98.今、明らかとなる《キュマイラ・Ⅳ》の真の力!! 『最強』の称号は伊達ではない――けど、そうなるとこれ、俺達は一体どうしたらいいんでしょうか……!?


「もう一度言います。《キュマイラ・Ⅳ》は


 凍り付いた沈黙の中。クロは繰り返す。


「あれがどれほど強い魔法であろうと、死にません。である以上、あのふたつの魔術がどれほど強くおそるべき魔法であろうと――最終的にその意味を結実させることはないのです。無意味になります」


 そのことばが意味するところを、正しく理解できないもどかしさに唸りながら――しかし同時に、シドは目の前の状況のおかしさを理解しはじめていた。


 雷光の檻の中で焼かれ、身を穿つ石槌の帯びる灼熱で身の内から燃える幻想獣キュマイラ


 その断末魔の咆哮が、ということに。


 その奇怪な事実に、もっとも近くで相対するリアルド教師とウィンダムの二人――その表情が、厳しく強張りはじめていることに。


「繰り返します。《キュマイラ・Ⅳ》は死にません。。傷はつきますが、それは程なく再生し、なかったことになります。そうなれば、後には痛痒さえ残りません。

 今はあの溶岩と電撃が《キュマイラ・Ⅳ》を傷つけ、抑えつづけていますが――それは、いつまで続けられるものですか?」


 詠唱魔術の効果は、永遠のものではない。

 どれほど持続強化を施しても、その構成はって数分。それ以上の効果を持続させようとすれば再詠唱が必要となり――おそらく、リアルド教師にもウィンダムにも、同等の術式を再構成しうる余力はない。何せ、ものが最高峰の極大魔術だ。


「魔法が終われば、それまでです。傷は癒え、痛みも疲労も煙のように消え失せる――そうして、後には無傷で万全の《キュマイラ・Ⅳ》と、切り札を切ってくたびれたあなた達が残る。そういうふうになるのです」


 いいえ、と。クロは力なく含み笑う。

 幼げな少女が浮かべるにはあまりに乾いた――それは現実と己の情動との間に鋼のような断絶を敷いた、突き放す者の浮かべる笑みだった。


「なにより、今の《キュマイラ・Ⅳ》は経済駆動――もっとも消耗を抑えたです。その状態で行使可能なスキルのみでもって対処しようと試みた結果が、今なのでしょうが――それではどうあっても拮抗されてしまうとなれば、そろそろあちらも、別の札を切ってくるころなのです」


 まるで、その声を予言としたかのように。


 幻想獣キュマイラが咆哮する。

 そして、その瞬間――魔獣の周囲で、突如として空間が


 びしりと鋭い音を立て、第四層の床面が割れた。


 その、最初の決壊を皮切りに――《キュマイラ・Ⅳ》のを中心とした半径十数メートルほどの一帯が、みしみしと音を立ててひび割れ、砕けはじめていた。


「何だ、あれは……!」


 シドは慄然と呻く。

 最前の、気流の吐息ブレスなどではない。


 幻想獣キュマイラを中心に展開されたそれは、周囲の空間そのものが歪んで見えるほどの――《真人》の文明が生み出した《箱舟アーク》の構造物を圧壊せしめるほどの、強烈なの展開だった。


「――


 クロが答えた。


「クラスセブンのスキルツリー――言うなれば、かの魔獣へ生得的に刻み込まれた魔術構成。《咆哮魔術》として設定されたうちの、ひとつです」


 《キュマイラ・Ⅳ》をその中心として、クレーターのように、『ずずん』と第四層の床が沈む。


 幻想獣キュマイラを穿つ熔けた岩槌が。

 幻想獣キュマイラを囲む雷光の檻が。


 凄まじいまでの力場によって床面もろとも圧し潰され、崩壊を始めていた。


 食い入るようにその様を凝視しながら、フィオレが青褪め、震えていた。

 目の前の現象ではなく、魔術構成をた瞬間に、シドもまたその理由を理解する。


 幻想獣キュマイラが展開する『力場』の構成に圧し潰され、溶けた飴細工のようにひしゃげてゆく、二重の魔術構成。

 魔術として、少なくともシドの知り得る限りにおいて、紛れもなく最高峰のいただきにある威力と強度の魔術構成が――今やなす術なくひしゃげてねじ曲がり、無惨にも潰れゆこうとしていた。


「これは、すごいことなのですよ。《キュマイラ・Ⅳ》がこの魔術スキルを実戦で、しかも己が身を守るために行使を決断したのは、これが初めてみたいです」


 クロのことばは、賞賛だった。

 それは、悼むものの賞賛だった。


「ましてや、この《箱舟アーク》の中でだなんて――ふつうなら、ぜったいにあり得なかったはずのことです。あなた達はほんとうにがんばった。とても強いひとたちなのです」


 ――けれど、


「けれど、それは――ただ、それだけのこと。とても残念だけど、ほんとうにでしか、ないのです」


 限界までひしゃげた魔術構成が、遂に砕け散った。


 二重に張られた魔術構成の崩壊によって、構成に残存していた魔力が行き場を失い、炸裂する。


 その魔力衝撃は、《幻想獣キュマイラ》の展開していた『力場』と共に、クレーターと化していた一帯の床面を圧し、砕き――遂には幻想獣キュマイラを諸共に、下層へ向けて崩落していった。

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