121.それからの顛末③:ひとまず状況が落ち着いて、ようやくの帰還――と、なりそうだったのですが。【前編】


 ロキオムが戻ってくるまでの間、シドとてぼんやり待ちぼうけをするつもりはなかった。


 ユーグの脚にかかった『石化』を解呪し、続いてルネの――《キュマイラ・Ⅳ》との戦いで石化されてしまった《ヒョルの長靴》の冒険者、ルネ・モーフェウスの解呪にかかった。


 この頃にはフィオレが少し回復してきたのもあり、第四層に残っていた冒険者達も――穴の直下に、『風』のクッションを敷いた状態で――上層から垂らしたロープを伝って、第三層へと降りていたのだ。


 石化から元に戻ったルネは、真っ先に飛び込んできた腰巻一枚という格好のシドに絹を裂くような悲鳴を上げ、その後はあらん限りの語彙を尽くして罵倒を叩きつけてきた――最終的には、ユーグからの掣肘を受けたのと、あとはフィオレが凄まじい目で睨んでいたのに気づいたのとで、顔を青くして黙りこくってしまったのだが。


 とはいえシドからすれば、ルネの反応は無理からぬものだろうというのが率直なところだった。何せ、石化が解けて目が覚めたら目の前に裸のおっさんである。


 こう言っては難だが、若い女性にはさぞキツい光景であっただろう。若い女性でなくともさぞキツい光景であったことだろう。

 空気が尖った二人を宥めながら――内心、ルネに対してむしろ同情の方が先に立ってしまうシドであった。



 ――ともあれ。



 そうして、ひとおとり石化の解呪が終わり。

 血を流すためにつけた傷は、フィオレに《回生》の刻印で癒してもらい。


 二層へ続く階段を中心に広がっていたキャンプ地で服と靴を買いそろえたロキオムが戻ってきたところで、シドはようやく人心地がついた。


 シャツもズボンも丈がちぐはぐだったし――シャツはぶかぶかで大きすぎたし、ズボンは脛がむき出しのつんつるてんだった――靴も爪先がだいぶん余ってしまっていたが。それでもこれ以上を望むのは、贅沢が過ぎるというものである。


 一方クロの方はというと、男物のシャツを二枚重ね着して、丈の短いワンピースのようにしているという格好だった。

 ――冒険者のキャンプ地だけに、そうそう都合よく少女向けの服の備えなどはなかったらしい。小人ハーフリング向けの服ではちいさすぎるし、そも女物の服からして、さほど多くはあるまい――もとより、中世のいにしえほどではないとはいえ、衣料品の類は当世でもそれなりの貴重品だ。


 靴に至ってはサイズの合うものが調達できず、クロの移動に関しては、この後もロキオムに運ばせようということで――主にユーグによって――話をまとめられてしまった。

 致し方ないこととはいえ、ロキオムの面持ちは複雑そうだった。


 そして、そのクロはといえば。

 目下、その後背に巨人スプリガンを従えて、《シャフト》の傍らにいた。


 《軌道猟兵団》のジムやウィンダム、そしてリアルド教師といった《賢者の塔》の研究者達と共に、《塔》に異変が起きていないか、新たな動きがないかを確認していたようだった。

 何か、そういう作業に使えるらしい操作パネルがあるという話は、《塔》の扉の開閉に間近で立ち会ったロキオムが教えてくれた。


 ラズカイエンは一人、離れたところで腰を下ろしていた。


 シドは服を着てから、一度だけ――ジム・ドートレスから、件の《箱》と《鍵》を受け取って、ラズカイエンのもとへその二つを渡しに行ったのだが。

 ラズカイエンは「ああ」と短く応じ、《鍵》をおさめた《箱》を受け取ったきり、あとは言葉もなく座り込んでいた。


 無理もないことだと思う。


 シドは直にその様を見てこそはいなかったが、ラズカイエンは仲間を――イクスリュード達、水竜人ハイドラフォークの戦士を、皆殺しにされたというのだから。《箱》の奪還、その只中において。


 かける言葉もなかった。

 情けないことだが――そっとしておく以外、できることを思いつけなかった。


 ジム・ドートレスも、彼以外の《軌道猟兵団》の冒険者達も、《鍵》と《箱》の返還に異を唱えることはなかった。


 クロが呪詛から解放されたことで、これ以上は必要なくなったということなのかもしれなかったが――どうにかして彼らを説得せねばならないと身構えていた矢先だっただけに、一言の抗弁もなく水竜人ハイドラフォークの秘宝を渡してくれたのは、シドからすれば拍子抜けしてしまいそうになるほどの、意外な展開だった。

 特にジム・ドートレスは、その物言いからして水竜人ハイドラフォークらを亜人種族と下に見ていた風があり――性格的にも、素直にシドの求めへ応じてくれるなどとは、到底楽観できるものではなかったのだが。


 共闘を経て、何か思うところがあったのかもしれない。

 だとすれば、それがどういった形のもので、この先どう彼の意識を変えるものかまでは分からずとも――少なくともシドは、そうした若者の変化を、好ましく感じていた。



「――しかし、まあ、とうに腑に落ちていたことではあったがね」



 そうして、一通りできることをやりきって。クロ達が戻ってくるのを待つ間に。


 放言するように、そうつぶやいたのは――胡坐をかいて座り込んでいたシドの隣で、脚を投げ出すようにして腰を下ろした、ユーグ・フェットであった。


「今回の一件で、つくづく身に染みたよ――身に染みて、よく分かった」


「何がだい?」


 雑談の延長程度の気分で、何の気なしに問い返すシド。

 ユーグも、そうしたシドの問いへ特段構えるでもなく、あっさりと答えを返す。


「それだけの腕前を持ちながら、あんたが今の今まで銀階位シルバー・クラスに甘んじていた理由だよ」

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