133.いにしえより、ドワーフといえば優れた鍛冶師というのが世のお約束というやつです。


 オルランド西市街の家並みは、北を壁のように連なる崖の頂に、南をユーベック山地に塞がれた西方の渓谷地を乱雑に埋めるようにして、子供が箱に片付けた積み木のように、ごちゃりとその軒を寄せ合っている。

 その南方を塞ぐユーベック山地の鉱産資源をその源として成長した、鉱業と工業、冶金やきんと鍛冶の街である。


 そのはじまりにおいては、《箱舟アーク》を監視し街を守護する、屈強の戦士団のための装備を。

 やがて、《箱舟アーク》の探索とそこに眠る財宝、いにしえの英知を求め、各地より冒険者達が集うようになってからは――その探索と成功を支える、冒険者達のための装備をも。


 オルランドの西市街に在る技師達は、その歴史において常に《箱舟アーク》へ臨む者達へと寄り添い、彼ら彼女らのための武器と防具を、装備を作り続けてきた。


 ナザリに紹介された武具店は、そうした西市街の中でもやや奥まった路地の只中に、ひっそりとその扉を開いていた。


 西門から伸びる大道──炉の炎をともし続ける燃料としてトラキア州西方のイヴァリュー炭鉱より運ばれる石炭の馬車が往来する、活気ある大道から外れて。

 武具を買い求める戦士や冒険者の姿もまばらな、路地の店ではあったが――店の中に足を踏み入れた瞬間、シドはナザリがこの店を紹介したその理由を一目で理解した。


「――成程。つまりはアンタ、はじめての《箱舟アーク》の探索で今までの装備一式、まるごとおじゃんにしちまったって訳かい。またえらい災難だったなぁ」


 店のカウンター越しに、腕組みしながら二人を見上げる店主――山妖精ドワーフである。

 おそらくは長くこの土地で店を開いているのだろう古びた武具店の店主は、山妖精ドワーフの鍛冶師であった。


 ヘズリクと名乗った店主の鍛冶師は、太い眉と彫りの深い顔立ち、豊かな髭とはちきれんばかりに屈強な腕をした、《大陸》の諸人が抱く山妖精ドワーフのイメージそのままの山妖精ドワーフらしい山妖精ドワーフであった。


「なんとも災難なこった。紋章バッジもなしにふらついてる冒険者なんてのは大概そんなもんだが、だとしたって一式まるごとってのはそうそうあるもんじゃない──ま、確かにうちの店なら、たいていの武器はあつらえてやれるがね」


 そう言って店内を見渡すヘズリクの遠慮のない物言いに、シドは苦笑するほかなかった。


 ──そう。言ってしまえば、当然というべき帰結ではあったが。


 銀階位シルバーへの昇格以降、二十年に渡ってシドの胸にあった紋章は、《箱舟アーク》での回収が叶わなかった。あのバッジも服や帷子と一緒に石化し、吶喊とっかんの最中に剥がれて砕けた破片のひとつとして、混じってしまったようだった。


 ――なので、事実として。

 今のシドは冒険者の身分を示すものを何も持たない、何とも中途半端な立場にあった。シドが「冒険者」として認識されているのは、あくまでヘズリクがこちらの話を信じてくれたから、以上のものではない。


 ――そして、これもまた事実として。

 確かにヘズリクが言ったとおり、彼の店はおよそ『武器』と名のつくありとあらゆるしろもので溢れかえり、狭苦しさすら感じさせるほどだった。


 壁にかけられ、あるいは棚に並んだ、形状も長さも様々の剣、槍、斧――短刀ダガー鉾槍ハルバード複合弓コンポジットボウ槌矛メイス朝星棒モーニングスター連接棍フレイル。果ては蛇腹剣スネークソードや鎖鎌、戦輪チャクラムなどといった、使い手のごく限られる際物きわものの類に至るまで。

 店先に並んでいるぶんだけでも、たいていの冒険者が持ち歩く類の武器はあつらえることができるだろう。


 別の一角には、おそらくは展示用――即ち、鍛冶師としての『技量』を見せるためのもの――と思しき豪奢な全身金属鎧ブルプレート、のみならずスタンド付きの人台ボディに着せた鎖帷子や兵士鎧ブリガンディン薄片鎧ラメラ―アーマー硬革鎧ハードレザーといった防具が、無造作なほどの素っ気なさでずらりと並んでいる。


 威圧感すら感じるほどの武器と鎧の群れ、むせかえりそうな金属のにおいで、もとより決して広いとは言い難い武具店の中は――窓ひとつないこともあってか、いっそう狭く感じられた。


 そのすべてが店主であるヘズリクの手によるものということはないだろうが、少なくともこの店を工房として制作されたものではあるのだろう。現に店の奥からは、槌を振るって金属を打つ甲高い音と、おそらくはこれも山妖精ドワーフ達のものと思しき、銅鑼声の応酬が聞こえてくる。


 いにしえより、山妖精ドワーフといえば優れた鍛冶師、あるいは数多の領域における職人として、広く《大陸》全土に知られる妖精種である。力があり、手先が器用で、さらには目利きにも秀でる。

 細工物や装飾品の類においては森妖精エルフのそれもその美しさでもって名高いが、農具や工具、のみならず家具や車など日用のあらゆる領域における部品の細工――何より、武器や防具を鍛えるにおいて、山妖精ドワーフの右に出る妖精種はまずいない。


 ともあれ、店主のヘズリクは、まずシドがこの店に来るまでに至った経緯を訊ね、そして、それに対しシドが語った事の次第にしみじみと同情の相槌を打っていたが――あるいはそれは、探索の最中さなかで失われた装備にこそ向けられた、哀悼だったかもしれなかった――やおらその表情を切り替えると、カウンター越しにあらためてシドを見上げた。


「ってぇことなら、新調するにもなるべく元の構成に近い装備がいいだろう。アンタ、もとはどういう装備でやってたんだね」


両手剣ツヴァイハンダーと鎖帷子を……あと、いくつか部分鎧も」


 シドの答えに、ヘズリクは太い眉を跳ね上げながら、「ほう」と目を丸くした。


「なんだいニイちゃん、アンタそんなひょろっこい体の割に、えらく豪快な得物モン振り回してんじゃねえか」


「ニイちゃん……」


 呻く声には、当惑が滲んだ。そんな風に呼ばれたのは、果たして何年ぶりのことであっただろうか。

 ともあれ、そんなシドの反応を気に留めるでもなく、ヘズリクは壁にかかった武器を見遣った。


「その両手剣ツヴァイハンダーってのは、あそこの中だとどれが近いね。わりぃが選んでみてもらえるかい」


「この中で……」


 全長も刃渡りも様々な、剣、剣、剣。

 その中にはリカッソ付きの両手剣ツヴァイハンダーもいくつかあり、シドはその中のひとつを手に取った。


 鞘から引き抜き、重さを見る。

 ずしりと重い、しかし、これまで手に馴染んだそれとはどこか異なる重さ。

 ひとつ息をついて、シドは店主を見た。


「……これ、ですかね」


 ヘズリクは「ふむ」と唸り、編み込みの入った豊かな髭をてのひらで撫でていたが。


「よし。んじゃあ、そいつを持ってついてきな」


「え?」


 椅子から立ち、店の奥へと顎をしゃくってみせるヘズリク。

 きょとんと呆けてしまうシドに、店主はその察しの悪さを嘆く苦笑でもって、豊かな髭を震わせたようだった。


「アンタの剣術を見せて貰うって言ってんだ。ぼさっとしてねえでついてこい」


「あ、は――はい」


 抜き身の両手剣ツヴァイハンダーとその鞘を、それそれ右手と左手で持ったまま。実に不自由そうな足取りで狭い店を奥へ向かうシド。


 その背中に、なんだかなぁと溜息をついて――フィオレもその後に続き、店の奥へと入っていった。


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