くすんだ銀の英雄譚~おひとよしおっさん冒険者のセカンドライフは、最大最難の大迷宮で~
116.今こそ掴み取れ、おひとよしおっさん冒険者の大勝利! VS最強魔獣《キュマイラ・Ⅳ》、究極無双最終大決戦!!!!⑥
116.今こそ掴み取れ、おひとよしおっさん冒険者の大勝利! VS最強魔獣《キュマイラ・Ⅳ》、究極無双最終大決戦!!!!⑥
「きたぞ! 正面!!」
四層で。ジェンセンが緊張した声で叫ぶ。
《塔》の旋回が終わり、戦場と開口部の軸線が揃った瞬間である。
それを受けたリアルド教師が、フィオレへ振り返る。
――作戦の、最後の指示を。
「クロ! 今よ、お願い――!」
風に乗せて、フィオレの声を飛ばす。
その声に、クロから応ずるものがあった訳ではなかったが。代わりにその意を受けて、彼女の『
それはさながら、創世の神話に謳われる《始祖の巨人》のような。創世の神々の降臨よりもいにしえの時代において天と地の間にあり、今にも落ちんとする天を支えていたとされる巨人を描いた、一枚の絵画のように。
ぽっかりとその巨大な洞を広げた《
「――天の風・地の風・遍く駆ける風の精霊。我が意・我が求めに応じて奔れ!」
リアルド教師の詠唱が響く。速く、されど刻むように正確な詠唱が、瞬く間に確固たる構成を築き上げていく。
階下の第三層――シド達が《キュマイラ・Ⅳ》と相対していた戦場と、《塔》を結ぶ直線状。その一点に。
そこには彼女の構成のみならず、さらにあと二つの構成が築かれ、発動の時を待っていた。
《軌道猟兵団》の魔術士ウィンダム・ジン、そして、《ヒョルの長靴》の魔術士ケイシー・ノレスタ。この二人による構成である。
――通常、多くの場合において、魔術は術者の手元をその起動点とする。
それは発動のイメージが容易で、ひいては後の制御もしやすいためだ。
だが、必ずしもそうでなければならない訳ではない。
術者のイメージが及ぶ範囲であれば、さながら罠を仕掛けるように、術者から離れた特定の
リアルド教師が、ぱしんと手を叩く。
合図と共に、三人の魔術士が声を合わせ、最後の一節――術式を起動せしめる、発動句を刻む。
「「「――《
――三重の構成による、魔術の『風』が巻き起こった。
渦をなす暴風は、ちょうど魔術の起動点へ到達していた《キュマイラ・Ⅳ》を、暴力的な風圧でもってその
風圧でもって一瞬のうちに加速した《キュマイラ・Ⅳ》の肉体は、文字通り弾丸のごとく、《塔》の開口部へ向けて射出されたのだ。
「――よし!」
その様を見守っていたジム・ドートレスは、思わず拳を握った。
当然ながらキュマイラ・Ⅳの肉体は、弾丸と異なり、直進を旨とする形状ではない。
だが、三重の暴風はその不利をも覆して、魔獣の肉体を《塔》の開口部――その洞へと真っすぐに押し飛ばしている。
そして、彼の観測通り。
《キュマイラ・Ⅳ》の身体が、《塔》の中へと叩き込まれる。
その――直前。
がくん、と音がしそうな急制動で、その直進が止まった。
長く伸びた竜の首が、その顎でもって、開口部の縁へと食らいついたのだ。
「
「そんなあ!」
ジェンセンとケイシーの、涙混じりの悲鳴が上がる。
それは四層にいた冒険者達――戦慄する彼らすべての、心の代弁でもあった。
《颶風》の術式がもたない。構成に込めた魔力を使い果たし、消え始めている。
万事休すかと、誰もが膝をつきかけた。嗜虐に歪んだ
だが――
「《
――風が。
その時、
総身に残った最後の魔法を振り絞った、フィオレの精霊魔術。
その風が叩きつける圧力に、その身を《塔》へと叩き込まんとする風の暴威に――あるいは、《キュマイラ・Ⅳ》であれば耐えられるはずであったのかもしれない。
だが。それは認められなかった。
《キュマイラ・Ⅳ》の竜頭が食らいついたのは、《塔》の扉、その開口部。
魔獣が牙を立てたその場所は、ただの壁ではなかった。扉の開閉機構を備えた、稼働部である。
風圧に耐えて食い下がるため、きつく食いしばった
その牙による機構の破壊を、《
《
絶対上位の指令のもと。竜頭の顎が開く。牙が外れる。
抵抗する最後の支えを失った《キュマイラ・Ⅳ》の身体が、
そして、そのまま地の底まで伸びる
「やった──」
『まだです!!』
《真人》の少女が、叫んだ。
魔獣の激しい咆哮が、遥か深淵まで落ちる縦穴に反響する。その意味を、思考を、彼女だけが正しく理解しえたがゆえに。
最後の断末魔――それは否。魔獣がその身に備えた、《
獅子の首が伸び上がった。
開口部へとその首を伸ばした獅子頭の喉元から、爆ぜるように腕が生える。鋭い鉤爪を備えた、竜の前腕。血を思わせる紅い体液に塗れた、生えたばかりの両腕を伸ばして。《キュマイラ・Ⅳ》は第三層の地面へと、その鉤爪を深く突き立てた。
「馬鹿な!?」
愕然と零れる、絶望の呻き。
ジム・ドートレスは、たまらず拳で床を叩く。
「もう一度! 皆さん、《颶風》の詠唱を!!」
リアルド教師が叫ぶ。重ねて颶風を叩きつけ、《キュマイラ・Ⅳ》をもう一度、開口部の奥へとねじ込む構えだ――だが、そのための時間がない。術を編み直す時間が足りない。
《キュマイラ・Ⅳ》は三層の地面に激しく爪を立て、今にも這い上がらんとしている。
「クロ、扉を閉じて!」
『無理です! 安全装置が──』
万全の保全を優先された《塔》の機能は、安全装置が未だ生きている。仮に命令を打ち込み強制的に閉じたところで、キュマイラ・Ⅳの身体に当たればそこで止まってしまう。
ましてや、仮に安全装置が機能停止していたところで――たかが扉一枚に挟まれた程度、《キュマイラ・Ⅳ》にとって、いかほどの痛痒となるものか。
――やはり駄目か。ここまできて。
かの英雄オルランドと、その旗へ集った義勇軍にすらなしえなかった《キュマイラ・Ⅳ》の打倒は、たかだか十数名の冒険者で果たすことなど、ありえない道理であったか。
(否――否、否! 否だ!!)
今更こんな形で、諦観に膝をつくなどできるものか!
さしたる打撃にはならずとも、炸裂の衝撃で怯ませることさえできれば、まだ望みは繋がる。そう信じ、己を鼓舞し、魔弾長銃の射撃体勢を取る。
その――先。
ジムが引き金を引く寸前。
《キュマイラ・Ⅳ》を狙う銃身の先へと駆け込む、ひとつの影を、そこに見た。
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