113.今こそ掴み取れ、おひとよしおっさん冒険者の大勝利! VS最強魔獣《キュマイラ・Ⅳ》、究極無双最終大決戦!!!!③


 ――少し、時間を遡る。


「あの《塔》の中になら、《キュマイラ・Ⅳ》を閉じ込められるかもしれません」


 第四層の冒険者達を見渡し、クロは告げた。


「あの《塔》は、《箱舟アーク》すべてを貫く中枢――軌道エレベーターです」


 それこそが。

 四層の床に開いた大穴から伺える、第三層――その中心にそびえる、巨大な《塔》の正体である。

 だが、


「軌道……?」


 フィオレは怪訝に唸った。眉をひそめて唸ったのは彼女だけだったが、それはその場に居並ぶ一同の、心の代弁であっただろう。

 クロは、ちらとフィオレを一瞥し、「ええと」と、難しい顔で言葉を続けた。


「……昇降機エレベーターはわかりますか? であれば、あの《塔》は《箱舟アーク》の階層間で物資を行き来させるための――階層間搬送用の昇降機エレベーターなのだと理解してください。《箱舟アーク》の物流を担う大動脈です」


 彼女の物言いを聞く限り、それは明らかにのものではなかったが。

 そこに口を挟む者はいなかった。時間が惜しいのに加え、そこはあくまで説明の『前座』にすぎないからだ。


「《箱舟アーク》の構造を維持するものは、本質的にはふたつしかありません。軌道エレベーター――あの《塔》と、《箱舟アーク》外壁。このふたつだけ。このふたつに対して床面となる『仕切り』を渡したものが、あなた達の言うところの階層――《箱舟アーク》を構成する『フロア』なのです」


「……つまり、《キュマイラ・Ⅳ》はあの《塔》を壊すわけにはいかないと?」


「はいです。まさしくそのとおりのことです、ユーグ・フェット」


 その要約で、彼らの間で事の理解が及んだのだと察して。

 クロは、ぱっと表情を明るくした。


「《箱舟アーク》の地上部分は、《塔》と外壁をはるか空の頂から『吊られる』ことで、その構造を維持しています。言うなれば天と地の双方からので、この箱舟アークはまっすぐに建っています。このバランスが崩れたら――たとえば《塔》の壁が壊されたら。どうなると思いますか?」


 それは、目もくらむような想像だったが。

 その想像のデタラメさに眉をしかめながら、答えたのはフィオレだった。


「……《箱舟アーク》は天からの力に引かれて、空に向かって飛んでいく……?」


「おおむねその理解で問題ないと思います。天地の双方から引っ張り合う力が、破損で弱くなった部分に集中し――《箱舟アーク》はやがて、上下二つにすることとなるでしょう」


 ゆえに――《箱舟アーク》の守護者たる《キュマイラ・Ⅳ》は、あの《塔》を。その可能性となる攻撃を、禁則事項として予め封じられている。


「……《真人》種族のやることにしては、何とも片手落ちな塩梅だが。ここには修理を担うやつがいないのか?」


「いないことはありません。ですが、自動修復であれ人の手によるものであれ、正常に機能しない可能性は常にあるものでしょう?」


 ウィンダムが呻いたのに、クロは答える。


「そして、《キュマイラ・Ⅳ》に現状の命令が課された時点で、《箱舟アーク》内部の真人ひとは、いつ何時なんどきにいなくなってもおかしくない状態でした。いないものに、《箱舟》の損傷は直せません」


「……確かにな」


 ウィンダムは唸る。

 現に――少なくとも、踏破済みの領域において――今の時点で生存が明らかな《真人》は、目の前の少女ただ一人。それすら、シドの解呪がなくば存在しえなかったものである。


「『ひと』の手なしに修復不可能の損壊が発生した段階で、《箱舟》内部の『ひと』は完全な『詰み』です。その結果、《箱舟》が完全な崩壊に至れば――今の世界で、真人わたしたち生き延びる術、その可能性は、その一切が失われてしまいます」


 そこまで言い、クロは具体的な『提案』の内容へと話を進める。


「搬送エレベーターという役割、その効率化のため、《塔》は扉の向きを変える旋回稼働が可能です。この扉を《キュマイラ・Ⅳ》に向けて、昇降機エレベーターの扉を強制解放――その開口部から中へと《キュマイラ・Ⅳ》を押し込み、扉を閉じる。これがクロの考えです」


 《キュマイラ・Ⅳ》を、昇降機エレベーター縦穴シャフトへ──はるか地の底まで続く奈落の底へと、かの魔獣を落とす。

 要約すれば、それだけの計画プランである。


「かくして、《キュマイラ・Ⅳ》をあの《塔》の中へと閉じ込めることができます。内部から《塔》の扉を開ける手段は、少なくとも、クーが知る限りにおいてはありません」


 ひとたび封じ込めに成功すれば、扉を開けて《塔》の外へ出ることはできない。


 《塔》の壁を破壊することもできない。《キュマイラ・Ⅳ》は箱舟アークの守護者であり、いかな脱出のためとはいえ《塔》の破壊は、箱舟アークの存続そのものを脅かしかねない危険な手段だからだ。


「《塔》だけではありません。その内部を上下する『ケージ』も同様です。たとえばこれの床面を破壊してしまえば、『ケージ』は搬送用昇降機エレベーターとして、使い物にならなくなってしまいます」


 《キュマイラ・Ⅳ》を第四層へと運んできた、エレベーターの『籠』である。

 重要度においては《塔》を構成する昇降路シャフト本体ほどではないとしても、それでもその破壊は、《箱舟》内部の物資搬送ルートを喪失せしめることになる。


「それは、《箱舟アーク》を再建せしめた『後』、『ひと』がこの《箱舟アーク》へ蘇った後において、重篤な問題をもたらすことになるでしょう――ゆえに《キュマイラ・Ⅳ》は、これらを破壊できないはずです」


、ですか」


、です。ジム・ドートレス。完全な意味での保証は、ありません」


 クロがこの作戦を――昇降機エレベーターをおさめた昇降路シャフトである《塔》の中にキュマイラ・Ⅳを閉じ込めるというプランを切り出せなかった、それこそがその理由である。


「だから、クーはと言いました。

 《キュマイラ・Ⅳ》は『ケージ』の床を壊して、中へ入る判断に至れるのかもしれません。その場合、いったん『ケージ』の中へ入ってさえしまえば、あとは内部からの操作で、どこかのフロアへ戻ることができてしまいます」


 クロは言う。


「また、《キュマイラ・Ⅳ》の『脳』は《箱舟アーク》の分散演算基です。

 《キュマイラ・Ⅳ》に無限の権限を与えず、その権能を制御下に置く意味で、この『脳』は他の演算領域から切り離されているはずですが――もし、仮に昇降機エレベーターを管理する演算領域と連携ができるようにされていたなら、そちらを介した指示で、任意に《塔》の扉を開けることが、できてしまうかもしれません」


 これらが成立する場合、《塔》は《キュマイラ・Ⅳ》を封じ込める牢として、何の役にも立たないことになる。


「……確かに。こいつは頼りない話だ」


「はい。だからこそ、これはクーの『命乞い』なのです」


 自嘲を含んだ笑みを広げ、クロは消え入るような息をつく。


「クーも……及ばずながら、あなたたちの力になります。『おむこさんリンク』といっしょに」


 だとしても、上手くいくかは分からない。危険も伴う。

 仮に上手くいったとて、目論見通りに《キュマイラ・Ⅳ》を閉じ込められる保証もない。


 さらに言えば――はるかに容易で、かつ、より確実であろう手段が。《真人クロ》の殺害という手段が、目の前に転がっている。


「――それでも、これを試させてくれますか。クーの、命乞いのために」


 そして、問題はそこへと行きつく。

 これまでのあらゆる経緯を顧みたうえで――より容易な別案があることをも、知ったうえで。

 この計画プランに、乗るか、否か。


「やるわ。私は」


 フィオレは答えた。

 躊躇がないと言えば嘘になる。だが、シドがこの場にいたなら、きっと同じ答えを選ぶのに違いないから。


「ユーグ・フェット、ならびに《ヒョルの長靴》も異存はない」


「ちょ――」


「《ヒョルの長靴》は俺がリーダーだ。異論は許さん」


 仲間達が声を上げかけたのを一蹴し。ユーグは続く言葉を、一睨みで黙らせた。


「無論、いざとなれば『第二案』があるのを前提とした賛同だがね――で、あんた方はどうする、《軌道猟兵団》のお歴々は」


「……我々も、異存はありません」


 一度、周囲の仲間達を見渡したうえで。

 ジム・ドートレスが、その代表として答えた。


 そして、


「具体的な作戦の進行についてですが」


 生徒の言葉を継ぐ形で、リアルド教師が切り出した。


彼女クロの方針を遂行するにあたり、詳細を詰め、なおかつ指揮を執るものが必要です。これら指揮と役割の割り振りについては、どうかこの私に任せてはいただけないでしょうか」


 ユーグは一瞬、眉をひそめたが――代案、ないしは意思を確認する形で、フィオレを見遣った。


 フィオレは頷く。


「――お願いします」


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