125.行方不明になっていた冒険者が見つかったそうです――ところで、途中で行方不明になった冒険者がいたこと、みなさんは覚えてくださっていたでしょうか……?


 階下に降りたシド達を待っていたのは、魔術士の長衣ローブに身を包んだ黒髪の――四十代の半ばか、あるいは五十代といった年頃の女性だった。


 マヒロー・リアルド教師。《軌道猟兵団》に籍を置く冒険者の一人である彼女は、地中海イナーシー西方のカルファディア諸都市連合国において、国内最高峰の学究機関たる《賢者の塔》に教室を持つ研究者でもある。

 階段から下りてくる途中のシド達と目が合うと、リアルド教師は赤い唇を緩めてゆったりと微笑んだ。


「おはようございます。シド・バレンス、フィオレ・セイフォングラム。昨日はよく眠れましたか?」


「ええ。何とか……ああ、そうだ。昨日はどうも、ありがとうございました。クロのこと」


 僅かの間、不思議そうにしていたリアルド教師だったが。こちらの意図を理解すると、やわらかく表情を緩めた。


 ――帰路の車内で、シドがクロの身柄を預かりたい旨を申し出た際、口添えしてくれたのがリアルド教師だった。


「礼の言葉ならば昨日にもいただきました。あらためてそのように申されずとも、お気になさることはありませんよ――我々のもとで預かるよりは騒々しさがなく、彼女も安心できたことでしょう」


 やんわりとそう宥めてくれるリアルド教師の心配りには、感謝の言葉もない。

 そも、少なくとも《軌道猟兵団》にとってのクロ宝種とは、いくつものリスクを吞んだうえで、なおその解呪と解放、対話のために探索を続けてきた、冒険の目的――自身の研究、その究極と目した存在であったはずなのだ。


 度量が違う。ありふれた冒険者のはしくれでしかない己の小ささを、痛感する思いだった。


「……そちらは、いかがでしたか。昨日はゆっくりと休めましたか?」


「まずまずといったところです。さすがにこの歳ともなると、一晩眠った程度では、深い疲れが取りきれません」


 背筋をしっかり伸ばして立つリアルド教師の姿を見ていると、とてもそんな風には見えなかったが。

 ついつい意外な心地で目を丸くしてしまうシドに、リアルド教師は重ねて訊ねた。


「ところで、その宝種オーブの彼女――いえ、クロは、今どちらに?」


「彼女なら上にいます。今朝は朝食を食べ過ぎたみたいで、ずっと横になっていますよ」


「朝食を……」


 今度は、リアルド教師が驚きに目を丸くする番だった。

 かの伝説の《真人》種族――その一柱ひとりたるはるかいにしえからの少女が、『朝ご飯を食べすぎて横になっている』などという卑近な状況にあるのが、にわかには信じがたかったようだった。


「ここの食事はおなかいっぱい食べられるので……特に、今朝は《真銀の森》の森妖精エルフ式でしたから」


「……《真銀の森うち》が大食いの里みたいに、言わないでほしいんですけど」


「あ、フィオレ。その……べつにそういうつもりはなくて。ごめん」


 むぅ、と不満げにするフィオレ。

 シドは苦笑混じりで詫びながら、そんな少女を宥めた。


「ええと……それよりリアルド教師せんせい。今朝は一体、どういったご用件で」


 フィオレの追求から逃れるのを兼ねて、話を進めることにする。

 リアルド教師は「ええ」と応じた。長衣の懐から、一通の封筒を取り出してみせる。


「それは」


「連盟からの書状です。こちらを訪った使者の方から、ついでということで預かってまいりました――あなた方とは、いくつか新しい情報を共有しておきたかったので」


「新しい情報――と、いいますと」


 手渡された封筒を受け取り、シドはあらためてリアルド教師を見る。


「まず、《来訪者ノッカー》と共に行方不明となっていた、私ども《軌道猟兵団》の冒険者――ゼク・ガフランですが。昨日さくじつの夕方に、無事見つかりました」


「本当ですか!? それで、彼は」


「ええ、無事です。幸いなことに、怪我ひとつなく」


「そうでしたか……それはよかった!」


 シドは安堵に相好を崩す。

 シドにとっては《Leaf Stone》で顔を合わせた程度の相手だが、しかし、《キュマイラ・Ⅳ》において力を合わせることとなった《軌道猟兵団》の、その一員たる冒険者である。行方不明ということで、気になるものがなかった訳ではない。


「それで、彼は一体どこで」


 彼の身に、一体何が起こったのか。気がかりに、急くように身を乗り出すシド。

 対するリアルド教師は、ひっそりとため息をついた。


「……オルランド東部の上流市街。その、とある屋敷の裏庭で、物干し用のロープに引っ掛かっていたところを発見されたのだそうです」


「え。も、物干し?」


 想像の斜め上の単語が飛び出し、思わず呻いてしまう。

 リアルド教師は複雑な面持ちで眉をひそめながら、ひとつ頷いた。


「発見したのは、屋敷に仕える女性使用人メイドの一人だったそうです。昨日さくじつ、日の入りごろに裏庭へ出たところ、取り込み忘れの物干しロープに引っ掛かってぐったりとしている男がいたと」


 若いメイドはすぐさま屋敷の住人に異変を報せ、そこからオルランド戦士団へ一報が飛んだことで事態が明らかとなった。

 男は、《軌道猟兵団》所属の冒険者ゼク・ガフランと判明。 《箱舟アーク》で行方知れずとなった当時に彼が持っていた武器も、同じ裏庭の物干し場に落ちていたのを回収された。


「ひとまず、お仲間が無事で何よりでした。……しかし、《箱舟アーク》にいたはずの彼が、一体どうしてそんなところに」


 オルランド東部の住宅街は、リスペル大滝に発する水源たる清流クレメンティア川によって、他の市街から隔てられている。それは言うまでもなく、北壁外の市街や、その先に位置する《箱舟アーク》からもだ。


「《箱舟アーク》から東部の市街へ入るには、オルランドの市内に入って橋を渡るか、でなければクレメンティア川を下るしかありません――とはいえ後者に関しては、都市の内外を隔てる水門の存在もあって、容易にかなうものではありませんが」


 ゼク・ガフランは大柄な男だ。

 どちらの手段を取ったとしても、ただでさえ目立つ大柄で屈強な冒険者の男を、人目につかずに東市街の屋敷まで運ぶのは、尋常な手間ではない。まして時系列を考慮に入れれば、彼が運ばれたのは人目も多い日中の間である。


「仮にそれがなしうるものだとしても、一体何を目的にそのような真似をしでかしたのか。仮にそれが《来訪者ノッカー》の手によるものであったとして――その意図するところが、まったくの不明です。少なくとも、私には」


 リアルド教師は疲れの見える素振りで、ゆるゆると首を横に振った。


「では、《来訪者ノッカー》は」


 リアルド教師は、やはり首を横に振る。


「ゼクから話を聞きましたが――意識を失う前の最後の記憶は、部屋を出ていく《来訪者ノッカー》を止めようとしたところまで、だそうです。次に気がついたときには、物干し場で戦士団に囲まれていたと」


「……そうでしたか」


 となれば――かの《来訪者ノッカー》なる人物の足取りを追う手掛かりは、これで完全に絶えてしまったということになる。


(《来訪者ノッカー》、か……)


 フード付きの外套を羽織り、陶製の仮面で顔を隠した――性別も種族も、年齢も来歴も、あらゆる情報が不透明な、《軌道猟兵団》の協力者だった存在。


 ラズカイエンに《箱》を奪った犯人を――即ち、《軌道猟兵団》の存在を教えたのも、《来訪者ノッカー》を名乗る性別不詳の、種族不詳の人物だった。

 《軌道猟兵団》の協力者であった《来訪者ノッカー》が何者で、ラズカイエンと接触した《来訪者ノッカー》といかなる関係の存在であったのか。あるいは同一人物であったのか。


 これらすべてにまつわる謎は、その跡を追う術を失ったということである。


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