102.勝利の糸口を掴め! いざ、《キュマイラ・Ⅳ》迎撃大作戦!!!①


 ――ここまでの戦いで、シドには分かったことがいくつかある。

 今この時、自分が相対する幻想獣キュマイラ――《キュマイラ・Ⅳ》に関することだ。


 そも、幻想獣キュマイラとは何であるか。

 広く人口に膾炙かいしゃするところを言うなれば、それははるかいにしえの時代――《真人》達の時代を今に伝える、おとぎ話の中に語られるものだろう。


 おとぎ話の物語の中で、《真人》達は自らが造り上げたダンジョンの素晴らしさを競い合う。その場面に、こんな台詞があるのだ。



『いいえいいえ、私のダンジョンこそが素晴らしい! 他にはいない珍しい魔物がたくさんいるわ! 中でも一番強い魔物は、そう!――! ――!』



 ――その、いにしえを伝えるおとぎ話の魔獣そのものの姿をした魔物が、はじめて人類の歴史おけるとなったのは、今から百数十年前。

 《大陸》の東に広がる《多島海アースシー》――その辺境にぽつんと浮かぶ島ひとつを占有して広がる、《真人》種族のダンジョンであったという。


 《多島海アースシー》において当代一とうたわれた、さる冒険者パーティがこのダンジョンへ挑んだ際、その深奥において相対したのが《幻想獣キュマイラ》――獅子と山羊と竜の頭を生やし、巨大な獅子の身体に蛇の姿の尾を生やす、恐るべき魔獣であった。


 当代一の冒険者達は、見事おとぎ話の魔獣を打ち倒し、遺跡の最深部に遺された、はるかなるいにしえの記録を持ち帰ることに成功した。


 やがて、時を経て古代語の研究が進み、どうにか解読された記録の遺すところによれば、こうだ。


 《貴種ノーブル》の一柱ひとりなる女帝、カルヴィーナが世に送り出したる七の《幻想獣》。



 ――『原初』たるキュマイラ・Ⅰ

 ――『絶大』たるキュマイラ・Ⅱ

 ――『幻想』たるキュマイラ・Ⅲ

 ――『最強』たるキュマイラ・Ⅳ

 ――『絶影』たるキュマイラ・Ⅴ

 ――『無限』たるキュマイラ・Ⅵ

 ――『至高』たるキュマイラ・Ⅶ



 《貴種ノーブル》カルヴィーナは、他の同胞たちと共に『世界の果ての向こう側』へと渡るとき、この世界における最後の思い出にとその羽を休めた《多島海アースシー》の大地へ、己が研鑽の『原初』たる《キュマイラ・Ⅰ》のみを伴ったという。


 残る六基のキュマイラが世界のいずこに眠っているのか。今なお生き続けているのか。それは定かでない。

 伝説の《幻想獣キュマイラ》であるとされた、英雄オルランドの最後の敵手たる強大な魔獣が、残る六基のいずれであったのか。それも定かではなかった。

 だが――


(だが、それは本当のことだった! 英雄オルランドの叙事詩サーガにおいて、オルランドがその戦いの人生の最期に相対した魔獣――伝説の幻想獣キュマイラ、《キュマイラ・Ⅳ》!)


 クロのことばを信じるならば、眼前の魔獣は『最強』たる《キュマイラ・Ⅳ》。

 おそらくは五百年前の戦いにおいてオルランドと相対した、最強の魔獣。


 振るわれる爪を、至近を掠める牙をいなしながら。シドは《キュマイラ・Ⅳ》の周囲をまとわりつくように駆けまわる。


 そのシドが最前まで立っていた位置を雷撃が撃ち、あるいは獅子の頭が放つ吐息ブレスが薙ぎ払う。


 迂闊に足を止めれば電光に撃たれ、あるいは炎に焼かれる。

 あるいは石化の吐息ブレスに呑まれ、あるいは重力場に捕らわれて身動きすらままならなくされてしまうかもしれない。


(だが……それでも、やれる。食い下がれる)


 ――なぜならば。


 第四層での戦いの際、高重力の力場でもって、リアルド教師と魔術士ウィンダムによる二重の魔術構成を圧壊させた場面を見たことで、シドはほぼ確信していた。

 《キュマイラ・Ⅳ》が操るこれらの性質は、あくまでのそれなのだ。


 たとえば、電撃。

 これが通常のかみなりならば、大気中を奔るその軌道は安定せず、また、より『背の高い』対象へと誘引され、軌道が逸れるといった事態も起こる。

 だが、《キュマイラ・Ⅳ》の電撃はそうではない。あれは電撃ではあるが、あくまで『魔術』によって形成されたものなのだ。ゆえに、その軌道は雷そのものの性質ではなく、魔術構成に沿って形成される。


 たとえば、炎。

 通常、炎は『重さ』を持たない。炎とは、何らかの可燃物が燃える際に発生する、光と熱によって構成される『現象』だ。

 ゆえに、ただの炎であれば、魔術障壁が貫かれることなどあり得ない。

 だが、キュマイラⅣの吐息ブレスによる火閃は、フィオレが張った水の障壁を蒸発させたのみならず、魔術士が張った魔術障壁を瞬時に貫通することすらしてみせた。


 それは『炎の性質』ではない。『炎の属性を帯びた魔術構成』であるがゆえに、魔術の障壁を貫く破壊力を持たされていたのだ。


 それらの事実は脅威ではあるが、同時に弱点でもある。

 何故なら《キュマイラ・Ⅳ》のそれは、炎も電撃も、魔術構成によってからだ。


 ゆえに、その軌道は見切ることが叶う。


 至極――読み易い。


「――つぁっ!」


 側面へ回り込み、肋骨の隙間を縫うようにして斬り上げる。

 浅いが、確実に斬れる。そして反応を見る限り――この斬撃が、《キュマイラ・Ⅳ》を弱らせることはないとしても――痛みを与えることはできている。

 しつこくつきまとって痛みを与えてくる羽虫を無視できる人間が、果たしてこの世にどれほどいるだろう。《キュマイラ・Ⅳ》もそれは同じだ。


 痛みは《キュマイラ・Ⅳ》の意識を、シドへと向けさせる。

 そうして、魔獣の意識を向けさせ続けることはできる。


 竜頭の首が、ぐんと伸びた。

 上方へ向けて長く伸びた首は、さながら鉈を振り下ろすようにして、広場を囲む家の一軒を打ち砕いた。

 その首が、ぐぅっ――と、本体の側へ戻ってくる。

 シャベルで土を寄せるように、その首で、瓦礫を弾き飛ばしながら――!


「うぇっ!?――ぅ、おおおおぉっ!」


 シドは横っ飛びに跳んで転がり、弾丸のように飛んでくる瓦礫の射界から逃れた。高速で飛んだ瓦礫はその悉くがキュマイラ・Ⅳ本体の胴に当たり、獅子頭が怒りの雄たけびを上げる。


「あっぶ、な……!」


 結果だけ見れば間抜けな光景かもしれないが、シドからすればまったく笑えない。

 あの瓦礫の破片、そのどれかひとつでも体に直撃していたら、シドはまともに動けなくなっていたはずだ。

 そうなれば、あとは煮るなり焼くなり――キュマイラ・Ⅳの好きに料理されるだけの未来が待っていたのは疑いない。


 転がって立ち上がり、靴底で地を蹴って吶喊するそのすぐ後ろに、雷撃の槍が次々と落ちる。


 走るシドの側面から、竜の首がその牙を剥き出しにして迫る。


「るぅうああああああああああああっ!!」


 その、眉間に。

 直上から落下した黒い影が――黒檀の鱗の水竜人ハイドラフォークが、その両手に備えた長大な手甲を叩きつけた。


 竜人の巨躯と手甲の硬度、落下の速度を乗せた一撃はさすがに強烈で、眉間を打たれた竜頭はなす術なく地面に激突し、石畳を顎で削り飛ばしながら地に沈む。


「ラズカイエン……!?」


「貴様は呼吸を整えろ、人間サルどもの戦士。その間は、このオレがたせておいてやる!」


 新たに乱入した水竜人ハイドラフォークの戦士へ、山羊頭が威嚇のいななきを上げる。ばちばちとその角に電撃を宿し始めた山羊頭へ向けて、ラズカイエンが吼える。


「しゃらくさいわ、魔獣ケダモノごときが!!」


 その口から、炎が奔る。

 不意打ちの炎熱を吸ってしまった山羊頭は、喉を焼かれた痛みに身もだえする。


「はは……」


 ――やはり、強い。


 《ウォーターフォウル》号の船上ではじめて相対した時から感じてはいたが、ラズカイエンと――そして、隊を率いていたイクスリュードの二人は、水竜人ハイドラフォークの戦士達の中でも抜きんでた手練れだった。


 そして、その時になって。

 呼吸が完全に乱れ、心臓が煩く早鐘を打つ己の身体に、シドはようやく自覚が及んだ。


 ――呼吸を乱し、疲労に喘いでいた。知らず知らずのうちに。

 あのまま戦い続ければ余計な体力を消耗し続け、やがては魔獣のあぎとにかかっていただろう。


「駄目だなぁ、俺は……まったく」



 ――武器は通らない。

 ――魔術も通用しない。



 防ぎ、躱し、持ちこたえても、やがては体力が尽きて膝を屈することになる。


 だが――何かはあるはずだ。何かが。


 この、如何ともしがたい状況を覆す――何かが。どこかに。


(時間を稼ぐんだ。フィオレ達が……その何かを、見つけてくれるまでは……)


 強く、剣を握りなおす。顔を上げて、敵と相対する。


 きっと、みんなが何かを見つけてくれる。シドは信じた。



 その確信だけが、シドの戦いを――ぎりぎりのところで、支えていた。


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