153.驚愕! 突如現れたオルランド市長――そして、おっさん冒険者の手に戻ってきた『くすんだ銀』の紋章……!!
有無を言わさぬ様子で宣言する男――オルランド市長である彼の振舞いに、支部長は組んだ両手に額を乗せながら、深く深く嘆息したようだった。
「……市長閣下。我々は未だ別件の話し合いの途上にあり、その落としどころを探っている
「後にしたまえ。それは此処なる諸君らのみの都合であろう」
にべもない一蹴だった。
「……閣下」
「《諸王立冒険者連盟機構》が沿海州の隷下ならざる、多国籍機構であることは理解している。が、しかしこのオルランドにおける連盟とは、オルランド戦士団と協調関係にある都市治安維持機構の一部でもある。ゆえに執政府の長たる私は、君への命を下す権限を有するということ――忘れないでもらいたいものだな、支部長殿」
「それは……」
「いいじゃねえか支部長さん。もとより本題はそっちのはずだろう?」
冷やかす調子で言ったのは、ユーグだった。
眉をひそめる支部長を見遣り、長い足を組みながら深くソファにもたれる。
「俺達にはさっぱり関係のない話ばかりを延々続けられてよ、こっちはいい加減うんざりしてたところだ──そういう訳で、俺はあんたを歓迎いたしますよ。市長殿」
市長の目が、じろりとユーグを見下ろす。
その視線に気づき、傲然と背筋を伸ばす市長を見上げ返して。ユーグは薄く笑った。
「要は、《キュマイラ・Ⅳ》と《
「……気に入らん物言いだな。まるで
蔑む色を眼光に乗せながら、男は吐き捨てた。
「だが、まあいい。名前を聞いておこう――私はこのオルランドにて現市長職にある、ローラン・ホーウィックである」
「貴族様の割には、ひどく簡潔なお名前のようで」
「それが沿海州だ。で、君達の名は?」
「自由商業都市メルビルの冒険者パーティ、《ヒョルの長靴》のユーグ・フェット。後ろのこいつらは同じパーティの冒険者だ」
手を振って示すユーグ。《ヒョルの長靴》の冒険者達が、揃ってどきりと身を縮める。
「……我々も、名乗りは必要でしょうか」
「結構。冒険者パーティ《軌道猟兵団》の名であれば、かねてより私も噂を承知しているのでね――《賢者の塔》のマヒロー・リアルド教師、貴女のこともだ」
さすがと言うべきか。名誉称号と言うべき
「だが、それだけに今回の騒動は実に残念だ。貴女方は冒険者とはいえ、《賢者の塔》に身を置く賢人と、その手足たる冒険者であったはずだ。それが、蛮族の
嘆くようにかぶりを振った男は、最後に自分の傍らへ視線を落とした。
シドとフィオレ、ラズカイエン――そしてクロへ。
「君達の名も聞いておこうか。君達は何者だね?」
「え。あ――俺は」
「はじめまして、市長様。
一連の流れで完全に気圧され、さらには急に話を振られて目を白黒させるばかりだったシドに代わって。
スカートを摘み、優雅なカーテシーの所作を取ったクロが――睫の長い瞼を伏せ、楚々ととした一礼で頭を垂れた。
「その名前は私も聞いている。
「お見知りおきくださったこと、光栄に存じますです。正式な名乗りはとても長くなってしまいますので、またいずれの機会に」
ニコリと子供らしく可憐な笑顔を広げて。
如才なく挨拶を終えたクロ一歩横にずれ、すっと伸ばした手でシド達を示した。
「
「ほう……?」
興味もなさげに低く唸ったホーウィック市長は、不意にその目をシドのところで止めた。
「――そうか。では君が哀れにも今回の一件へ迷い込んだ、《
「ぅえ!?」
突然の言葉に、シドはぎょっとする。
この市長がシドの名を知っていたのもさることながら、何故に《
驚きと困惑で言葉が目詰まりを起こし、あうあうと口を開閉させるばかりのシドへ、市長はおもむろにポケットから取り出した『それ』を投げつけた。
とっさに空中でキャッチし、てのひらに残ったものを見下ろす。
シドは、立て続けの驚きに目を剥いた。
「これ……!」
「君のものだろう。受け取りたまえ」
肉厚の刃物で削られたように、抉れた傷のついた――それは、古びてくすんだ、
バッジの裏を見れば、そこには紛れもなく、『シド・バレンス』の名が刻まれていた。てっきり、《キュマイラ・Ⅳ》の放つ石化の
「確かに、これは俺のものです……ですが、市長さんは一体、どちらでこれを」
「事後の処理にあたっていた戦士団が、第四層に転がっていたのを見つけたものだ。回収した中にあったものを、私が預かっていた」
「ありがとうございます! あの、てっきり俺は……こいつはもう、壊れてなくなってしまったものだとばかり」
――あの時だ。
市長にお礼を言いながら。シドはその脳裏で、ひとつの可能性に思い至っていた。
第四層での交戦中。《キュマイラ・Ⅳ》の竜頭の
竜頭に食われた時、おそらくはその牙の一本がシドの胸元を掠め――そこに留めてあった紋章を、弾き飛ばしていたのだろう。肉厚の刃物で抉ったように削れた傷は、竜の鋭い牙が掠めたその跡だ。
「――さて。そろそろ本題に入らせてもらおうか」
だが、感極まって弾んだ声を上げるシドにはそれ以上の興味を示すでもなく。
ホーウィック市長はその巌のような眼光で居並ぶ一同を睥睨し。
そして、
「諸君らが
これら事件にまつわる一切は、すべてなかったこととさせてもらう」
――宣言した。
一切の抗弁を受け付けるつもりのない、それは支配する者の宣言だった。
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