111.今こそ掴み取れ、おひとよしおっさん冒険者の大勝利! VS最強魔獣《キュマイラ・Ⅳ》、究極無双最終大決戦!!!!①


 三つの頭を振るい、咆哮を上げて駆け出そうとする《キュマイラ・Ⅳ》。

 その背中を、直上から落下した巨人の脚が踏みつけにした。


 第三層そのものを震わせるような凄まじい振動と共に、《キュマイラ・Ⅳ》の悲鳴が上がる。

 巨人――《宝物庫を護る巨人スプリガン》だ。


「これは――!」


 呆気に取られて、シドは言葉を失う。


 巨人スプリガン――クロの『おむこさん』である、巨人スプリガンだ。

 足裏の下で潰れた《キュマイラ・Ⅳ》へ。彼は振り上げた足を叩きつけ、繰り返し繰り返し踏みつける。

 雄たけびを上げた《キュマイラ・Ⅳ》が力ずくで身を起こすと、巨人スプリガンは寸前で後ろへ跳躍し、そして着地と同時に即座に前へと飛び出した。《キュマイラ・Ⅳ》の山羊頭を掴み、兜に護られた顔面を、いわおの拳で執拗に殴りつけていく。


 しゃあっ――と威嚇の叫びを上げながら。そんな《キュマイラ・Ⅳ》の後方から、二匹の蛇が巨人の側面へと襲い掛かる。


 だが、その襲撃――山羊の目をした二匹の蛇は、突如としてあらぬ方へと吹っ飛んでいく。

 尾の根元から、蛇の胴が断ち斬られたせいだ。


 それは、黒衣の戦士――ユーグ・フェットが振るった剣であった。


 フィオレが張った《風精霊シルフィード》の絨毯で、着地の衝撃を殺しつつ第三層へと降り立ったユーグは――着地と同時に《キュマイラ・Ⅳ》の後方へと回り込み、蛇の尾をその根元から、次々と切断しはじめたのだ。


 咆哮と、地響きが連鎖する。

 そんな激しい戦闘の渦中へ、シドとラズカイエンも各々の得物を構えて吶喊する。


 シドはユーグを狙って首を伸ばす竜頭の鼻先に力の限り両手剣ツヴァイハンダーの刃を振り下ろし、その勢いでもって竜の顎を、街路の石畳へと叩きつけた。


「シド・バレンスか――」


「前の頭みっつは鎧で目を塞いでいる! 蛇の目に留まったら、他の頭からも狙い撃ちにされるぞ!」


「結構なことだ! 俺一人に注意が向けば、それだけ他が自由になるからな!」


 ユーグはまるで枝切れで払うような軽やかさで鋼の長剣を振るい、身をよじらせて離れようとする尾の蛇を、当たる端から斬り払っていく。

 単純に尾を八又に分けたがためか、あるいは数を増やしたのに合わせて互いの空間を確保するためか――蛇の一匹一匹の胴は、最前までより細く脆弱になっている。《聖剣》の術式効果が残るユーグの附術強化剣アーティファクトであれば、容易く切断できるほどに。


「それに――そっちはあんたが、どうにかしてくれるだろう!?」


「やるだけやってみるけどね!」


 唸りを上げて頭を起こそうとする竜頭に、もう一撃。目を護る装甲を狙った一撃――弱点に対する装甲越しの衝撃は、痛手にはならないと分かっていても、魔獣を怯ませたようだった。

 苛立ったように上がる咆哮と共に生まれた雷槍が降るのを、シドは横っ飛びに跳んで躱す。


「最高だな、シド・バレンス!」


「何が!?」


 本音を言うなら、現状は最高どころか最悪だ。

 一手、その打ち手を誤るだけで即座に死へと繋がりかねない戦いである。しかも、ここを突破されれば後がない――少なくとも、四層にいるフィオレ達や、未だ三層にいる冒険者達は、即座に危険にさらされることとなる。


 能うるならばこんなあぶなっかしい戦いは、この先二度と御免こうむりたい。それがシドの、偽らざる本心である。

 だが――


「こんな光景が、こんな戦いが、この世にあるということがさ! 俺達は今! !」


 魔獣キュマイラと取っ組み合う巨人スプリガンへ手を振って示し、ユーグは歓声を上げる。


「信じられるか!? この世界には今も――こんな夢のような景色さえ、あるんだってことが!!」


「ユーグ・フェット……?」


 ――怪訝に一瞥した、その先で。

 こんな綱渡りの戦い、その渦中に身を置きながら――ユーグの横顔は興奮に上気し、口の端には笑みが浮かんでいた。


 これまで幾度も見てきた、皮肉げに歪んだそれではなく。

 血沸き肉躍る戦いに昂った、戦士のそれでさえなく。

 それは――ただただ心から愉快だというだけの、高揚と歓喜の笑みだった。

 

「こんな戦いを、その景色を知るやつが、この世界にどれほどいるだろうな!? ああ、まるで神話か物語の光景だ。そんなシロモノが、今――俺達の目の前には、ある! あるんだ!!」


 ユーグは大きく腕を振り、《キュマイラ・Ⅳ》と激しく取っ組み合う《宝物庫を護る巨人スプリガン》を、その足元でキュマイラ・Ⅳと干戈を交える冒険者達を示す。

 そして、切断する端から再生と復元を繰り返す尾の蛇を、果敢に相手取っていく。


 その時、不意にシドの脳裏をよぎったのは、第二層でのこと――羊果樹バロメッツの果樹園で、自分が初めてその光景を目の当たりにした時の高揚を、己が知る《箱舟アーク》の光景をとつとつと語っていた、彼の横顔。

 その声を熱くする、高揚の高鳴りだった。


「俺達は今、その只中にいるんだ――!」


 《キュマイラ・Ⅳ》を殴りつけながら、その首を締め上げようとする巨人スプリガン

 その足元には、《キュマイラ・Ⅳ》を覆う鎧を殴り続けるラズカイエン――装甲に生えた刃が、立て続けの打撃による衝撃に耐えかねたように折れ飛び、半壊した石畳の街路で甲高い音を立てながら跳ねる。


 その間、シドは竜頭と相対し、その鼻っ面に両手剣ツヴァイハンダーの刃を叩きつけることで、その最大の武器たる《咆哮魔術》を封じながら――不意に、あることに気づいた。


(《キュマイラ・Ⅳ》の攻撃が、ぬるい……?)


 怪訝に、疑問符を浮かべながら。

 しかし、シドはすぐにその理由を直感する。


 《宝物庫を護る巨人スプリガン》――『クロのおむこさん』。

 本来であれば『ひと』として護るべき存在、その彼女に寄り添う巨人に対し、『キュマイラ・Ⅳ》はその全力を振るいかねているのではないか。


 ――力ずくの排除を、躊躇っているのではないか。


 もしもこれが、その可能性を打ち出された状況だとしたならば。

 すべてを理解したうえで、彼女が選択した状況だというのなら。


(クロ……そういうこと、なのか……?)


 ――遅れながらに、その事実へ思い至る。ようやく。


 シド達の側に立つ、《宝物庫を護る巨人スプリガン》の存在とは――そう、そういうこと。


 彼女クロは、シド達とは違う。

 


 彼女は、この《箱舟アーク》の側に立つ存在だった。本来ならば《キュマイラ・Ⅳ》は、彼女にとって『味方』であるはずの存在だった。現に第四層で《キュマイラ・Ⅳ》との戦闘が繰広がれている間、彼女はその戦いに、一切の干渉をせずにいた――他ならぬ自分シドが、竜頭の顎に噛み裂かれた、あの時までは。


「クロ……」


 その彼女が――こうして、事ここに至って、シド達へとその手を差し伸べてくれるまでの間に。

 一体どれほどの葛藤と、決断があっただろう。彼女の中で、これまで。


(――ごめん)


 きつく奥歯を噛んで。心の中でだけ、シドは面を伏せて詫びる。


 すまない。

 本当に、すまない。

 こうして差し伸べられた手に安堵しながら、けれどシドはかの女に対して、これ以上の詫びる言葉さえ浮かばない。


 こんな、『人類』の戦いに――《真人かのじょ》を、巻き込んでしまったことに。

 自分シドはただただ悔恨の重さに潰されぬよう、歯を食いしばりながら、立ち続けることしかできずにいる。

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