115.今こそ掴み取れ、おひとよしおっさん冒険者の大勝利! VS最強魔獣《キュマイラ・Ⅳ》、究極無双最終大決戦!!!!⑤


 《キュマイラ・Ⅳ》の後足を縫い留めていた氷を、その脚を覆う装甲から八方へと生えたブレードが貫く。

 透明な氷塊に歪な罅が入り、しかしそれだけでは終わらなかった。


 角度をつけて、上下の二重に並んだ状態で形成されたブレードは、蛇腹状の装甲ごと回転を始め――さながら珈琲コーヒー豆をミルへとかけるように、後足を捕えた氷塊をのだ。


 足の自由を取り戻した《キュマイラ・Ⅳ》が体勢を変える。後足で強く踏ん張り、これまでとは逆に――あろうことか、巨人スプリガンの巨躯を押し返し始めた。


「あいつの脚を止めるんだ! あと少しでいい!!」


 吼えると同時に、シドは猛然と駆け出していた。

 《キュマイラ・Ⅳ》に位置を変えられてしまえば、作戦は修正を強いられる。その挽回の間、さらなる時間を稼ぎ続けることが叶うものか――その保証など、どこにもないのだ。


 ユーグが、ラズカイエンが、《キュマイラ・Ⅳ》の足元へと走る。


 だが――剣が届く、その間合いに入る寸前。

 シドは突如として猛烈な悪寒に捕らわれ、叫んでいた。


「――二人とも、伏せろ!!」


 脳裏をよぎったのは、第三層の街並みを瓦礫に変えた、『針』の弾幕だった。

 冷たい予感のまま伏せたその直上を、脚部の装甲から打ち出されたブレードが掠める。


(くそっ……!)


 ――何て間抜けだ、俺は!

 ――何て単純なしくじりを、この肝心な時に!


 シドは心の中で、己の軽卒を蛇蝎の如く罵った。


 《キュマイラ・Ⅳ》の脚を止めることにとらわれるあまり、なすべき警戒を失念した。

 魔獣キュマイラは、こちらを制圧しうる飛び道具を持っていた――それを分かっていたはずだ。ただ、それを使というだけ。それだけだったというのに、なのに、


(ユーグは? ラズカイエンは……!?)


 風を切る圧が直情を駆け抜けるなり、シドは即座に頭を起こして、周囲へ視線を走らせる。

 ユーグはシドと同様その場で伏せ、ラズカイエンは両腕の手甲を盾として翳し、それぞれの形で飛来する刃をいなしたようだった。

 巨人スプリガンには、刃は当たらなかったようだった。 《キュマイラ・Ⅳ》は未だ、《箱舟》の住人への攻撃は避けているということだろうか。


「ロキオムと、クロは……!」


 ――あの二人は、どうなった?

 あの二人の存在は、《キュマイラ・Ⅳ》からは。いない、はずだ。遮蔽魔法で身を隠して、いかなる観測にも捉えられない状態で《塔》へと接近したからだ。


 だが、それゆえに――クロの存在は巨人スプリガンへのそれと異なり、《キュマイラ・Ⅳ》の攻撃を躊躇させることもない。

 最前の刃は、あの二人にとって、致命的な奇襲となりかねない――


「構うな、やつらは《塔》の真下だ! この階層で最も安全な位置だ!!」


 ユーグが声を荒げる。横っ面を引っ叩かれたように、シドはそれで我に返った。

 確かにユーグの言うとおり――《キュマイラ・Ⅳ》は《塔》への攻撃を避けていた。

 《塔》とこの戦場を結ぶ直線上は、この第三層で最も安全な位置だ。そんなことさえ失念するなんて。


 身を起こしたユーグの頭上で、『蛇』の一頭が鎌首をもたげる。

 それは、ラズカイエンと、そしてシドの頭上へも。


 かぱりと口を開いた蛇の喉奥には、石を思わせる灰白色かいはくしょくの呼気がわだかまっている。


 ――石化の吐息ブレス


(――いけない!)


 一手、いや二手。周りの無事を確かめるのに気を取られて、シドは完全に出遅れた。


 身を起こしたばかりで体勢の崩れたユーグと、地面に突き立てた手甲を引き抜いたばかりのラズカイエン――今の二人に、噴霧のように拡散する石化の吐息ブレスは、最も致命的な一撃だ。


 石化そのもので、死ぬことはない。


 だが、石になったまま《キュマイラ・Ⅳ》の打撃に晒されれば。

 その身を砕かれてしまえば――そうなれば彼らは、彼らがどれほど強い戦士であろうと、もはやなす術などない。死ぬしかない。


「くっ――そ……!」


 身を起こし、立ち上がる。

 最も速く動けるのが自分シドならば、自分が彼らを護らなければ。


 その時だ。


 シドの目の前で、火を噴く轟音と共に『蛇』の頭が凍り付いた。ラズカイエンに照準を合わせていた『蛇』の頭も、同時に氷へと包まれる。

 《軌道猟兵団》の魔弾長銃――《キュマイラ・Ⅳ》の脚を止めたのと同じ、氷結弾頭だった。氷に出口を塞がれた吐息ブレスが逆流し、『蛇』の身体を内側から石に変えてゆく。


 ――だが、銃は二本。再装填は間に合わない。

 振り向いたその先で、ユーグと相対していた『蛇』の胴がバッサリと断ち斬られる様を見た。


 下から上へと跳ねる、水の刃――フィオレの精霊魔術。

 砕かれた氷、そして溶けた水を精霊の利器と換えることで、術者自身の消耗を最小限に抑えながら、能うる限りの威力を引き出したのだ。


 最高の援護に、シドは快哉を上げかける。

 が――その高揚は、一瞬のうちに凍り付いた。


 援護は、僅かに遅かったのだ。

 既に吐き出す間際の状態だった石化の吐息は、胴を切断された『蛇』の断末魔と共に、無作為に辺りへと撒き散らされた。


「ユーグ!」


「………………!」


 中途半端な態勢から跳躍し、その勢いで転がって距離を取るユーグ。

 だが、射線も何もなく、中空でうねる蛇の口から断末魔と共に吐き出された吐息ブレスは、それでも完全には躱し切れなかった。


「ぐ、ぁ……!」


 ユーグの脚を、灰白色の霧が捉える。

 ブーツとズボンごと、その表面から――黒衣の冒険者の左脚が、石に代わってゆく。


「ユーグっ!」


「喚くな! 片足が石になっただけだ!!」


 叫ぶシドに。

 きつく歯噛みして、ユーグは吼えた。


「こちらの双璧は、お前と水竜人ハイドラフォークだ! 味方の雑魚に、いちいちかかずらうなぁっ!!」


「……………………!」


 体の一部が石に変わる、おぞましい感覚に襲われているはずだ。今も。

 だが、ユーグは蒼白の相貌を鬼相と変えて――それでも、シドへと怒っていた。


「お前は、お前の仕事をしろ! シド・バレンス――――――――――っ!!!」


「ぅ……ぉおおおおああぁぁ――――――――――――っ!!」


 振り切って、走る。体勢を立て直し、今や巨人スプリガンの巨体を押し返し、逆に圧倒し始めている《キュマイラ・Ⅳ》へと。


「ラズカイエン、関節だ! 合わせろ!!」


「――おうよぉ!」



 両手剣ツヴァイハンダーを手に、全身の力と、ひねりを乗せて――横一閃に、叩きつける。

 狙いは、地を踏みしめた《キュマイラ・Ⅳ》の後足。その、。同時にもう一方の後足へ、ラズカイエンが手甲を叩きこむ。


 斬り上げ、叩きつけたその渾身の衝撃に、《キュマイラ・Ⅳ》の体勢が大きく揺らいだ。


 そして、巨人スプリガンが体勢を立て直すには、その一瞬で事足りた。獅子の顎を掴んでのけ反らせ、その腹の下に身体をねじ込んで、魔獣キュマイラの巨体を


 それは、巨人スプリガンの膂力のみによってなされたものではなかった。


 伝承に曰く、《宝物庫を護る巨人スプリガン》は嵐を招来する。

 巨人スプリガンの招来した、暴力的なまでに吹き上げる風――その圧が、《キュマイラ・Ⅳ》の巨体を支え、浮き上がらせているのだ。


 伝承の真実はこうしたことだ。《宝物庫を護る巨人スプリガン》は、風を操るのだ。


 ――そして、雷を。


 《キュマイラ・Ⅳ》の装甲を貫き、その総身を雷光が荒れ狂った。

 火花を立て、ばちばちと空気を焼く異音と共に異臭を散らしながら――嵐をなす激しいいかずちが、魔獣の肉を炭へと変えるほどに、焼き焦がしていく。

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