100.《キュマイラ・Ⅳ》再始動!! 最強魔獣 VS おひとよしおっさん冒険者、ふたたび!!!【中編】


 その日、その冒険者パーティは、《箱舟アーク》の第三層にいた。


 第三層を探索し、各所に再設置リポップされた財宝を確保してほくほくだったはずの彼らは目下、一転して冒険者人生最大の窮地に陥っていた。


「へっへっへ、そう怯えた顔すんなよひよっこども。何も俺達だって、お前らみたいな若造どもから命まで取ろうなんて、無情なことは言わねぇさ」


 彼らと対峙するもう一方の冒険者パーティ――そのリーダーらしき男は、その骨ばった顔に脂下やにさがった笑みを浮かべながら、わざとらしくうそぶいた。


「ただ――今日お前らが第三層ここで集めた財宝、ここで置いていきなってだけさ。そうすりゃこの場は見逃してやる。もちろん、お前ら全員をなあ?」


 嘲り笑う調子で言い、男はわざとらしく『全員』を強調する。


「で――今日のお前らはみぃんな無事に馴染みの宿まで帰って、悔し涙に部屋の枕を濡らせるってぇ訳だ。どうだい、悪い話じゃねえだろう?」


 リーダーの物言いに、彼の周りの冒険者がどっと笑った。


 ――いにしえより長く踏破されずに残ったダンジョンでは、時としてこうした冒険者パーティに出くわすことがある。

 自力での迷宮探索と踏破を諦め、同じ迷宮を探索する他の冒険者から財布を奪うのを、その生業なりわいとするようになった手合いだ。


 冒険者の風上にもおけない、見下げ果てた連中だ。

 だが、悔しいことに自分達のパーティを囲んでいるならず者どもは、どれも自分達より格上の冒険者だ――少なくとも、その身につけた紋章バッジ階位クラスを、あてにする限りにおいては。


 男ばかりの六人パーティ。

 冒険者というより野盗と言った方がしっくりくる風体をした集団だったが、リーダーを含む二人が金階位ゴールド・クラス、残りの四人も水銀階位マーキュリー

 一端の冒険者を名乗れるようになって間もないテオ達のパーティと比べれば、明らかに格上の冒険者パーティだ。


「ねえ……テオ、どうすんの……?」


「どうって……」


 小人ハーフリングのチェルシーがひそひそ声で呼びかけてくるのに、パーティのリーダーである人間の青年テオは、苦しげな面持ちで呻く。


「……迷うことないわよ、テオ。こんなやつらの紋章バッジ、どうせハッタリに決まってるんだから」


「落ち着くんだジルーシャ、早まっちゃだめだ」


「じゃあ、どうすんのよ。せっかく苦労して手に入れた《真人》遺跡の財宝、こんなやつらにむざむざ渡してやろうっての……!?」


 テオと並ぶ前衛である少女、ジルーシャが憤然と顔を赤くして唸るのに、テオはいっそう渋面を深くする。


カァネがねえならよぉ! パーティのオンナァ置いてってくれてもいいんだぜェー!?」


 そんな彼らの、小声でのやり取りを囲んでいた、もう一方の冒険者パーティから。

 げひゃげひゃとせせら笑う調子ではやしたてる、ヤジが飛び始めた。


「そうそう! オレ達ゃ御覧の通り、男ばーっかのパーティだからよぉ!」


「毎日が女日照りってやつさぁ! ぎゃはははは!!」


 ――そして。

 テオの判断を迷わせていたのは、まさしくその一点だった。


 テオのパーティは、男三人女三人の男女混合パーティだ。

 今の時点で諦めて財宝を渡せば、自分達は約束通り、全員無事に帰してもらえるかもしれない。


 手頃なところへ財宝を集めてくれる『カモ』は、冒険者の財布を狙って日銭を稼ぐ彼らにとっても、いるに越したことはないからだ。財宝を奪ったうえで『放流』してやれば、また別の機会に、財布を分捕る機会が巡ってくるかもしれない。


 故に――この場においては、どうとでも対処可能な格下と侮られていることこそが、むしろテオ達の安全を担保してすらいたかもしれなかった。


 だが、仮にこの場で立ち向かい、さらに敗れたとなればどうか。


 事は間違いなく、それだけでは済まなくなる。


 財宝どころか装備や荷物の類まで剥がれた挙句、男はその場で皆殺し、女は慰みものとして連れ去られる――そんな、最悪の事態にまで発展しかねない。


 というより、ほぼ間違いなくそうなる。

 一様に下卑た男達の顔つきを見ていれば、そのおぞましい未来予想図は容易に察せられるものだった。


 いつまでも返答のないテオ達に何を思ったか。

 リーダーの男が脂下がった笑みを消して、「フン」とつまらなげに鼻を鳴らした。


「さぁて、どうするね? 坊ちゃん嬢ちゃんよ。生憎と俺達もヒマじゃないもんでねぇ。財宝を寄越すなら寄越す、嫌なら嫌でとっとと――」


 ――その時だった。


 彼らの後方で、


 そして、崩落する鉄や石と共に巨大な魔獣の身体が落下し、広場を囲む家並みの一角を叩き壊したのだった。


「うおっ、ととと!?」


「な……何だぁ!?」


 突然のことに、ぎょっとして後ろを振り返る、ならず者の冒険者達。比較的後方にいた冒険者の中には飛散した瓦礫の破片や舞い上がった埃をもろに浴びそうになり、慌てて頭を抱えて逃げる者もいた。


 埃を巻き上げる瓦礫の山となった家並みを鋭く警戒したリーダーは――だが、テオ達の存在を失念することもしなかった。「ちっ」と鋭く舌打ちしながらテオ達へと視界を戻して、同時に手を振って周りの仲間に指示を出す。


「おい、お前らちょっと後ろ見てこい」


「え……お、オレ達がっすかぁ?」


「そォだよ。坊ちゃん嬢ちゃんどもは俺とこっちのこいつらで見てっから。てめえら二人は、上から何が落ちてきたか確認しろって言ってんだ」


 向かって右手側にいた二人に、瓦礫に埋まった魔獣を確認に行かせる。

 指示を与えられた二人は、目に見えて気が進まない様子だったが――それでもリーダーの指示には逆らえないのか、しぶしぶといった足取りで瓦礫へと近づいていく。


「よせ!」


 その時。

 空の割れ目――ほんの十数メートルほどの高さに開いた穴から、鋭い警告が降った。


「逃げるんだ、早く――そいつに近づいちゃ駄目だ!!」


「何ぃ……?」


 リーダーが眉をひそめる。


 そして――結果から言えば、警告は、遅きに失した。


 瓦礫を跳ね飛ばしながら、魔獣の巨体が身を起こした。

 その時、最も近づいていた追い剥ぎ冒険者の一人は――不運なことに、既にその爪が届く距離にまで、接近してしまっていた。


「ひ――」


 それ以上の悲鳴を上げる間もなく。

 魔獣が横薙ぎに振るった、丸太のような剛腕が。


 不運な追い剥ぎ冒険者の首を、一撃のもとに跳ね飛ばしていた。

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