129.あんまり赤裸々な話をぶち上げられてしまうと、中年のおっさんとしては気まずいばかりで仕方がないのだという話
服の買い物を終えて、ひとまず《英雄広場》へと出たときには、広場でいっとう背の高い時計台の針が一時を大きく回っていた。
オルランドの象徴的な中心ともいうべきこの広場は、初めてシドがここを
服の買い物だけで午前中いっぱいを費やしてしまった格好ではあったが――これは《Leaf Stone》を出た頃合いが、だいぶん日が高くなってからだった、というのもその理由ではあった。
実のところ、朝食を採りすぎたクロがクッションを枕に横になったきり、なかなか起き上がれなかったのだ。
少し遅めの昼と言うことで、広場に店を出していた
昼食を屋台の軽食に留めたのは、朝方のクロの印象が、今に至るまで尾を引いていたせいだったのだが。
「――明日からは、クロのぶんのご飯は控えめにお願いした方がいいかもね」
広場のベンチで三人並んで、ホットドッグにかぶりつきながら。いくぶん同情混じりの苦笑を広げて、フィオレがそう零した。
実際、シドがそれとなく様子を伺った限りでも、クロの食の進みはあまりよくはなかった。
あの夫婦がそういう気性なのか、あるいはどちらかの妖精種ないし部族の文化的な気風によるものなのか。その辺りは判然としなかったが――どうもエリクセルにせよナザリにせよ、あの二人はおなかいっぱいかそれ以上に、人へたらふく食事を食わせようとするところがあるらしい。
思うに、それでも彼らなりの配慮はしていたのだろうが――クロはシド達と違って体力仕事の冒険者などではなく、そもそものつくりからして華奢だ。もとがあまり食の太い方ではなかったとしたら、朝から満腹になる量の食事と言うのは、なかなか難儀なものであったかもしれない。
「でも、クロもそこまで無理して食べることなかったのに」
「久しぶりのご飯だったので」
すんと澄ました涼しげな調子で、クロは言い返す。
苦笑混じりに、そんなやりとりの微笑ましさを噛み締めて――不意に、「はて?」と引っかかるものがあった。
朝食は昨日と同じく、大皿からそれぞれが手元に取り分ける
ナザリは食事を残すのに厳しい女性だそうだが、だとしても、きついならシド達に押し付けたところでそうそう差し障るものではなし。確かにフィオレが言うとおり、クロがそこまで無理をする必要のなかったはずのものではある。
「……………………」
シドはひとつ息をついて埒もない物思いを沈め、それから何となしに広場の建屋を――その中でもとりわけ瀟洒な、威容のひとつを振り仰いだ。
《諸王立冒険者連盟機構》オルランド支部の、四階建ての建屋である。
《軌道猟兵団》のリアルド教師は、午後に来るよう呼び出しを受けたと言っていた。正確な時間は聞きそびれたが、あるいはもう、聴取が始まっている頃かもしれない。
もしそうだとしたら――あの中では一体、どんな話が行われているのだろうか。
(何となく、何もかも終わったみたいな気分でいたけれど……)
《キュマイラ・Ⅳ》を撃退し、《軌道猟兵団》と
だが、振り返ってみればそんなことはない。
半日にも満たなかった僅かの探索で起こった出来事、それらに紐づく問題は、未だ山積したままなのだ。
はるかいにしえにこの世界を去ったと伝えられてきた、《真人》種族――その
《軌道猟兵団》と
オルランドや連盟支部の側からすれば、《塔》へ閉じ込めた《キュマイラ・Ⅳ》の今後も大いなる不安の種であろう。
今のところ、《キュマイラ・Ⅳ》が《塔》から脱出する兆候はひとまず見られなかったようだが――それとて万全の保証かと問われれば、到底そんな風に胸を張れるものではない。
「……もうちょっとくらい、かわいいのあったらよかったんだけど」
「え?」
いつしか、またもぼんやりと物思いに耽りかけていた意識が、ぱちんと泡が弾けるように醒めた。
ぱっと振り返った先。膝に置いて抱えた紙袋を難しい顔で見下ろしていたフィオレが、こちらも「えっ?」と顔を上げた。
独り言か何かだったらしい。明らかに、シドからの返事があるとは思っていなかった様子だった。思いがけず大きなフィオレの反応に、若干狼狽してしまう。
「あー、ええと、その……俺からすると、クロの服はちゃんとかわいい感じに見えてたけど。やっぱり、おっさんのセンスかな、これって」
「えっ? ううん、そんなこと! 私もそれは、うん――私も、可愛いと思うわ。それは、せっかく仕立屋さんに来たんだし、『これ』って決める前に、もっといろいろ着てみてほしかったのも本当だけど」
仕立屋であれこれと試着させようとして、結果的にクロから軽やかにあしらわれた――らしい、というのは、二人と仕立屋の女性の様子からの推測だったが――のが、まだ引っかかっているのだろうか。
心当たりといえばそれくらいだったが、この反応だとそれも違うらしい。
そんな、シドの察しの悪さを嘆くように。
「はぁ」とちいさく、クロが溜息をついた。
「……フィオレがしているのは下着の話ですよ、シド・バレンス」
「へ?」
「クロ!?」
跳び上がらんばかりにぎょっとするフィオレ。クロはフィオレを無視しつつ、呆れたような半眼でシドを見上げながら、
「フィオレの感性には、お店の
「ちょ、クロ! 待っ……待って待って、まってったら!」
真っ赤になって、わたわたと両手を振り回すフィオレ。
――どうも、要らぬことを聞いてしまった。
いや。だが、まあ、確かにそうだ。そうなのだ――太ももまで露わになるフィオレのスカート丈では、ドロワーズなんてものを穿けるはずがない。身につけているとしたら、相応のデザインをしているだろうことは当然の帰結である。
だが、クロのことばで、うっかりその様をつぶさに想像しかけてしまい。
シドは渋い心地で――あわあわとこちらを伺うフィオレからで見えない角度で――自分の頬を強くつねり、不埒な妄想を散らした。独り者の野郎はこれだからいけない。
「――昼食中でいらっしゃいますか?」
――と。
その時になって、そう後ろからかけられた控えめな声に、シドとフィオレは揃ってどきりと振り返った。
シド達が座る、ベンチの後ろで。銀の髪を短く切りそろえた、《諸王立冒険者連盟機構》女子制服姿の娘が、楚々とした立ち姿で立っていた。
「……セルマさん」
「はい。本日はお日柄もよろしく」
少女は美しい一礼で
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