131.たぶん、あれはこういう理由だったんじゃないのかな、と。今になってここまでを振り返り、おっさん冒険者は思う訳なのです


「では、クーはクーの買い物をすませてから帰りますので」


 ――と。

 セルマの隣に並んでニコニコ手を振るクロに見送られ、シド達は《英雄広場》を後にした。

 脚の向く先は西。北を壁のように連なる崖の頂に、南をユーベック山地に塞がれた西方の渓谷地に位置する鍛冶かじの街、西市街へである。

 ――その、途上で。


「……おせっかいだったかしら」


 フィオレがぽつりと零した。

 シドが首をねじって隣を見ると、フィオレはちらとこちらを見上げて――それから、恥じるような躊躇いを滲ませながら、とつとつと言葉をつづけた。


「というより……はしゃぎすぎちゃったかも、私。クロにはあんまり遠慮なんかしてほしくなったし、だから今日はぱぁっと使っちゃおうってくらいの気持ちで、いたつもりだったんだけど……でも、あの子の服を選んでた間、自分が楽しくなってただけだろうって言われたら、それは本当にそうだし」


 もともと、フィオレは世話焼きなところのある性質たちだ。

 四人姉妹の次女で、下に二人の妹がいる『姉』だから、ということもあってだろう。《ティル・ナ・ノーグの杖》探索のための旅をしていた頃も、パーティの仲間達と親しくなってゆくにつれ、アレンやミリーに対しては何かと年上ぶっては、年少の二人をかまいたがっていた。


 実際、実年齢のうえでも、精神的ないし社会的な成熟の面においても、フィオレは年少の二人より『年上』ではあったに違いない。実際の年齢を聞いたことは、今までなかったが――それでも森妖精エルフの社会基準で既に成人しているという話だったから、実年齢は五十歳前後か、それより少し上、というところだろう。


 世話焼きで、かまいたがり。

 そんな性質たちの彼女でもなければ――たとえ、バートラド達のような形で、先々の道筋がはっきりと定まってはいなかったのだとしても――故郷の森へ無事に《杖》を持ち帰った後、わざわざシドを訪ねてミッドレイやオルランドまで来てくれるようなこともなかっただろう。


彼女クロ、私達の心が分かる子でしょう? だから……その、私が仕立屋さんと一緒になってはしゃいで、楽しんじゃってたのを見透かされてて、そういうのが鬱陶しかったのかな……って」


「……それは、違うんじゃないかな」


 シドは言った。少し考えて、言葉を継ぎ足す。


「たぶんだけど、そういう形で気にすることはないんだと思うよ。フィオレは」


「……そうかな?」


 不安そうに見上げてくるフィオレに、シドは頷く。

 シドが口にしたのは、無論のこと彼女を慰めるための言葉ではあったのだが――さりとて、そればかりが理由ではない。


 あるいは――こんな風に思うことさえも、『心を繋いだ』結果として、クロに知られてしまっているのかもしれないが。


「確証は何もないから、口幅ったい物言いになるんだけど。たぶん、あの子は俺達が受けてる印象よりも、ずっと……周りに対して、気を遣ってるんじゃないかな」


「気を?」


「フィオレも言ってたろう? 朝食、無理して食べることはなかったんだって」


 食べられないのなら、その分はシド達へ押し付けてもよかった。もとより大皿から各々が取り分けて食べる型式だったのだから、無理に食べずとも咎められるようなことはあり得なかった。食の細さを気にされるくらいのことは、あったかもしれないが。


「けど、食事を用意したエリクセルさんやナザリさんからしたら、残さずたくさん食べてもらえる方が、やっぱり嬉しいんじゃないかな――って、思ったらさ」


「……あ」


 フィオレも、その可能性に思い至ったようだった。

 いみじくも、彼女自身が口にしたように――クロは、周りの人間と、その心に映るものを共有する。おそらくは彼女自身の意思と関係なしに、そんな風にできてしまう。


「そうだとしたら、きっとさっきのも同じ理由だ。ちょうど、俺が靴屋を出るのと同じタイミングで、そっちの買い物も終わっていたろ?」


 クロはあれこれと試着させてくるフィオレと仕立屋の女性をいなし、早々に買い物を済ませていたようだった。

 下着や肌着を含めた一式の買い物としては、あまりに手早く。簡潔に。


「きっとクロには、靴屋にいた俺の心も見えていたと思うから……あれって、俺を待たせないようにしてくれたんじゃないかと思ってさ」


 それでなくとも、買い物の用事はまだ残っていた。クロのための日用品を揃え、それから《キュマイラ・Ⅳ》との戦いで失ったぶんに代わる、シドの新たな装備を調達する。


 実のところ、この後もすべての買い物を一緒にしていたら、シドの装備を揃えるまでする時間の余裕はなかったかもしれない。《英雄広場》へ出た時点で時刻はとうに昼を大きく回っていたし、それならそれで装備の調達は後日に回してもいいくらいには思っていた。


 クロの買い物の残りもフィオレに任せて、自分一人だけで装備を見繕いに行くというのも考えなくはなかったが――もとをただせば、クロのための買い物を言い出したのはシドだ。なのにその面倒の一切をフィオレへ押し付けてしまうのは、いくらなんでも気が咎める。


、だってことなんだと思うけれどね。ひとの心を共有できてしまうのって、クロもクロで、実は結構大変なんじゃないのかな」


「……そう、かな」


「だと、思うよ。きっとね」


 今の世界で、彼女クロ孤独ひとりだ。

 今のシド達の世界は、きっと彼女が生きてきた世界とは多くのものごとがまったくその様相を異にする社会で、在り方をまったく異にする見知らぬ『人類』の世界で、彼女は自分の依って立つ場所を探し出し、あるいは造り上げてゆかなければならない。


 時には周りの人間が、自分に対して何を思っているかを知りながら。手探りでそれらを築き上げてゆく彼女の心は、一体どれほど張り詰めていることだろうか。

 おそらくはそうした営為の結果として導出された今の状況をどう受け止めればいいのか、シド自身、今もまだ判じかねていた。

 だが――


「いい大人が情けない話かもしれないけど、それでもせっかくの、クロの厚意だ。今は、ありがたく受け取っておこう」


「……ん」


 まだ、少し力を欠いてはいたが。

 フィオレは口の端を緩めて、ちいさく微笑んだ。


「ところでフィオレ、西市街まではどうしようか……ナザリさんの地図でも、ここからだとちょっと歩きそうだけど」


「そうね――」


 フィオレは一度、広場を見渡して――それからあらためて、シドを見上げた。


「歩いていきましょ。クロのおかげでまだ時間もあるし、お昼の後の運動にちょうどいいと思うわ」


「――だね。じゃ、そうしようか」


「ええ!」


 もしそれで余裕がなくなったなら、行きの途中からなり帰りの行程からは、停留所で馬車を拾ってゆくことのもいい。今は、広場の停留所やその近くに停まっている馬車がなかったというのも、無論のこと理由ではあるが――



 こうしてフィオレと並んで歩くのは、シドにとってもどこか心地よい時間だった。

 それもまた、ひとつの理由ではあったのだ。

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