135.師匠に剣を習い始めたきっかけを思い出すと、思えば遠くへ来たものだ――なんて気持ちになってしまいます。ていうか、『古い剣』ってどういうことですか?


「どこで……と言われましても」


 シドは気まずく頭を掻く。

 『古い剣』と言われても、シドにはまったく実感がない――自分以外の両手剣使いを知らないわけではなく、その扱う剣の技が自分のそれと同一でないことくらいは理解していたが、それを流派や師の違い以上のものとして考えたことはなかった。


「俺の剣は……何て言うか、師匠に教わったものなんです。旅の剣士だったみたいなんですけど、たまたま故郷の村に流れてきて」


 傭兵仕事か何かの、理由あってのことだったのか。

 はたまた、ただの気まぐれでそうしていたのか――


 どこからかふらりと流れてきて、シドが物心ついたころにはとうに村はずれの古い見張り小屋に住み着いていて。隠者とはずれ者のあいの子みたいな、そんなぼんやりした暮らしをしていたひとだった。

 ある時、シドはそんな彼にねだって剣を教えてもらう約束を取り付けた。家の手伝い仕事を抜け出しては彼の寝起きする小屋を訪い、剣の扱いを習った。


 開墾地を得て、荘園の小作農から独立した、ちいさな自営農の両親。

 子供は長男のシドと、その下に妹が二人。やがて親の土地を継ぐべき長男のシドが、家業ではなく剣なんてものに傾倒していたことに、二人は当然いい顔をしなかった。


 それでも、剣を習うのを禁止されるまでいくことがなかったのは――シドの生まれ故郷が、言うなればであったからだろう。


「……アンタ、ウインディアのか」


「はい」


 パーン山脈に広がるハイランド高地において、天翔あまかける装竜騎士カタフラクトをその頂としろしめす――竜と傭兵の国、ウインディア。

 竜に跨り空をける、竜騎士団の脅威と威名を以て諸国に名を馳せる、騎竜の王国。


「パーン山脈でも南の方の……ロスコーって土地の村の出です」


 ははぁ、と得心いった体で、ヘズリクはにんまりと笑った。


「それなら、アンタの剣腕けんわんも納得ってもんだ。あの国じゃ、男も女も国中がみな兵士って話じゃないか。

 『ウインディアの傭兵は決して雇い主を裏切らない。ほまれ高き竜騎兵ドラゴンライダー、誇り高き騎士団ナイツのみならず、名もなき歩兵、その一兵卒に至るまで』――ってよ。そういう評判は、おれも聞いたことがあるぜ」


 うきうきと目を輝かせるヘズリク。シドはどう答えたものやら判断がつかず、曖昧に笑うしかできなかった。


 よくも悪しくも、故郷の国にそうした評判があることは知っていた。とはいえシド個人の剣に関して言えば、故郷のそれはまったく関係のないことである。


「それより、『古い剣』というのは、どういう……」


 腹の底を探られるようないたたまれなさを覚えて、シドは話題を変えることにした。怪訝に眉をひそめるヘズリクに、シドは続ける。


「さっきも言ったとおり、俺の剣は師匠に――旅の剣士に習ったものなんです。ただ、師匠がどこの流派のひとだったとか、そういう話はまったく聞いたことがなくて」


 人当たりはよかったが、そのくせあまり自分を語らない人だった。

 他者の『才能』を見抜く力を持つという、なんとも不思議な人物だった。


 そして、何よりも――おそろしく強い剣士だった。


 シドがまだ子供の頃、荘園で農耕用に飼い慣らされていた甲竜リンドドレイクが暴れ出したことがあった。

 その時ふらりと現れた彼が、鞘入りの剣で荒れ狂う竜を一撃。瞬く間にこれを叩き伏せ、暴れ竜に轢き殺される寸前だった少女の命を救った――その一件は、しばらく村の大人達の間で語り草になった。


 シドが師匠の存在を知った、そのきっかけたる一件だった。農耕竜に轢き殺される寸前だった少女は、シドの上の妹だ。


 シドが剣を教わりたいとこいねがうようになった、そのきっかけ。

 憧れの発端だった。


「おれがまだ親父のとこで修業してたガキの頃にな、アンタと同じ術理のやつを初めて見た。その親父も、そいつの剣を『古い剣』だと言っていた――つまりはそういうシロモノさ」


「それ、いつくらいの話なんですか?」


 フィオレが訊ねた。


「そうさな、おれが二十歳で修行を始めたばっかの頃だから……」


 ヘズリクは顎髭を撫でながら、


「……百年くれえ前の話だな」


「お父さんとお母さんが結婚したくらいの頃かー……人間種族の世界だと、だいぶん古い話ですよね、それなら……」


「……………………」


 種族の違いを、しみじみ感じさせる会話だった。


「で、だ。その時に親父が言ってたとこによれば、どうも親父の爺様だかひい爺様だかの頃には、アンタのそいつはもう『古い剣』扱いだったらしいシロモノだ。その親父も、たまたま爺様だかひい爺様だかの工房を訪ねたときにその剣を見て、以来あの一件があるまで一度も見たこたなかったそうだが」


「それは……」


 今度は、さすがにフィオレも顔色を変えた。

 森妖精エルフの天寿は長くて五百年ほど、山妖精ドワーフのそれはその半分だというが――フィオレは未だ若い森妖精だ。ヘズリクの曾祖父や曾々祖父の時代であれば、彼女の感覚でもそろそろ『大昔』に括れる時代となってくる。

 そして問題の『剣』の発祥は、そこから見てさらに過去だ。


同族ドワーフの中でも、見たことのあるやつがどれだけいるやら――仮に見て知っていたとしても、そいつが『古い』剣だと知らねえままに目利きをしているやつがいるかもな」


 そこまで言ったところで、ヘズリクは何か思いついた顔をした。洗濯場の方へ向けて「おおい!」と大声で呼びかける。

 建屋の勝手口から、先ほどの女山妖精がのしのしと姿を見せた。


「……なんだい、あんた! でかい声出すんじゃないよ、ご近所に迷惑だろう!?」


「おまえの方がよっぽどでけぇ声じゃねえか! つかよ、店番代わって、んでロギウこっちに寄越して来てくれや! あと工房の連中にも、手が空いた奴から来るように言ってくれぇ!」


 幅の広い女山妖精ドワーフはヤレヤレとばかりに腰に手を当て、溜息をついたが――やがて、「あいよ」と威勢のいい返事ひとつを残して、奥へ引っ込んでいった。

 フィオレが訊ねる。


「……奥さん?」


「ああ。おれのかかぁだ。ロギウは息子だ」


 そう語るときに目を細めたのは、この山妖精なりのてらいなのかもしれなかった。


「男ばかり四人いるうちの、末の息子でな。まだ修行中の半人前だが――いい機会だ、あいつや他の連中にも、あんたの剣を見せておきてえ」


「え」


 怪訝に呻くシド。ヘズリクは豊かな口髭の内側でにんまりと笑い、


「目利きにゃ自信があるが、しかしさっきの一振りだけじゃあ、分からんかったこともあるかもしれん。もっとしっかり見定めるついでに、若ぇ連中にも勉強させてやりてえんだ。いいよな? ニイちゃん」


「あ、ええと……」


「代金まけてやるからよ。な?」


 ばしん、と太ももを叩いてくる山妖精ドワーフの店主。

 シドはフィオレを伺う。シド一人ならどうとでもなるとして、問題は彼女の方だ。


 フィオレは少し考え込んだようだったが――やがて、苦笑気味にしながら顔を上げ、首を縦に振った。

 「好きにしていいよ」という、フィオレからの譲歩だ。


「――わかりました。俺でお力になれるなら」


「おお、ニイちゃんあんた話がわかるねえ! 短命種にんげんってやつぁ気が短けぇやつが多いからよ、アンタくれぇ話せるやつは、なかなかいねぇ! 感謝するぜぇ!!」


 わっはっは、と大笑しながら、なおもばしばしと太ももを叩いてくる。かなり痛かった。


「そういうアンタだからこそ、礎と山嶺の神ギムノウス鋼と匠の神ディアトの加護ぞあり、ってこった!

 この街で、いやさこの《大陸》すべてを見渡したところで、このおれほどアンタのための剣を作れる鍛冶師は他にいねえ! 何せおれは、ついこの間にも、同じ術理を見たばかりだからなぁ!!」


「え!?」


 聞き捨てならないことばが飛び出し、シドはぎょっとしながらヘズリクへ詰め寄った。


「俺と同じ剣を――って、それ、いつ? どんなひとでした!?」


 まさか――とは、思う。

 だが、昔の話をしたばかりだからこそ、シドはその予感に震えずにはいられなかった。

 シドと同じ術理の剣を操る剣士。

 まさかそれは、師匠――


「……アンタのお師匠さんじゃねえだろうな。人間種族の、若ぇ女だよ」


 シドの興奮、その理由を察してだだろう。慰めるように落ち着いた声音で、山妖精は答えた。

 そして、やはりというべきか――シドはがっくりと肩の力を落とすことになった。性別の時点で、別人だ。


「女性……でしたか……」


「ああ。いくら山妖精ドワーフのおれだって見間違いようがねえよ。あんたが選んだそいつよりいくらか短い両手剣を下げてたが、その得物も、やはり女だったからだろうな」


 純粋な筋力において、多くの場合、男女の差は如何ともし難い。膂力は無論のこと、身の丈においても同じこと――同じ術理の剣を修めていたとしても、その最終的な結果は、変容せざるを得ないものだ。


「だが、まあ、それだけってこともなくてよ。なんつーか、印象に残る女だったな。

 言うに事欠いて、手前てめえで手前を《万能なる者イルダーナフ》だなぞと名乗りやがるトンチキ女でよ。実際、大した多芸ぶりじゃああったが――」


「へえ……」


 ――と、落胆の中で気のない相槌を打ちかけて。

 ヘズリクが口にしたその名前が、シドの記憶へ唐突に引っかかった。


 ――イルダーナフ。


 ……《万能なる者イルダーナフ》?


「……んん!?」


 その名前は。

 以前、というよりごく最近――確かに、聞いた覚えがあった。

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