114.今こそ掴み取れ、おひとよしおっさん冒険者の大勝利! VS最強魔獣《キュマイラ・Ⅳ》、究極無双最終大決戦!!!!④


 後方の作戦指揮は、経験篤いリアルド教師が。


 支持の伝達は、『風』の魔術を通して声を飛ばせるフィオレが担う。

 《キュマイラ・Ⅳ》を『』する作戦の骨子は、そのフィオレの『声』が伝えてくれた。


 クロは《キュマイラ・Ⅳ》を閉じ込めるべく《塔》を操作するのと同時に、《キュマイラ・Ⅳ》の思考を追って、不測の動きに注意を払う。


 そして、


(俺の役目は――!)


 シドは《キュマイラ・Ⅳ》の足元まで肉薄し、装甲に覆われたその足元へと斬りかかる。

 巨人スプリガンと組み合った幻獣キュマイラは、前脚が完全に浮いていた。ゆえに、狙いは体を支える後足。


 元より、皮膚を裂くことさえ困難な強靭さ、なおかつ今は、金属鎧を思わせる装甲でよろった体躯である。力の限り叩きつけたところで、シドの両手剣ツヴァイハンダーの刃では、もはや歯が立つものではない。


 だが、それで十分。

 この作戦におけるシドの役割、その要諦は、《キュマイラ・Ⅳ》へ傷を与えることにはない。


 硬い装甲を通して内部へ通る衝撃。その痛みに《キュマイラ・Ⅳ》が怯み、集中を欠く――その隙をついて、巨人スプリガンが《キュマイラ・Ⅳ》の胴を、獅子の身体を羽交い絞めにする。


 ――時間稼ぎだ。


 巨人スプリガンを援護し、《キュマイラ・Ⅳ》の巨体をこの場で釘付けにする。


 一方、《キュマイラ・Ⅳ》の後背へ回り込んだユーグは、尾をなす『蛇』を相手にひたすらその刃を振るい続ける。

 ユーグ蛇を切り落とし、魔獣の視界、その封殺を図る。《キュマイラ・Ⅳ》は上体で巨人スプリガンと組み合いながら、跳梁するユーグを排除せんとして、遮二無二しゃにむに後足を振り回そうとする。


 その、浮きかけた脚が。立て続けの轟音と共に凍り付く。


 透明な氷の中に閉ざされ、同時に地面に縫い付けられた幻想獣キュマイラの後足。


 シドが振り仰いだその先――四層へと繋がる空の穴から、長銃を構える二人の冒険者の姿を伺うことができた。


 ――《軌道猟兵団》。

 その切り札たる魔弾長銃が放った、《氷結》の魔弾の力であった。



「どうやら、効果ありか」


「そのようです」


 遊底ボルトを引いて薬莢を排出。流れるように次弾を装填しながら、ジム・ドートレスとネロ・ジェノアスの二人は頷き合う。


 氷結魔法を封じた、凍結弾頭。


 いかな膂力に優れた巨体であろうと、不安定な姿勢でその動きを拘束されれば、行使しうる力は半減かそれ以下。末端部分の手足を分厚い氷で咥え込めば、その動きを阻害しうる目はあった。


 だが――これまで魔法による拘束を試みてきたジム達の魔術は、《キュマイラ・Ⅳ》の膂力を前に、いとも呆気なくその縛鎖を引き千切られてきた。


「つまるところ、ヤツの力とは、膂力の問題ではという訳だ」


「魔弾に刻んだ構成は、術式の起動――弾頭の炸裂と同時に損壊、消滅するもの。ジム様の慧眼、見事、図に当たりましたね」


 ――《咆哮魔術スキルツリー》なる、魔獣の力、その正体。

 それは煎じ詰めれば、であるのだということだ。


 それは神々が世界に対し行使した神意であり、人々が物理的な力や行動によらず世界へ干渉するための手段であり――それは、はるかいにしえより生ける魔獣にとっても、同様の力であったということだ。


 リアルド教師とウィンダムによる二重の魔術構成を破壊した、《限定領域重力操作》。

 あの《咆哮魔術》で第四層の床を破壊したのが『事故』であったというのなら、あの力はいかなる目的で行使されたものだったか。


 さらに弾丸を打ち込み、《キュマイラ・Ⅳ》の脚を掴む氷の層を分厚くしながら、ジムは言葉を続ける。


「《キュマイラ・Ⅳ》が求めたものは、重力操作では。その絶大な力を形成するほどの、強固なによる、術式の干渉――構成の『撹乱』だったという訳だ」


 《キュマイラ・Ⅳ》は限定領域重力操作の行使でもって、二重の魔術構成を叩き潰した。


 『重力操作によって叩き潰した』のではない。


 《雷皇檻》と《煉獄鎚》の、二つの極大魔術をまとめて叩き潰せるだけの強度を有した、恐らくはもっとも損害の小さな構成が、あの『重力操作』だったということなのだろう。


 他方、魔弾の炸裂によって形成された氷は、形成の時点で構成を喪っている。

 この時点で、魔弾の効果は既に『魔法』ではない。純粋な物理現象だ。


 魔法でない以上、『魔術構成の撹乱』では破壊できない。

 行使可能な膂力を減殺した体勢で後足を凍結させた現状、何らかの形で《咆哮魔術スキルツリー》のを発現させない限り、脚部を拘束する氷塊は破壊できない。


「――ゆえに。あの《キュマイラ・Ⅳ》に対しては、《拘束》の魔術ではなく、物理的な拘束こそがより有意に働くということだ」


 着弾と同時に構成が崩壊するという魔弾の特性は、明確な欠点として認識されていたものだ。なぜなら魔術構成が維持不可能な『魔弾』の魔術効果は、発動と同時に制御不可能――魔法という形で、その効果を持続・終息させることができないためだ。

 だが、今は逆に、その特性こそが有効となる。


「念のため、もう一発か二発、撃ち込みますか」


「……やめておこう。強度を上げすぎると、後で破壊するときが厄介だ」


 ネロの発案に、ジムはかぶりを振る。リスクはあるが、それはどちらを選んでも別の形で残存する。


「いざとなれば炸裂弾頭はあるが、熱波と爆風で巨人スプリガンの体勢を崩しかねん――この場の切り札はだ」


「……ゼクもこの場にいれば、今少しは手厚い連携も叶ったのでしょうが」


 階下の戦闘を苦々しく見下ろし、ネロは唸る。

 この場にいない、《軌道猟兵団》の最後の一人――得体の知れない協力者たる《来訪者ノッカー》を監視させていたゼク・ガフランは、当の《来訪者ノッカー》と共に姿を消し、行方が知れない。

 魔弾長銃による後方支援にせよ、階下のシド達と連携しての前衛にせよ、彼がいれば任せられることは何なりとあった。

 いつになく力を欠く仲間の愚痴に、ジムはかぶりを振る。


「ないものねだりをしても致し方ない。彼の無事を祈ろう」


「そうですね……おい、そこの貴様! 《塔》の状況はどうなっているか!」


「ま、まだだよ!」


 一喝するように命じるネロへ、狼狽気味に応じたのは、ジェンセンである。


「《塔》の旋回が続いてる……まだ、開口部がこっちの正面まで回ってねぇ!」


 そう答える彼のさらに向こうには、リアルド教師とウィンダム、フィオレ、そしてケイシーの魔術士達が集まり、各々の構成を編んでいる。


 最前の交戦とは状況が異なるが、《キュマイラ・Ⅳ》の撃退は後衛の魔術士達が最後の『仕上げ』だ。

 それを理解しているからこそ、であろうが――術士達の中でも、ケイシーの顔色がとりわけ悪い。血の気が引いた蒼白で、今にも卒倒してしまいそうに見えた。


「――困難な仕事だ、なと身構える必要はありません。いつもと同じく、正しい形で魔術を行使すればいい。ただ、それだけに意識を払えばいいのです」


 そう、リアルド教師が声をかけているが――果たしてどれほど効果があるものか。

 ジムはひっそりと息をつき、あらためてジェンセンへと言葉を向ける。


「……あちらで行った旋回角度の指定が、確実に正しいものとは限らん。こちらの戦場も、完全に固定できてはいなかった――向こうが正面を向いた段階で、声を上げるのだ。斥候スカウトの目、存分に活かせよ」


「うるせぇなぁ……言われたとおりやってんよ! くそぉ……!」


 余裕がないのは、こちらも同様。ジェンセンは今にも吐き戻しそうなほどに青ざめた顔で、ぶるぶると緊張に震えながら――階下の戦況と、《塔》の状況を凝視している。


 その視線を、不意に《キュマイラ・Ⅳ》へと走らせて。

 斥候スカウトの男は慄然と目を剥く。


「おい、やべえぞ! あいつ何かやる気――」


 ジェンセンが言い終えるよりも早く。

 脚部の装甲から八方へ向けてブレードが伸びる。それは魔獣の後足を捕える氷を、いとも易々と貫通した。

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