96.決死の戦い! 伝説の魔獣《キュマイラ・Ⅳ》 対 おっさん冒険者&最強冒険者パーティ!!!!⑥


 魔獣の断末魔が、すべてを圧し、轟いていた。


 灼熱の石槌でもって潰し穿ち、身の外と内からその熱で一片の肉も残さず焼き焦がす《煉獄槌》。


 雷光の鳥籠に標的を捕え、その檻のうちを縦横無尽に走る電撃で以て標的を討ち滅ぼす《雷皇檻》。


 そのいずれも、詠唱魔術における最高峰のひとつ。

 術者とその構成強度次第では、老竜エルダーすら一撃のもとに焼き滅ぼすとされる、極大の絶技である。


 まばゆいばかりの雷光が形作る檻の中、溶岩の槌に貫かれた幻想獣キュマイラの巨体が燃え上がっている。檻の中には空気を焼いてばちばちと爆ぜる稲光が乱れ飛び、そのうちに捉えた魔獣の目を潰し、口腔を焦がし、毛皮と鱗を真っ黒の消し炭へと変えてゆく。

 雷光の檻の中、その総身を燃え盛る篝火と化した魔獣が上げる断末魔の咆哮が――のたうち暴れる巨躯が床を打つ重音と重なり、第四層の空気そのものを震わせていた。


「すげ……」


 のろのろと体を起こしながら、ロキオムが青ざめた顔で呻く。


「確かにな……こいつはたまげた。《白金階位プラチナ・クラス》の魔術士ってのは、これほどのシロモノか」


 そう、皮肉げにうそぶくユーグの声にすら、呆れにも似た驚嘆と戦慄の気配が滲んでいた。


 シドも、ごくりと重たい唾を呑んでいた。おそらく今の自分は、口の端を強張らせたユーグと似たような顔をしているのだろうと――頭のどこか、ひどく冷めた部分で自覚していた。


 だが、長くそうして呆けていた訳ではなかった。

 ラズカイエンが、がくりと膝をついたからである。


「――ラズカイエン!?」


「動かないで! 今すぐ手当を――」


「寄るなぁっ!!」


 我に返り、とっさに駆け寄りかけたシドとフィオレを、当のラズカイエンが激しく一喝する。


「……今のオレへ迂闊に触れれば、その手の皮、べろりとずる剥けに焼けただれるぞ。臆病な人間サル人間サルらしく、そこで鼠のように引っ込んでいろ……」


 黒檀のような鱗は、炎を受け止めた部分が熔けた鉄のように赤く赤熱し、焼けていた。その痛ましい有様に、シドは呻く。


「ラズカイエン――」


「大人しく座っていろと言った。……水竜人ハイドラフォークの戦士は、この程度で死にはせん」


「そうじゃない。そういう――いや、それだけのことを言いたいんじゃなくて」


 忌々しげに唸るラズカイエンへ、シドはもどかしげに問う。


「どうして助けてくれたんだ。きみが、俺達を」


 ――結果から言えば、《軌道猟兵団》はラズカイエンが身を置く水竜人ハイドラフォークの部族から秘宝たる《箱》と《鍵》を奪った盗人であり、シド自身も知らぬ間にとはいえ、その片棒を担いだだ。

 それでなくともラズカイエンは、人間をサルと嘲り、軽蔑しきっていたはずである。

 それが、どうしてその『人間』を庇って、


「……命の借りは命で返す。戦士のおきてだ」


「掟……?」


 唸るように告げるラズカイエンの言葉に、呆けた疑問の呻きを零すシド。

 その理解の遅さに苛立ったように、ラズカイエンは舌打ちした。


「貴様の介入に命を救われたのが分からんほど、このオレとて阿呆あほうではない。ましてそちらの女からは、怪我の手当まで施された後だ」


 ラズカイエンは言う。


「オレは戦士だ。貴様ら人間サルどものような軽薄とは、違う――水竜人ハイドラフォークの誇り高き戦士だ。故に戦士の誇り高きに倣い、貴様らのような人間サル相手であろうと、施しには戦士の礼を以て尽くす。そこに、その信念に、何かおかしなことがあるか」


「――いや」


 シドはゆっくりと、かぶりを振った。


「ありがとう。お礼を言わせてほしい――おかげで俺達は、こうして命を拾った」


「………………」


 礼を返されたのが、そこまで意外だったか。わずかの間呆けていたラズカイエンは、我に返るなりふいと視線を背け、忌々しげな舌打ちを繰り返したようだった。


「それに、さっきはロキオムにも助けられたね。ありがとう」


「は!?」


 唐突に話を振られ、それまで呆けていたロキオムがぎょっと竦んだ。


「お礼を言うのが遅れてしまって、すまない。あの時きみに助けてもらえなかったら、俺はあの竜頭に食われて死んでるとこだった」


「なっ、ば……ざ、ざっけんなよテメェ! おおお、オレはてめえに、借りを返してやっただけだっ!!」


「借り?」


 礼を言っただけのつもりが思いがけず反発を暗い、きょとんと眼を瞬かせるシド。

 呆気に取られてきょとんとしてしまった理由の半ばは、とっさに思い当たる節がなかったせいでもあったが――程なく、竜頭の前から突き飛ばして退かせたことを言っているのだろうかと、遅まきながらに思い至る。


「てめえみたいなクソぼんやりしたオッサンなんぞに恩人ヅラされんのはなぁ、まっぴらなんだよ、こちとら! さっき助けてやった分で貸し借りナシになってんだから、このオレに向かってでかいツラすんじゃねえぞ! わかったな!?」


 肩をいからせて声を荒げる様は、なにやら血気盛んな若者めいていて、すっかりくすぶってしまった中年のシドには、それがただただ眩しく、むしろ微笑ましい。


「ああ、もちろんだ。わかってるよ」


 ついつい微笑みの形に緩んでしまいそうになる口元を、ひっそりと結びなおしながら。

 シドは一度だけ、真摯に、深く大きく頷いた。


 ――その時である。


「シド・バレンス」


 楽器を鳴らすような、涼やかな声で。呼びかけながら。

 サイズの合わない外套マントを無理矢理巻き付けたその裾から伸びる素足で、ぺたぺたと床を鳴らしながら。


 その後ろに巨人スプリガンを従えた少女が、シド達のもとへと歩いてきた。


 それは、この戦いが始まる前、《幻想獣キュマイラ》から逃げよと悲痛にシド達へ訴えて。

 そして、ずっとその戦いの渦中から、距離を置き続けていたはずの――


「クロ……」


 呆けたようにその名を呼ぶシドに。

 少女はその花のような唇を、真珠のようにちいさな歯で、きゅっと噛んでいたようだった。

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