランドでの生活に、その金銭を費やすことになる。そう――だ。


 それでも、《遺跡都市》オルランドの――最大最難の未踏破迷宮たる《箱舟アーク》踏破の栄誉を、あるいは迷宮に眠る財宝での一獲千金を夢見て、この街には多くの冒険者が集まる。


 そうして、砂糖に群がる蟻のように集まった冒険者から徴収した『入場料』を市政の源泉に充てることで、オルランドが市民に課す税金はトラキア州の他の都市の半分にまで抑えられている。


 その税金の安さに釣られて、オルランドには人が集まる。

 税の安さを活かしていっそうの富を蓄えられる富裕層のみならず、ただただ税金が安いというだけの理由で流れてきた貧困層も。

 だが、山間に築かれたオルランドは土地が少なく、家の値段が高い。さらには、似たような経緯でやってきた人間ばかりなせいで、たいてい人余りだ。


 結果、他所の土地から夢だけを抱えて移ってきた流れ者のほとんどは、捨扶持の仕事で口に糊するのがせいぜい。上手くオルランドへ溶け込みその暮らしを謳歌できる者は、幸運な一握りに限られる。


 それ以外の、追い詰められた移住者が道を外れ、何らかの犯罪に走るならば――そうして都市の治安を脅かすならば、それは冒険者を使って片付ければ済む。《箱舟》へ潜る金欲しさに仕事を受ける冒険者なら、この街にはいくらでもいる。



 そして煎じ詰めれば、これは冒険者も同じこと。

 遺跡アークの探索と引き換えに、カスになるまで金を搾られる。油菜アブラナみたいに都合のいい金づる――金剛石ダイヤが湧き出す鉱山、金の卵を産む雌鶏。


 《箱舟アーク》へ潜る資金のために街の厄介仕事を請け負い、《箱舟アーク》へ潜るために高価たかい入場料を支払い、かくて街を整え、街を潤す。夢や野望のために使われる、街のなる冒険者達。


じゃなきゃ困るってことだ。如何いかんともしがたい厄ネタを理由に《箱舟アーク》の探索を手控えられたら、それだけで入場料の儲けがガタ落ちだものな?」


 然してこの構図は、《箱舟アーク》という未踏破遺跡が有する魅力――言わば、甘い蜜に惹かれて集まる冒険者達の存在に、その基盤を置いている。

 そして裏を返せば、それだけで十分だったのだ。


 完全踏破はならずとも、より高層へと昇りつめればそれは冒険者としての名誉と功績になる。首尾よく階位クラスが上がり、冒険者として認められれば、より大きな仕事にも挑みやすくなる。

 《真人》種族の財宝なり、いにしえの魔法文明が遺した希少な附術工芸品アーティファクトなり手に入れることができたなら、それだけでも一財産だ。


 それに比べれば、高価な入場料ももの。その意識が、冒険者の探索を推し進めていたはずだ――これまでは。

 しかし、


「想定される危険と利益の帳尻が合わないと見做されれば、この計算は成り立たなくなるだろう。少なくとも、それで帳尻を合わせられる奴は減る。ましてや、危険を理由に探索の『価値』を引き上げられようものなら――おそらく何もかもが、今まで通りにゃいかなくなるな。

 《箱舟》内部との交易にも響き、ひいては『外』との商売にも支障をきたす。

 金が足りないからと税を増やせば、裕福な金持ちどもは豚の鳴き声みたいに不平を鳴らすだろう」


 そして、問題は都市の『中』のみにはとどまらない。


「連鎖してトラキア州政府へ納められる税が減れば、オルランドから中央への影響力も目減りする。《箱舟アーク》という『資産』に胡坐をかいて繁栄するオルランドに人とカネを吸われ、挙句にカネの力で州政府から不満の頭を押さえつけられてた他所の都市も、ここぞとばかり動き出すかもしれんな。

 かくて、内も外も問題だらけって訳だ――遠からず、あんたらの選挙シノギにまで響いちまうかもしれん。そういうことだろう、市長さん?」


 市長は答えなかった。


「――《遺跡都市》オルランドにとっちゃ、《キュマイラ・Ⅳ》なんて厄ネタはいてもらっちゃ困る。最低限、討伐なりがなされていなくなったか、さもなきゃ『初めからいなかった』ってことでなけりゃあ困るんだ。あんた達が――いや」


 その、市長へ。

 ユーグは、剣先を向けるように指摘する。


「――あんた達。オルランドの市民が、かな?」


 ホーウィック市長は――ただ、今にも戦慄きそうな唇を硬く引き結び。

 その秀でた額に、太い血管が浮き上らせていたようだった。


「随分と、舌の滑りがいいようだな。冒険者」


「上流の方はご存じなかったようだが、冒険者ってのは自営業でね。口が立たなきゃやってられん局面もあるってことさ――なぁ?」


 と、シドを見るユーグ。

 実に分かりやすい揶揄に、シドもさすがに渋い顔になってしまう。

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