134.武器にも、武器を扱う何某にしかなかなか知り得ない、そうした知見があるものだったりするのです。


 店の奥は、やはりというべきか鍛冶場であった。

 シャツを腕まくりした逞しい山妖精ドワーフ達が、ある者は槍の穂先を槌で打ち、また別のある者は剣を研いで、刃の具合を見ていたようだった。


「おい、ロギウ。おまえ店番代われ。おれはしばらく外すからな」


 そうした中の一人――おそらく鍛冶場の中でいっとう若い山妖精ドワーフに向かって一声投げてから、ヘズリクはさらに奥へと向かう。

 シドは鍛冶場の彼らにぺこりと頭を下げてから、店主の後に続いた。


 ついた先は、店の裏手だった。四方を建屋の壁に囲われたそこは庭というには殺風景で、空き地と呼んだ方がしっくりくるこぢんまりとした空間だった。


 ふと横合いに目を向けると、店主の妻らしき女の山妖精ドワーフが、洗濯物を籠へ取り込んでいたところだった。

 何となしに目が合ってしまった彼女へもぺこりと頭を下げてから、店主が向かった方へ目を向けると、そこには細い棒に藁を巻いたものが幾本か、弓術の的のように並んでいた。


「……何かしら、あれ」


巻藁まきわら、ってやつじゃないかな、たぶん……見たのは俺も初めてだけど」


 大陸の南――《赤熱の外洋》を越えた先にあるという南洋諸島から《地中海イナーシー》沿海へ渡った文物、そのひとつだと、何かの折に聞いた覚えがあった。いわゆる人間種族の体に近しい強度を持ち、剣の試し切りに使われるとかどうとか。


 その、巻藁――らしきもの――の傍まで行った店主ヘズリクが、くるりと振り返って雑に手招きする。

 シドが歩いていくと、ヘズリクは顎をしゃくって巻藁――らしきもの――を示しながら、


「その位置で剣を構えて、こいつと立ち会いな」


「はあ」


 ヘズリクは三歩ほど後ろに下がり、腕組みしながらシドを見る。

 正眼に剣を構えて、その頂点がシドの身の丈ほどまで届く巻藁(略)と向かい合う。

 ややあって、再びヘズリクが口を開く。


「斬ってみろ」


「はい」


 短く応じ、呼吸を整える。

 一挙動で踏み込み、剣を当てる――には、やや遠い距離。これが長剣であれば無論のこと、刃渡りの長い両手剣でも、尋常の踏み込みではぎりぎり切っ先が届かない程度の距離がある。

 だが――


(――届く)


 強く地を蹴って、深く前へ。袈裟懸けに振るう一閃。

 を立てた剣の真芯に捉えた巻藁を、刀身が滑るように駆け抜ける。


 やがて、斜めに斬り抜かれたその上半分が、ずるりと──緩やかに滑って、落ちた。


「……すご」


 シドの口からは、我知らず感嘆の呻きがこぼれていた。

 表の武具店でシドが手に取った両手剣ツヴァイハンダーは、附術工芸品アーティファクトの類ではない。精霊銀ミスリルのような、特別な霊性金属によるものでもない。純然たる鍛冶の技のみで鍛えた、鋼の剣であった。


 にもかかわらず、シドの手は斬り抜いた瞬間、ろくろく抵抗を感じなかった。

 音に聞く通り、巻藁の強度が人体のそれに並ぶものだというのなら――これは際立った切れ味だ。


 ごくりと重たい唾を飲んで、手にした両手剣を見下ろすシド。

 一方のヘズリクは気難しげなしかめっ顔でそんなシドを見遣りながら、豊かな髭を撫でていた。


「剣の重心がいまいち合ってねえな……ま、店売りでの間に合わせならこんなもんか」


「え?」


 その言葉の意味するところを一瞬理解し損ねて、ぽかんと問い返してしまうシド。

 だが、程なくそれに思い至る。


 剣の重心が合っていない――


「そこまで、分かるものなんですか……?」


 確かに、これまで使っていた剣とは感覚が違っていたが。

 山妖精ドワーフの鍛冶師は、フフンと得意げに鼻を鳴らした。


「それが山妖精ドワーフの目利きってやつよ」


「……どういうこと?」


 一人、訳が分からないという顔をしていたのがフィオレだった。

 無理もないことではある。彼女は剣に縁のある女性ひとではない。


 ヘズリクはあからさまに怪訝な顔つきをするフィオレの様子に最初呆れたような半眼になったが、すぐに思い直してだろう。あらためて彼女へ向かい合うと、話を続けた。


森妖精エルフのお嬢ちゃん。あんた、片手半剣バスタードソードって聞いたことあるかい」


「名前くらいは……あと、現物を見たことだけなら」


 フィオレは答えた。

 《ティル・ナ・ノーグの杖》探索の旅をしていた頃にパーティを組んでいた少年剣士アレンが帯剣していたのが、そのバスタードソードであった。


片手半剣バスタードソードってぇのは、言っちまえば……『片手剣としても両手剣としても使える』、そういう触れ込みで世に出てきたモンだった訳だ」


 ヘズリクは訳知り顔で言う。


「おれはその頃の事はよく知らんがね、世に出たばかりの頃にゃたいそうもてはやされたそうだ。若ぇ刀匠の中にゃ、『これより先、すべての剣は片手半剣バスタードソードにその道を譲る!』、だなぞと吼え散らかす輩もいたそうだが――ま、そうはならなかった訳だな」


 ヘズリクはシドを見る。フィオレもその視線を追って、シドを――より正確にはその手にある剣を見て、腑に落ちた顔になった。


のさ。片手でも両手でも振れる剣――つまるところは、『片手でも両手でも振れる長さと重さの剣』だ。片手剣としちゃ長く重く、両手剣としちゃ短く軽い。得物の重心から刃の届く範囲から、何もかもが別物だ」


「中途半端な剣だった……って、こと?」


 自身の片手半剣バスタードソードを大切にしていたアレンのことを思い出してか、いくぶんむっとしたような、複雑そうな顔をするフィオレ。山妖精ドワーフの鍛冶師は首を横に振る。


「そうじゃない。術理に合わんということだ。片手剣の剣術にも、両手剣の剣術にもな。

 重心ひとつ変わっちまえば、扱い方の『最適』は、振り方から体さばきから、何もかもが変わるんだ――片手半剣バスタードソードの扱いには、片手半剣バスタードソードの剣術と訓練が求められた。そういう形で『最適化』されたのさ。片手剣や両手剣に成り代わることなく、『違うもの』として住み分けたんだ」


 剣の技は、剣に則って形作られる。

 剣に従い合理的に最適なものとされ、その最適化された術理を叩きこみ馴染ませた体の動きは、他の異なる剣に対してものとなる――術理を修めた戦士の力を十全に振るうための、最適な剣が求められることとなる。

 主従の逆転だ。よりよく剣を扱うために最適化した剣術が、よりよく扱いうる剣の在り方を縛る。


「一口に両手剣と言ったって、そうさ。時代が変われば製法も変わる。求められる使い方も。流行り廃りだってある――時代に従い剣が変わるなら、扱う人間も、そのための術理も変わっちまうもんさ。実際、アンタが選んだその剣のつくりは、うちじゃあ最新のシロモノだが」


 ――と。

 不意にヘズリクは、シドへと話の矛先を向けた。


「合わなかっただろう? アンタには」


「いえ、そんなことは……それはもちろん、前の剣とは感じが違うなと思いましたけれど」


「それを合ってないと言うんだ。冒険者のくせに、妙な遠慮をするんじゃねえ」


 ヘズリクは足を振り上げ、シドのすねを蹴たぐろうとした。もっとも、山妖精の短い脚では、咄嗟に身を引いたシドのところまでとどかなかったが。

 ちっと舌打ちして、山妖精は唸る。


短命種にんげんのくせして、えらく剣を使いやがる。……アンタ、一体どこでそんな剣を習った?」

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