120.それからの顛末②:「お前、男だぜ」という賞賛は、男の子にとってはけっこう刺さるやつじゃないかと思うんです


「さて――とりあえず、俺の話はこれくらいにして、だ」


 長年愛用していた、両手剣ツヴァイハンダーの喪失。その事実に沈みかけた空気には、ひとまずその一切へ気づかなかったふりを決め込んで。


 シドは当座の問題へ取りかかろうと、心に踏ん切りをつけた。


「ユーグ。今のうちに、きみの足を治しておこう。解呪をするから」


 まず手を付けるべきは、石化の解呪。

 第四層で放置したままになってしまっているルネは言うまでもないことだが、まずはユーグの脚だ。幸い、石化は膝より下で止まっており、命にかかわることだけはまずなかったが――それでも不用意に動かした挙句、石化した部分が折れるか砕けるかなどということになってしまえば、冒険者としては再起不能という事態を招きかねない。


 『石化』に伴う事故には、そうした部分的な石化に伴うケースも多くある。

 なまじ動けるぶん、自身の状態を顧みずに応戦しつづけようと足掻いたり、あるいは混乱の極致で無暗に手足を振り回したりといったその結果で、石になった部位を破損させてしまうのだ。

 命に係わるケースは少ないが、無事に接合できたとしても解呪の後まで後遺症が残ったり、悪くすれば石化した部位が修復不可能の状態まで砕けてしまい、不具ふぐとなってしまうこともある――こうなってしまえば、その後も冒険者としてやっていくのは、かなり苦しくなる。


 ともあれ、解呪のため短刀ダガーを下げていた腰へと習慣的に手を伸ばしてしまい――そんな己に気づいて、シドは渋面になる。

 予備の武器として持っていた短刀も、石化の吐息ブレスにやられてしまった。服と一緒に剥がれ落ちたのだろうが、果たして回収できるだろうか。


「……その、何か短剣の類を持っていたら、貸してほしいんだけど」


「こいつでいいか?」


 そう言ってユーグが寄越したのは、刃の艶を落とした手投剣だった。ミッドレイで彼と決闘した時にも見た覚えのある、ユーグの隠し武器だ。

 武器の性質上、どちらかといえば「斬る」より「突き刺す」類のしろものだったが、刃はしっかりとしていた。


「助かるよ。それじゃあ」


「ああ、いや。その前に、ちょっと待て――おい、ロキオム」


「え? お、オレ?」


 てのひらを突き出して、シドを制し。ユーグはロキオムを振り仰いだ。

 どうして呼ばれたのかが分からず自分を指さしながらへどもどする仲間に、ユーグは「そうだ」と頷き、


「お前ひとっ走り行って、シド・バレンスに着せる服を買ってこい。靴もだ」


「え……こ、こいつの服?」


「そうだ。第三層の階段あたりか、でなけりゃ第二層の集落まで戻れば、服くらい売ってるとこはあるだろう――ああ、それとついでだ、こっちのお嬢ちゃんに着せるものも、一緒に用立ててやれ」


「…………オレが!?」


「他に誰がいる」


 不本意がありありとしたロキオムに対し、ユーグの返答は素っ気ない。

 ロキオムの愕然とした反応に危機感を覚え、シドは慌ててフォローに入る。


「いや、大丈夫だって。クロはともかく、俺の服なら宿に帰れば着替えがあるから」


 それは事実である。

 今日の探索はあくまで『様子見』のつもりだったシドは、荷物の大半を宿に――《Leaf Stone》で寝起きさせてもらった部屋に置かせてもらっていた。

 不幸中の幸いというべきか、おかげで着替えの服や道具類に関しては、ほとんどが無事に残っている。《ティル・ナ・ノーグの杖》探索の報酬としてフィオレに貰った、森妖精エルフの財宝や附術工芸品アーティファクトの類も、すべて無事だ。


 《キュマイラ・Ⅳ》との戦いで、これまで愛用してきた装備の大半はなくしてしまったが――しかし、再起のあてだけは、まだちゃんとある。


「だとしてもだ。あんた、その腰巻一枚の恰好で、外を歩いて宿まで行くつもりか?」


「それは……」


「だいたい、あんたにゃ四層に置いてきたルネの石化も解呪してもらわにゃならないんだ。

 ケイシーはその手のことに心得がないし、《軌道猟兵団》の神官サマも、魔法切れでグロッキーだ――仲間の解呪のためとはいえ、いい歳したおっさんを裸のまま連れ歩いて四層まで戻れってか? どんな辱めだそれは。こっちの身にもなってみろって話だ」


「………………はい」


 ユーグは常の調子を取り戻した皮肉っぽさを含めて、揶揄する口ぶりで明るくのたまう。


「俺は足がご覧の通りだし、エルフのお嬢さんはさっき倒れたばかりの半病人だ。《真人》のお嬢ちゃんは論外。あっちの水竜人ハイドラフォークが行った日にゃ、騒動の種を増やして帰ってきそうだ。

 それともロキオム、お前、全裸のおっさんを人里まで買い物に行かせる気か?」


「全裸じゃない……」


 シドは力なく呻くが、当然のように無視された。


「お嬢ちゃんの付き添いで、さっきまでは楽できただろ――今はお前が一番真っ当に動けるんだよ、ロキオム。ぐだぐだ言わずに行ってこい」


「そ、っ……だ、けどよ。お、オレだって」


「何だ」


 真っ赤になって何事か言い返しかけたロキオムは――しかし、じろりとねめ上げるユーグの一瞥に、その言葉を飲み込んでしまう。


「…………分かったよ。行ってくる」


「ああ。頼んだぜ」


 ひらりと手を振るユーグに背を向け、とぼとぼと歩き出すロキオム。

 その消沈した背中をやるかたない気分で見送っていたシドは、やおらユーグへと振り返った。


「――今のはひどいですよ、ユーグ・フェット」


「あ?」


 その、シドに先んじて。

 クロが、ぽつりと零していた。ロキオムの耳には届かないよう、ひそめた声で。


「ひどい? 何がだ」


「ロキオム・デンドランは、好きで楽をした訳ではありません。彼にクーを運んでもらったのは、誰かがそれをしなければいけなかったから。彼がそれを担ったのは、危険と割り振りの問題――ロキオム・デンドランが、身を護る武器をなくしてしまっていたからです」


「そんなもの、お嬢ちゃんに言われずとも承知の上だ。おかげであいつは、俺達の中でほぼ唯一、真っ当に動ける状態だ――なら、細々した後始末はあいつにやってもらうのが、一番面倒がなくていい」


「そういうことを言っている訳では――」


「俺も、クロと同感だ」


 シドが割って入ると、ユーグは虚を突かれた顔になる。ユーグからすれば、《真人》種族という得体の知れない『小娘』でしかないクロならばいざ知らず、同じ冒険者のシドにまで咎められるのは想定の外であったのだろう。


「彼は前衛フロントとして、立派に自分の仕事をしたはずだ。少なくとも、俺は――そのおかげで一度、命を拾ってすらいる」


 ロキオムが戦斧バトルアクスを喪ったのも、つまるところはそのためだ。


「それなら俺も同感だ。あいつはよくやったよ。今回の――あるいは次の探索での稼ぎは、あいつの取り分を弾んでやらにゃと思ってるところさ。武器の買い替えも、いいのを選んでやらなけりゃってな」


「だったら」


 前から、折に触れてずっと引っかかっていた。今回の探索でも。

 ユーグ・フェットは決して悪人ではない――ないと思う。善良とは言えないかもしれないが、だとしてもある種の筋はきちんと通す。そうした類の人間なのだと思う。


 だが、その一方で――ユーグ・フェットは、周りの感情に対して関心が薄い。

 その言い方が正確でないなら、彼は彼自身の筋を通す一方で、それに伴う周囲の不満や困惑に、端から取り合うつもりがないように見える――同じパーティの、仲間に対してさえ。


 だが――もしも仮に、それがではないのだとしたら。


「それを、ちゃんと言葉にして伝えるべきだ。ねぎらってあげるべきだ、仲間を」


 ユーグ・フェットは、そうしなくてはいけないはずだ。

 何故なら、


「きみは彼らの、《ヒョルの長靴》のリーダーなんだろう? なら、仲間の驕りやたるみを咎めたのと同じように――仲間の頑張りや奮励は、ねぎらってあげるべきだ」


 いつになく強いシドの言葉に、ユーグは困惑混じりで眉をひそめるばかりだったが。

 それでも、何か思うところはあったのか、あるいは言われるがままそうしただけか――悄然としたロキオムの背中を見遣り、そして呼びかけた。


「ロキオム」


 巨漢の背中が、ぎくりと震えた。

 今度は何を言われるのかと身構える、警戒が露わだった。


「な……なんだよ、ユーグ」


「いや、何ってこたないんだがね。お前は――」


 ふと、ユーグはあらぬ方を見遣り――それは、この後に継ぐべき言葉を、この段になって再考した結果のように見えた――あらためて、ロキオムを見た。


「今日のお前は――《キュマイラ・Ⅳ》との戦いぶりは、よかったぜ。やっぱり前衛フロントってやつは、何をおいても命知らずでなくちゃあな。そうだろう?」


 ぽかん、と目を丸くするロキオムへ。

 ユーグは笑った。皮肉げでも、揶揄するでもない――そこには、力強い激励と、賞賛の笑みがあった。



「男だったぜ、ロキオム。今日のお前は、最高だった」



 ロキオムは呆けたように立ち尽くし、しばらく自分にかけられた言葉の意味を、慎重に咀嚼していたようだった。が――


 やがて、その意味が、理解としていきわたると。

 禿頭の戦士は子供のように頬を上気させ、にんまりと白い歯を見せて笑った。


「へ……へへ、何だよ急に! そりゃあ……そんなもん、ったりめぇだろぉ!? オレはよ、あんたの……《ヒョルの長靴》の前衛フロントだぜ!?」


「ああ、そうだな。だが、まあ、何となく――今日は、格別の厄ネタだったからな」


「っんだよらしくねえなあ、ビビって損したぜ! へへ……あー、んじゃあよ、えーと……オレ、ひとっ走り行ってくっからよ!」


「ああ」


「おっさんと、そっちの嬢ちゃんの服、と靴だったよなぁ? あと、まあ何か要りそうなモンあったらよ、適当に見繕ってくっからよ!」


「頼んだぜ」


「おうよぉ!」


 握ったこぶしを、大きく突き上げて。

 ロキオムは、見違えるほどに弾んだ足取りで、跳ねるように走っていった。


 その背中を、ひとしきり見送って――ユーグは冷めた顔つきで、シドを見た。


「……これでいいのか?」


「そうだね」


「……らしくないと言われちまったが?」


「それでもだよ。これは必要なことだった」


 ユーグ・フェットにとっても。彼の仲間にとっても。


 確かに、何かを成した冒険の終わりに。

 これは、必要なことだったはずだ。

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