101.《キュマイラ・Ⅳ》再始動!! 最強魔獣 VS おひとよしおっさん冒険者、ふたたび!!!【後編】


 鞠のように、ぽーん――と。

 首がひとつ、飛んだ。


 追い剥ぎ冒険者の首が大きく宙を舞う、その間に。邪魔っけとばかりに瓦礫を撥ね散らし、まとわりつく埃を払うようにぶるりと大きく身体を振って。

 瓦礫の中からその姿を現した、魔獣の巨躯に――その場にいた冒険者すべてが息を呑み、凍り付いたように立ち尽くした。


「何だぁ、こいつは……!」


 呻く男たちの目の前で。

 焼け焦げて肉が覗く皮膚が。割れたザクロのように抉られた竜の頭が。傷口の焼け爛れた胴体の大穴が――悪夢のようなスピードで、みるみるうちに再生していった。

 時間にして、僅かに数十秒。その様を呆然と見守るしかできずにいた冒険者達の前へ、はその姿を現した。


 いにしえの叙事詩サーガにうたわれる、まさしくそのもの姿――それに気づいた冒険者の一人が、「ひっ」と潰れた悲鳴を上げた。


「き、っ……幻想獣キュマイラだあぁっ!」


 その一人――魔術士の男が喚いた。


「ままま、間違いねぇ! こいつは幻想獣キュマイラだ! あの伝説のっ、オルランドの叙事詩サーガのっ……!!」


「馬鹿野郎! たわけたこと抜かしてんじゃねえぞ!!」


 恐慌寸前の叫びに仲間達に動揺が広がるのを見て取り、リーダーは舌打ちしながら叱責する。


「んなもんは、五百年も前の伝説じゃねえか! ちょっと見た目が似てるくれえで取り乱しやがって――」


 腰の得物を抜剣しながら放ったその言葉を、男は最後まで言い切ることはできなかった。


 幻想獣キュマイラの備えた三つの首のひとつ――獅子頭が雄叫びを上げた瞬間、リーダーの怒声は風の前の蝋燭のようにかき消され。残る仲間達は完全な、恐慌状態に陥ってしまったからである。


「生きてたんだ! 伝説の幻想獣キュマイラが、生きてたんだあぁっ!」


「逃げろぉ! オレ達なんかでかなう訳がねぇっ!!」


「お、おい! お前ら!?」


 壊走するパーティ。

 その背中を、《幻想獣キュマイラ》は逃さなかった。



『オオオォォォォォ―――――――――――――――ッ!!!』



 獅子の頭が咆哮する。

 中空より降った電撃が二人を炭へと変え、山羊頭の口が噴いた煙のような吐息ブレスに触れた一人は悲鳴を上げながら石へと変わった。


 逃げる最中に石へと変えられ、つんのめるようにして倒れた仲間の身体が脆くも砕けたその時には、一番遠くまで逃げていた――真っ先に《幻想獣キュマイラ》だと叫んだ魔術士だ――男の背中へ向かって、魔獣の尾として生えた大蛇が、その鎌首をもたげていた。


 ――ごうっ!


 炎の吐息ブレス

 いっぱいに開いたそのあぎとから伸びた火閃が、逃げる魔術士の背中を猟犬のように追う。

 そして、


「ひっ――しょ、《障壁》よ・護れ――!」


 破れかぶれで展開した魔術障壁を、火閃は紙の盾を破るように貫通する。

 直撃した炎の吐息ブレスが、魔術士の身体を薪のように燃え上がらせた。



「ぃギャアアアアアア―――――――――――――アアァ!!!」



 燃える人型の松明と化して、最後の仲間が断末魔の絶叫を上げる。

 そして、四人の仲間が次々と屠られてゆく中、何もできずに立ち尽くしていたリーダーは、


「……何だよ、おい」


 瞬く間の、全滅。

 男はそのどうしようもない事実を前に、何もできずに立ち尽くし――そう呻いたのを最後に、



 眼前までその首を伸ばした竜頭の顎に、その頭を食いちぎられていた。




 ならず者の追い剥ぎパーティが、瞬く間に全滅し。

 そして、テオ達六人のパーティは、最前をさらに凌駕する窮地の真っ只中に取り残されていた。


 他の冒険者の財布を狙う野盗に堕ちたとはいえ、金階位ゴールド・クラスを含む六名の冒険者。

 その冒険者達を、瞬く間に鏖殺おうさつした魔獣――英雄オルランドの叙事詩サーガに語られる《幻想獣キュマイラ》そのものの姿をした、真実、かの伝説にうたわれる魔獣やもしれぬそれが今、彼らの目の前にいるのだ。


 ――勝てる訳がない。


 抵抗すら、どれほどの意味があるだろう。

 それでも――せめて仲間だけは一人でも多く逃がさんと、テオがなけなしの勇気を振り絞って腰の剣に手をかけた。

 その時、



「でええぇぁああああああああああ――――――――――――っ!!!」



 一人の戦士が幻想獣キュマイラの巨体へと飛び降り、両手剣ツヴァイハンダーの切っ先をその背に突き立てた。


 シドだ。

 落下の加速を加えた渾身の一撃だったにも関わらず、その刀身は僅かに皮膚と肉を裂いただけで、ほとんど刺さりもしなかった。


 だが、それで十分だった。

 竜頭と山羊頭、尾の大蛇が、ぐるりと首をねじり、その注意をシドに向けたからだ。


 視線は周囲の脅威へと振り向けながら。

 幻想獣の正面で固まっている若い冒険者達へ向けて、


「逃げるんだ!」


 シドは叫ぶ。背中の邪魔者を振り落とさんと身をよじる《幻想獣》の背に、突き立てた剣を支えにしがみつきながら。


「早く! 俺が、こいつの注意を引いてる間に……!」


「で、ですがっ……!」


 若い冒険者――その一番前にいた戦士らしき少年が、狼狽の呻きを上げる。


「あなたはどうするんです!? 置いていけ、と……!?」


「そうだ! 俺のことはいいから!」


 この状況においてなお、助けに入った他人を咄嗟に見捨てられないその心意気は眩しいものだったが。なればこそ、そんな気高き若人を、こんな戦いに巻き込んでしまう訳にはいかない。


 ましてやシドは、第四層から見下ろした第三層の光景に目を奪われ――愚かにも思索へと意識を沈ませ、完全に呆けてしまっていたその間に、《キュマイラ・Ⅳ》に接近を許した冒険者達を、むざむざと死なせてしまった。その後なのだ。


 ――これ以上、誰一人殺させるわけにはいかない。

 自分達の戦いの巻き添えで、無関係の誰かを死なせてなどなるものか!


 だが――


(くそ、っ……!)


 彼らは、完全に足がすくんでしまっている。

 目の前の人間を見捨てて逃げることへの躊躇いと、目の前で荒れ狂う《幻想獣キュマイラ》の恐ろしさが相俟って、彼らの脚を縛り、縫い留めてしまっている。


「早く、逃げてくれ! お願いだから――!」


 ――その時。

 ごぅっ!――と荒れ狂う風鳴かざなりと共に。何処からともなく、目の前を覆いつくすほどの『砂』が舞い上がった。

 砂嵐に宿る精霊の気配――これは、魔術の砂嵐だ。


(フィオレか――!)


 状況を見切り、残り少ない魔力で援護を飛ばしてくれた森妖精エルフの少女に、シドは心の中でめいっぱいの感謝を贈る。

 今や幻想獣キュマイラから彼らの姿は捉えられず、彼らもまた幻想獣キュマイラの姿を見失っているはずだ。


「今のうちだ! 建物を目隠しにしながら走れ、少しでも遠くへ!」


 シドは声を枯らして叫ぶ。駄目押しとばかりに、思いつくまま言葉を繋ぐ。


「この状況を他の冒険者に――《連盟》に報せてくれ! きみ達が見たものを! それで外から援軍が来てくれれば、それだけこちらも安全になる!!」


「わ……わかりました、っ……!」


 ようやく、砂嵐が作る目隠しの向こうから、その答えが返ってきた。

 行こう、と呼びかけあって駆け出す足音。風鳴りに混じるその足音が急速に遠ざかってゆくのを聞きながら、シドの胸はひとつ安堵を覚えて暖かくなる。


 ――だが、まだだ。

 まだ、ここからだ。


 やらなければならないことは、まだいくらでもあるのだから。


「フィオレ!」


 《幻想獣》は振り落とすのを諦め、大蛇と竜頭の首を伸ばしてシドを狙う。カッと大きくそのあぎとを開いて襲いくる二つの頭、その軌道から、身をよじって紙一重で逃れながら。

 シドは頭上を仰ぎ、空の穴からこちらを見下ろすフィオレへと呼びかける。


「こいつは俺がどうにかして時間を稼ぐ! だから、その間に――こいつを倒す手立てを!」


 ――いや。そうではない。

 倒せなくてもいい。この脅威を、退それでいい。


「こいつを、何とかする手段を――見つけ出してくれ! 頼んだよ!!」


 砂嵐の魔術が解け、風が止む。


 軌道を変えて再び襲い来る竜頭と大蛇から、今度は跳躍して身を躱し。

 シドは《幻想獣キュマイラ》と向かい合い、剣を手に真っ向から魔獣と対峙する。


「――来い!」


 威嚇の咆哮を上げて、《幻想獣キュマイラ》が地を蹴った。

 跳躍して躍りかかるその前腕を躱しながら、シドはその巨体へ向けて、長大な両手剣ツヴァイハンダーを叩きつけた。

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