122.それからの顛末④:ひとまず状況が落ち着いて、ようやくの帰還――と、なりそうだったのですが。【後編】


 シドの方を見るでもなく、《塔》の頂を見上げるその横顔には、皮肉の気配も悪意の欠片もなかった。

 刃を思わせる横顔に、力の抜けた表情を載せながら――ユーグはぼやくように続けた。


「ロキオムや《真人》のお嬢ちゃんの去就がどうあれ、あるいは石化の吐息ブレスを喰らった俺がどうなろうと――あんたは《キュマイラ・Ⅳ》の討伐に、意識のすべてを向け続けるべきだった」


 一理はある。

 いや――そこには確かな理があった。


 あの時点での彼らの生死がどうあれ、《キュマイラ・Ⅳ》の封印に失敗すれば、その時点でシド達は皆殺しにされていただろう。例外と言えるのは、クロとその『おむこさんリンク』たる巨人スプリガン――それくらいのものだ。


「……まあ、《塔》の旋回だかに関わっていたあの二人は、いざしらずとしても、だ。少なくとも俺に関して言えば、石化の吐息ブレスを喰らった時点で、生死は別として完全な戦力外だ。度外視して構わない程度のシロモノだったはずだ」


「随分、あっさりと言うんだね」


「それはそうさ。石化したところで、すぐに死ぬ訳じゃない――幸いにして今回は、解呪のあても近場にあったしな」


 シドを見遣り、口の端を「にっ」と歪めるユーグ。


「あんたは、。おおかた今までも、そうやって目の前の目的を放り出しかけそうになるくらい、他人まわりのことばかりに目を向けてきたんだろう?」


 前にも、彼にはそんなことを言われたような気がする。

 あれはミッドレイでの決闘の後――その日の夜だったか。


「なら、そりゃあそうもなる。名を上げる機会を逸し続けるのも道理ってやつだ。

 ――あんたにとっちゃ、手前てめえ階位クラス昇格なんざ、いつだって後回しのシロモノだったことだろうさ」


「……そこまで、無欲だったつもりはないんだけど」


 それはシドの偽らざる本心だったのだが。しかしユーグは「嘘だろう?」と言わんばかりに、フンと鼻で笑った。


「元より冒険者なんてシロモノは、首輪つきの無法者アウトローがいいとこさ。名誉も財産も、栄光も富貴も、真っ当な社会じゃやっていけない荒くれのあぶれ者どもを招き寄せて使う、そのためのエサってとこだ。

 他人を蹴落とし、生き馬の目を抜くくらいのつもりで、ようやっと帳尻が合う――弱きをたすく『正義の冒険者』なんざ、物語の中だけの幻想フィクションだ」


 ユーグは言葉を切って、《塔》の高みを振り仰いだ。 


「……そんなうわついた有様で真っ当にやっていけるのなんざ、何もかもに恵まれきった幸いなる一握りか、でなけりゃ底抜けの阿呆あほうだけだ。

 あんたみたいなのには、端から似合いやしないのさ。冒険者なんて生業なりわいはな」


「ユーグ……」


「おっと、勘違いするなよ? 生憎あいにくと俺は、自分を卑下しているつもりはないんだ。冒険者なんて生業なりわいは、心底クソだと思っちゃいるがね――だとしても、それが一番生き方だから、俺はこうして冒険者をやっている」


 シドの脳裏をよぎったのは、最前の――《キュマイラ・Ⅳ》との戦いの最中で垣間見た、高揚に上気したユーグの横顔だった。



 ――信じられるか!? この世界には今も――こんな夢のような景色さえ、あるんだってことが!!


 ――こんな戦いを、その景色を知るやつが、この世界にどれほどいるだろうな!? 


 ――ああ、まるで神話か物語の光景だ。そんなシロモノが、今――俺達の目の前には、ある! あるんだ――!



「……………………」


「おおい、ユーグ!」


 ――と。

 瓦礫に埋まった戦斧バトルアクスを――《キュマイラ・Ⅳ》の目に突き立てた彼の武器だ――探していたロキオムが、唐突に声を上げた。


「なんかよ、誰か来やがったみたいだぜぇ!?」


 彼が指差す方を見る――その、先。

 その先にいたのは、揃いの鎧兜に身を固めた、十人ほどの戦士だった。


 シドはそのいでたちに見覚えがあった。《箱舟アーク》へ入る前に、北壁外の市街で、破壊された店の瓦礫を片付けていたところを見た。


「あれは、オルランドの戦士団じゃないか……」


 だが、それだけではなかった。戦士団の先頭にいた一人が、こちらの存在に気づいてか足早に駆けてくる。

 逞しく確かな足取りながら、僅かに片足を引きずるようにしている、その男は、


「――サイラス!?」


「シドさん! まさか、あなたがこちらにいらっしゃったとは……!」


 サイラス・ユーデッケン。

 シドにとっては、十年ほど前に一時だけ面倒を見た――と、諸々を勘案すればかろうじて言えないこともない塩梅だろうと思っている冒険者の後輩であり、今はオルランドの《諸王立冒険者連盟機構》支部で副支部長の地位にある青年だ。


「ということは、報告の中にあった、交戦中の冒険者というのも、やはり」


「いや、サイラスこそ……一体どうして。あ、もしかして」


「ええ。第三層に、伝説の幻想獣キュマイラらしき姿をした、巨大な魔獣が現れたのだと……私達は先遣隊として《箱舟アーク》に入った、言わば斥候ポイントマンです」


「そうだったのか……」


 その報告に、シドはホッとする。

 ならば、あの若い冒険者達は、うまく逃げ切ることができたのだ。恐らくは第二層か第四層への階段の傍にある冒険者達のキャンプまで辿り着き、自分達が見たものを伝えてくれたのだろう。

 そして、その話を聞いた人々も――完全ではないにせよ、そのことを信じてくれたのだということだ。あるいは、第三層で続いた《キュマイラ・Ⅳ》との戦いと破壊の音も、その後押しとなったのかもしれなかった。

 が――


「……あれ? でも、戦士団? サイラスは連盟の職員で……なのに、戦士団?」


 オルランドにおける《諸王立冒険者連盟機構》は、都市の常備軍にして治安維持機構たるオルランド戦士団との間に、一定の協調関係があるらしいと聞いてはいたが。

 だが――だとしても、連盟の重鎮であるサイラスの随伴として、指揮系統が異なるオルランド戦士団の戦士がついているという状況は、奇妙に引っかかる。


「実力の面ではいざ知らず、信用において有象無象の冒険者に第一陣を担わせることのあたう事件ではありませんでしたからね。随員が戦士団の選り抜きとなるのは当然の判断というもの。そうは思いませんか、アナタ」


「え。あなたは――」


 サイラスの後から姿を見せたその男は、シドにも見覚えのある人物だった。


 上着ジャケットの内側にベストを着込み、ネクタイを締めたスリーピース・スーツという、こんな場所だというのにひどくパリッとした仕立てに身を包んだ――丸眼鏡に出っ歯の小男だった。


「ヒィーッヒッヒッヒ! オルランド像の前でお会いして以来のご無沙汰ですね、おのぼりさん。お元気にしていらっしゃいましたか、アナタ」


 それは昨日、オルランドで初めて訪れた《英雄広場》で――あのオルランド像の前でシドへと話しかけてきた、


「支部長――もしや、シドさんとお知り合いなので?」


「ええ、まあ。ワタシにとっては甘酸っぱくもかぐわしき、素晴らしい一時の出会いでしたよ。ユーデッケン副支部長」


 当惑気味に振り返ったサイラスが、唸る。

 そう。この男は昨日、オルランド像の前で出会った、支部長――


 ――――支部長?


「支部長おォ!?」


「ヒィ――ッヒッヒッヒッヒッヒ!」


 思わず、声が大きくなった。

 そんな、愕然としたシドの反応が愉快だとばかりに肩を震わせて、男は高らかに笑った。


「ええ、ええ、まさしく仰るとおり。ワタクシは《諸王立冒険者連盟機構》オルランド支部長を務めるもの! ええ、ワタクシは、まさしくアナタが仰るとおりの者なのですよ、アナタ」


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