95.決死の戦い! 伝説の魔獣《キュマイラ・Ⅳ》 対 おっさん冒険者&最強冒険者パーティ!!!!⑤


水精霊ウンディーネ!」


 迫る炎の吐息ブレスに向けて、フィオレが手をかざす。

 水の幕が障壁となって立ち上がり、奔る吐息ブレスの猛火と激突する。


 じゃあっ――!


 激しい音と共に、一瞬のうちに水蒸気が膨れ上がった。

 竜の吐息ブレスを間一髪食い止めながら――しかし、その時フィオレの美貌に浮かんでいたのは、焦燥と痛恨の表情だった。


 半球状に展開され、シド達全員を覆うように炎の熱から護っている、水の障壁――その一点。竜の吐息ブレスが直撃している正面の水幕すいばくが、凄まじい勢いで蒸発を続けている。


 熱い蒸気が立ち上り、水の障壁の外を真っ白に覆いつくす。

 うっすらと熱を帯びたぬるい風が、ふわりと頬を撫でる。

 その、微かな熱の気配で――シドは、否応なく確信へと至った。


「フィオレ――」


 ――結界を維持する、魔術構成が。

 これまでのフィオレのそれから、明らかに弱くなっている。


「きみ、もうんじゃ……」


「………………っ!」


 きつく歯噛みするフィオレの横顔は、シドの問いに対する明確な回答だった。


 いかなる『魔術』を以て行使しようと、魔法を形作る力の源、その根源は術者自身の魔力――あるいは、その身体に流れる《霊脈》を満たす、霊素の力である。


 他のあらゆる力がそうであるのと同様に、魔力もまた有限のリソースだ。回復を上回る魔力を行使し続ければ、その分だけリソースは擦り減り、やがては尽きる。


 魔術構成を形成するための、のだ。


 前衛として《幻想獣キュマイラ》に相対するシド達を援護するため、フィオレはずっと牽制の魔術を撃ち続けていた。

 リアルド教師とウィンダム――《軌道猟兵団》の魔術士二人が、魔獣の防御を貫き得る大規模術式の詠唱を始めてからは、その二人の分まで。精霊魔術の速度を駆使し、矢継ぎ早に魔術を繰り出し続けていたのだ。


「ごめんなさい……」


 震える声で詫びるフィオレの顔色は蒼白で、青褪めた肌は冷たい汗に濡れていた。


 ――森妖精エルフをはじめとして、妖精種はより『魔法』に近しい種であるとされている。それゆえに森妖精エルフは総じて優れた魔術士であり、人の身からすれば無尽蔵とも思えるほどの魔法を放つことが叶う。


 だが、無尽蔵のものなどこの世にはない。森妖精エルフとて、その回復が消耗に追いつかなければ、体内を巡る『魔法』の総量は擦り減ってゆく。


 その、消耗が――とうとう、限界の底を打ったのだ。


「ごめん、シド。私……障壁が、もう……!」


 ――構成を維持できるだけの魔力が、フィオレの中に残っていない。

 燃料を喪った構成が綻び、炎の吐息ブレスを防いでいた水の障壁が熱に耐えきれなくなり――蒸発しながら、消えてゆく。


「維持……できない……っ!」


 水の精霊が上げる悲鳴のような、激しい音と共に。


 炎の吐息ブレスが形作る火閃が、遂に蒸発した水の障壁を貫いた。



「――るぅおおおおおおぉおおおッ!!」



 ――その時。

 迫る炎熱の前に立ちはだかる、黒い巨影があった。


 左腕の長大な手甲を翳して。引き裂けた結界の裂け目から蛇のようにうねり吹き込む火閃を、その巨影はその身を盾に止めていた。


 結界を貫かれた瞬間、終わりを覚悟して目を瞑っていたフィオレは――自分達の前に立ちはだかるその影の姿に、はっと息を呑んだ。


「あなた――ラズカイエン……!?」


「口を閉じていろ、女ァ! 竜の炎で肺を焼かれたいかッ!!」


 愕然と喘ぐフィオレに。ラズカイエンが、大喝するように吼える。


「忌々しくも、このラズカイエンの血は半分が火竜人サラマンドラフォークよ! この程度のブレスなど、蝶の羽搏はばたきよりもなおぬるいわぁッ――!」


 やせ我慢だ。いくら火竜人サラマンドラフォークの血を引いていようと、だからと言って炎の熱が効いていないはずはない。


 現に、その身を盾として結界の裂け目を塞ぐラズカイエンの、その身体を覆う黒檀のような鱗は――徐々に、だが確実に、禍々しい赤熱の色を帯びて焼け始めているのだ。


 だが、その時。


 怒り狂った目を――片方をロキオムの斧に潰されたその目を剥いて炎を吐き続ける竜の頭が、突如として爆裂に包まれた。

 竜の咆哮はつんざくような激しい悲鳴に代わり、灼熱の吐息ブレスが途絶える。


 ――《軌道猟兵団》の魔術士達が詠唱を続ける、その傍ら。

 一人の男が片膝をついて構えた長銃の先から、細い煙が白くくゆっていた。

 《軌道猟兵団》の冒険者――ネロ・ジェノアスが構えた銃口であった。


 《宝物庫を護る巨人スプリガン》の肉体をも砕く炸裂弾頭を、彼は竜の口へ――炎のブレスを吐き続ける、口の中を狙い打ったのだ。

 弾頭に込めた炸裂魔法が口腔をズダズダに引き裂き、さらにはその傷口を、炸裂にあおられたブレスの炎熱が焼き焦がしたのだった。


 ネロは遊底ボルトを引いて薬莢やっきょうを排出。流れるように次弾を装填し、引き金を引く。

 最初の爆裂で大きくえぐり取られた傷口に、それは過たず直撃する。

 着弾に続いて起動した炸裂魔術がさらに深く傷口を抉り、絶叫がさらにその大きさを増す。


 あまりにも度し難い激痛に、竜頭は激しく悶え狂う。

 その狂乱は他二つの頭――獅子頭と山羊頭へも伝染し、遂にその巨体がずしんと、完全にその膝をついた。


 ――そして。


「――を、もって・此処なるは地獄の顕現なり」


「――は鋼の如きをなし・鳥籠は雷精をはしらす!」


 リアルド教師とウィンダム。

 二人の魔術師が構成した魔術が、遂にその発動へと至った。

 最後まで《幻想獣キュマイラ》へ肉薄し食らいついていたジムが、術式の完成を見て即座に距離を取る。



「万象焦滅しょうめつせよ・《煉獄槌れんごくつい》!!」


くだれ! 《雷皇檻らいこうかん》――――――――――――ッ!!」



 ――雷光の檻。

 《幻想獣キュマイラ》をそのうちに捕えた巨大な光の鳥籠の中で、荒れ狂う稲光が明滅する。


 光の檻に囚われた《幻想獣キュマイラ》の巨体を、禍々しく赤熱するの塊が次々と打ち据える。それは毛皮を焼き、外皮を貫き、骨を砕きながら肉を抉り焼く、破城槌にも比肩する巨大な溶岩の石槌せきついだ。


 ――捕らえた。


 二人の魔術士が放つ、強大なる二重の魔術構成が、《幻想獣キュマイラ》の巨体を捕え。

 その一切を檻のうちに焼き滅ぼさんと、激しく荒れ狂った。

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