112.今こそ掴み取れ、おひとよしおっさん冒険者の大勝利! VS最強魔獣《キュマイラ・Ⅳ》、究極無双最終大決戦!!!!②


 塔を中心に置く広場において、《キュマイラ・Ⅳ》とシド達の戦いが続く一方。


 クロはロキオムの胸に『お姫様抱っこ』の格好で抱えられながら――その戦場を大きく迂回しつつ、《塔》へ向けて移動していた。


「ちっくしょぉ、またオレかよぉ……!」


 ユーグと共に降りた彼女とロキオムの姿は、第三層で戦う誰の目にも映ってはいない。クロの展開した遮蔽魔法が、視覚、聴覚、嗅覚――さらには熱関知や移動に伴う空気の流れに至るまで、ありとあらゆる観測から、二人の存在を遮断していた。


「なんだって前衛フロントのオレが、こんな雑用をよぉ……!」


「しかたがないのですよ、ロキオム・デンドラン。魔術構成を自分と一緒に『移動』させるのは、とってもとーっても難しいことなので」


 本来、魔術の構成とは『場』に対して展開するものだ。

 それを自らの歩み――位置変更に合わせて同時に『移動』せしめるのは、穎脱えいだつせし術者の技量を以て、初めて叶う妙技である。


「クーは未だ未熟な、十三周期乙女オトメなのです。自分が歩きながら構成も移動するなんて器用なことは、クーにはとてもとてもとてもできないことなので――なので歩く方は、他のひとにやってもらうしかないのです。誰かがやらなければいけないことなのです」


 ――ゆえに。

 クロは自分達の気配をあらゆる観測から遮断する《遮蔽》の魔法を周囲に展開しながら、ロキオムにお姫様だっこされて、《塔》の麓まで移動しているのだった。


「あ。移動はもうちょっとゆっくりお願いします、ロキオム・デンドラン。あんまり早く動かれると、遮蔽魔法の有効範囲より前へ出てしまいます。《キュマイラ・Ⅳ》にこちらの存在がばれてしまいます」


「いや、だからな?……何でその足代わりが、このオレなんだって話だが!?」


「だって、ロキオム・デンドランには身を護る武器がないじゃありませんか」


 クロはあっさりと指摘した。


「あなたの斧は《キュマイラ・Ⅳ》と一緒に三層まで落ちて、今は瓦礫の中に埋まっちゃってるですよ? 素手で《キュマイラ・Ⅳ》に挑もうなんて、いくらなんでも無理・無茶・無謀の三倍段です。ぺろりとおいしく食べられちゃいます」


「……だからって、なんでオレばっか……」


 ――分かっている。分かっているのだ。

 このいまいち奥底の知れない、《宝種オーブ》の小娘がのたまう理屈くらいは。

 何より、あの恐ろしい幻獣バケモノと直接戦わなくていい役割を振られているのだと思えば――今の自分は、むしろ幸運というべき立場であるのだということも。


 だが――それでも不満を訴えずにはいられない。

 なぜなら、


「これじゃまるっきりオマケじゃねえか! 武器がねえってんならよ、ジム・ドートレスなんかも同じだろ!?」


「ジム・ドートレスはイヤです。クーが」


 ジム・ドートレスの名が出た、その直後。

 ロキオムの喚きへかぶせるように、クロはぴしゃりと拒絶した。


 冷えた声で。ロキオムが思わず喚くのをやめるほど、低く凍った毒だった。


「ジム・ドートレスにだっこされながらでは、魔術構成を保てる気がしません。とてもではないですが無理無理のムリなのです。クーの作戦プランは御破算なのです」


「そこまでか……?」


「あ。それに、ほら? ジム・ドートレスにはまだ、銃? がありますし。ならば、そこには手持ちの武器に見合った配置というものがあるのです。ね? 合理的。合理的な配置の問題です。ほら、ごうりてきです」


 クロはにっこり笑って言い足したが、明らかについさっき思いついたばかりという語り口だった。何が合理的だ空々しい。


「それになんていうか、ロキオム・デンドランは…………んー、なーんか、だいぶんえっちぃみたいですけど」


「うるせぇよ」


「でも、クーにはあんまり欲情よくじょーしてないし、何より、クーのはだかで欲情させられるのがイヤみたいなので」


 クロはロキオムを見上げて、信頼を示すように人懐っこく微笑む。

 それは――こんな時でさえなければ、この笑顔ひとつで絆されるやつもいるのかもしれないと思わせる、それくらい魅力的な笑顔ではあったのだが。


「なのでクーも、ぴったりだっこが安心あんしんなのです。自慢していいですよ?」


「しねぇよ……?」


 とてもではないが、素直には喜べない。むしろ泣きたい。こんなので喜べる奴がいるとしたら、そいつは頭が空っぽのアホだ――ロキオムは心の底からげっそりする。


 だが――そうこうする間に、《塔》の麓までたどり着く。

 ぺちぺちとてのひらで腕を叩かれたロキオムがクロを下ろしてやると、少女は野兎のように《塔》へ駆け寄り、その外壁へてのひらで触れる。


 クロの触れた個所が、ぼぅっ――と光を放つ。

 壁面の一部がスライドして、その下に現れた操作パネルを、クロの幼げな指が軽やかに叩いてゆく。


整備用メンテナンスコードを打ち込んで、昇降機エレベーターの扉を強制解放します」


「……こいつが、昇降機エレベーターねえ……?」


 空の果てまで伸びるような《塔》を仰ぎ見て、呻くロキオム。


「層の空間が歪んでいるから、空の果てまで伸びて見えるだけです。ロキオム・デンドランも四層からの降下で体感したとおり、実際は三層の天井まで、十メートルちょっとしかありません」


 キーを打つ手は止めず、クロは言う。


「《塔》の位置も階層ごとに違って見えていますが、それも理屈は同じこと――各階層で観測可能な《塔》は、そのすべてが一繋ひとつながりの、『物資搬送用昇降機エレベーター』――それをおさめたシャフトなのです」


 たとえば、この昇降機エレベーターで第四層まで上がれば――四層へと降りる際の出口は、《キュマイラ・Ⅳ》が現れたあの扉へと繋がっている。


「つかよ、お前どうしてそんなモン知ってんだ。メンテナンス……なんとか」


「定期整備メンテナンスのときに技師さんが打ち込んでいたので。クーの心は、技師さんの心と繋がっていましたから」


「……………………」


 ロキオムは、ぞっとしたような、心底嫌そうな顔でクロの傍から後ずさりする。


「あんまり離れないでくださいね、ロキオム・デンドラン。遮蔽魔法の効果圏から出てしまいますから」


 そう、クロから釘を刺されて、より一層うそ寒い心地になる。


 そう――そういう事だ。操作パネルにキーを打ち込むとなれば、誰だって心の中に、そのキーを思い浮かべることだろう。

 クロが心を繋げていれば、その一切は自動的につまびらかとなる。

 クロの心として、彼女の中へと共有される。


「――第一段階、終了クリアです」


 クロの細い指が最後のキーを叩くと、《塔》の――昇降機エレベーターの堅牢な扉が、空気が抜けるような音と共に左右へと開いた。


 巨大な魔獣をもすっぽりと飲み込んでしまうだろう、大きなうろ――その奥に広がっていたものは、遥か奈落まで続く、深く巨大な縦穴ピットだった。


「次は――と」


 さらにキーを叩く。


 すると、くおぉん――と、唸るような音を立てて。方形に開いた巨大なうろの入り口が、ゆっくりと《塔》の表面を滑り始めた。

 否――それははるか高みへと伸びる《塔》そのものが、ゆるやかに回転を始めたがゆえのものだった。


 これで、自分クーの役目はおしまい。あとは、《キュマイラ・Ⅳ》と心を繋いだまま、魔獣かれの不測の挙動に注意を払うだけだ。


「旋回位置の微調整が必要かもしれません。念のため操作盤パネルに合わせて移動しますから、また抱っこしてくださいです」


「……へいへい」


 片膝をついたロキオムの腕の中へ、ちょこんと納まりながら。

 その扉を開けたまま旋回する、《塔》――自分の役目、その終わりを見届けて。クロはふと、乾いた笑みを広げる。


「あとは――」



 ――このシャフトの奥底へ、《キュマイラ・Ⅳ》を落とすだけ。



 巨人スプリガンと組みあい、冒険者達にまとわりつかれている《キュマイラ・Ⅳ》。

 魔獣へ向けた少女の眼差しには――微かな痛みに濡れた、惜別の光があった。

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