130.愛嬌がある子の押しの強さというものは、平々凡々なおっさん的には唖然と度肝を抜かれてしまうくらいの勢いを感ぜられるものなのです


「どうも……ええと」


 端整な所作で一礼するセルマに対し、シドの応答はいかにもぎこちなかった。

 何と言っても直前の話題が話題だっただけに、この遭遇は少々気まずい。


「俺達はなんていうか、御覧の通りなんですけど……あ、もしかしてセルマさんも、これからお食事ですか?」


「いえ。当機わたしは本日の業務を、終業となりましたので」


 早上がりということか。機械仕掛けの機甲人形オートマタらしからぬ――と言ってしまうと、失礼なことではあるだろうが。

 つまりは、終業後の帰路でシド達を見かけて、声をかけてきたというらしい。


「でしたら、クーの買い物におつきあいしてはもらえませんか?」


「え。クロ?」


 ぴょい、と身を翻すようにしてベンチの座面で膝立ちになり、クロは背もたれを掴んで身を乗り出すようにする。


「クロ……いくら何でも、そんな急な」


「だってこちらの方、今日のおしごとはもうおしまいなのでしょう?」


 シドは控えめに咎める声を出すが、一方のクロはあっけらかんそ言い返す。


「この方はシド・バレンスとフィオレのお知り合いで、そのうえこの街の方なのでしょう? 日用の雑貨を商うお店だって、街に不慣れなおふたりよりもいいところをご存じなはずです」


 澄ました調子ですらすらと言い、クロはあらためてセルマを見上げた。小鳥のようにかわいらしく小首を傾げてみせながら、おねだりする調子でにっこりと微笑む。


「どうでしょう、セルマ。お願いできませんか? それとも、ご都合がよろしくなかったでしょうか」


 問われたセルマは、涼しげな美貌をこゆるぎもさせはしなかったが。

 それでも、表に出ないだけで多少の困惑はあったのかもしれない。黙考の間を挟んで、セルマは答えた。


「――いいえ、問題ありません。当機わたし都合スケジュールであれば、この後は特に何も」


「ですが、セルマさん――」


「といいますか、このあとクーの日用品を買って、そのあとはシド・バレンスの装備も見繕いに行くのでしょう?」


 シドの鼻先を塞ぐ形で言葉を続け、不服げに唇を尖らせるクロ。畳みかけるように重ねる言葉の勢いに、シドは「うぐ」と呻いて圧倒されそうになる。


「どれくらい時間がかかるやらわかったものではありませんし、そもそもクーはそんないっぱい歩けません。クーは呪詛ノロイから目覚めたばかりの、かよわい乙女オンナノコなのですよ? ちゃんとそこのところを考慮においてくださいです」


 シドは、「うっ」と言葉に詰まった。

 それを言われると、確かに配慮は足りていなかったようにも思う。


「それは……ええと。装備の買い物は、俺一人で行くつもりで」


 ぼそぼそと唸るシド。

 今更という感はあったが、とはいえこれは真実、もとからの心積もりであった。


 フィオレが一緒に来てくれたおかげで、必要な買い物が終わった時点でクロを連れて先に《Leaf Stone》へ連れ帰ってもらう、そのためのあてができた。ならば自分の買い物の残りは、二人を帰してからあらためて一人で続ければいいと、端から見切りをつけていたのである。


 しかしクロは、なおもヤレヤレとばかりに肩をすくめてかぶりを振る。 


「なんですか、そんな見栄っ張りをゆって。シド・バレンス、もうお金の持ち合わせがほとんどないじゃありませんか」


「そうなの!?」


 驚きのあまりか、フィオレが素っ頓狂な声を出す。

 シドは渋面で唸る。説明がややこしくなってきた。


「確かに、現金の持ち合わせはもうあんまりないんだけど……一応、換金用に持ってきたものはあって、それを売りに出せば」


「フィオレの探索をお手伝いした報酬の、森妖精エルフの装飾品ですか? そんなことゆって、シド・バレンスは手放す心の踏ん切りがちっともついてないじゃありませんか。フィオレに貰った思い出のものだからって」


「ぅえっ?」


 ちくりと言いさすクロのことばに、フィオレがどきりとする。


「お、思い出って。やだもう、そんな大袈裟な……あれはほんとうに、売ればお金になるものだからって、探索の報酬に渡したもので」


「ああ、うん。分かってるよ。それは分かってるんだって、俺も……ただ、なんていうか、せっかくの貰い物だしさ。それで」


 《ティル・ナ・ノーグの杖》探索の折にフィオレから受け取った、報酬の品である。

 もとより森妖精エルフは、部族の森で暮らすだけなら金銭の類は必要としないので、現金を持ち歩くという習慣に疎い。ゆえに、総じて森妖精エルフは森の『外』で換金可能な品を持ち歩き、必要の際に金銭へと換えるのが一般的で、フィオレもこの例に漏れなかった。


 探索の謝礼として受け取った報酬は、装飾品や宝石、森妖精エルフ附術工芸品アーティファクトの類で、換金を後回しにしていたシドは、ここしばらく、ずっと現金の持ち合わせに乏しかった。


 それでも乗合馬車や船を乗り継いでオルランドに来る程度までなら、何とでもなっていたのだが――その挙句が、《箱舟アーク》探索で装備のほとんどを失っての突発的な出費である。


 ただでさえ潤沢とは言い難かった現金は、ブーツを注文した際の手付金であらかた使い切ってしまった。いい加減、フィオレから貰った報酬を換金しないことには、この先の生活費にも事欠く事態となりかねない。


 そう。分かってはいる。分かってはいるのだ。

 ただ、人から――他ならぬパーティの仲間として探索の旅を共にしたフィオレからの貰い物だという一点において、それらは何となく手放すのが惜しいというか、お金に換えるのがひどく薄情な行為のように思われて、ずっと手放す踏ん切りがつかずにいたのだった。


「……フィオレ、これはだめです」


 ぐずぐずと優柔不断なシドの物言いに、クロは深々と溜息をつく。


「やっぱりフィオレは、シド・バレンスと一緒に行ってあげた方がいいですよ。このひと今日はてんでふにゃふにゃです。このまま一人で行かせようものなら、なんにも買えないまま帰ってきてしまう未来がありありのありなのです」


「それは……」


 フィオレは反駁の言葉を詰まらせ、とうとう「うぅん」と難しい顔で唸り始めてしまう。クロに言われるうちに、その可能性を自分の中でも否定できなくなってきたらしい。


 だが、いくらなんでもその扱いはあんまりだと思う。いくらシドだってそこまで優柔不断ではない――ない、と思う。


 ない、はずだ。

 そんなことは、ない……たぶん……


「それに、フィオレは買い物が長いのです。いっしょに買い物するクーの身にもなってほしいです――フィオレはクーの脚を、棒にでもしたいのですか?」


「うぐ」


 痛いところを突かれた体で、フィオレは呻いた。

 というより、仕立屋の女主人と二人がかりでクロを着せ替え人形みたいにした後だけに、クロの指摘するところは彼女としても後ろめたいのだろう。


 揃って言葉を詰まらせるシドとフィオレに、「はぁ――――っ」と盛大なため息をこぼすクロは、頼りにならない大人の体たらくを嘆く利発な少女、そのものの姿だった。


「――そういう訳なので。ここから先のお買い物をセルマにおつきあいしてもらえると、クーはたいへん助かってしまいます。これも渡世の義理、天意の巡りということで、どうかお願いできませんでしょうか」


「繰り返しとなりますが、当機わたし予定スケジュールでしたら問題はありません。クロ様のお買い物に随伴し、然る後に宿までお送りすることが可能です」


「はい! それならぜひ、お願いします!」


 あれよあれよという間に話がまとまってしまった。


 こうなってしまうと、もうどうしようもない――当のセルマまで納得した後となっては、さすがにシドならずとも、遠慮の口を挟めるものではなかった。



 

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