94.決死の戦い! 伝説の魔獣《キュマイラ・Ⅳ》 対 おっさん冒険者&最強冒険者パーティ!!!!④
「――馬鹿女がッ!」
《石化》してゆく自分の身体に、ルネが完全に恐慌をきたしていた、その時。
女軽戦士が完全に石化し、中途半端な態勢で身動き取れなくなったその身体が、ぐらりと前へ傾ぐ。
完全に石像と化した女の身体。その場に着いた膝を支点として、振り子のように落ちる頭が、第四階層の無機質な床に叩きつけられんとする――その、寸前。
「こ――のっ!」
――間一髪。
走るのに邪魔な剣を放り棄て、背中を床に擦るようなスライディングでその真下へと滑り込んだユーグが、倒れ込んだルネの身体を受け止めた。
石像と化した女が壊れぬよう、とっさに肘と肩をクッションにして両手でその上体を受け止めて。ユーグは笛の音のような、細い緊張の息を吐く。
――間に合った。
だが、それだけでは終わらなかった。
ルネを救うために飛び込んだユーグの無謀を、嘲笑うかのように――《
――剣は放り投げてしまった。
――石化したルネの身体をどかす余裕はない。
まして、予備の短剣や隠し武器の手投剣を引き抜く間など、あろうはずもなかった。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
嗜虐を露わに牙を剥く蛇、その胴に。
ロキオムが
ずん――と鈍い音を立てて、黒光りする刃先が蛇の胴に沈む。
ぎっ、と呻く潰れた悲鳴が、舌をいっぱいに伸ばした蛇の喉から溢れた。
蛇の頭が見せたその反応に、ユーグは瞠目し――そして、吼えるように叫んだ。
「――
刃も魔術もろくに歯が立たなかった、『本体』とは違う。
《
「ぐぅおおおおおおおおおおおおおぉぉぉお!!!」
渾身の力を込めて、ロキオムが戦斧の刃を押し込む。
禿頭のこめかみに太い血管が浮き、両腕の筋肉が服の袖をぱんぱんに押し上げるほどに膨れ上がる。
だが、足りない。
圧し切れない。
蛇の胴がぐにゃりと伸びて。怒りに燃える蛇の顔が鎌首をもたげ、ロキオムを真っ向から捉える。
「ぐ……ぞおおお……!」
痛恨に呻くロキオム。その、傍らを。
シドの痩身が、隼のように駆け抜けた。
蛇の姿をした魔獣の尾、その直下を潜り抜けるのと同時に身をひるがえし、
ロキオムの斧が食い込んだ一点。そのちょうど真逆から
だんっ――!
肉を斬り、骨を断つ異音。鈍い悲鳴を喉奥から吐きながら、胴を切断された蛇の頭が宙を舞う。
渾身の一撃を振り下ろしたロキオムのいかつい面相が、快哉の輝きでほころぶ。
「やった……!」
「――後ろ!!」
「へっ?」
シドが叫んだ言葉の意味を、計りかねたように。
汗に濡れた顔に呆けた表情を浮かべるロキオムの身体を、シドはとっさに、横合いへ突き飛ばした。その、直後。
寸前までロキオムが立っていた空間を貫いた竜の首――その首を異様なほど長く伸ばした竜の
「ぐぁ――」
左右から。
万力のような力で閉じる竜の牙が、シドの身体を咬み千切らんと突き刺さる。
人間一人くらいなら軽々と飲み込めるであろう顎にシドを捕えながら――怒りにその相貌を燃やす竜頭の喉からは、悲鳴にも似た激しい苦悶が
龍の下顎から、シドの
左右から、竜頭の牙に咬み割かれようとした、その瞬間。シドは
その目論見は半ば成功し、半ば失敗した。
竜頭の突進はシドの想定より僅かに早く、シドの迎撃はロキオムの巨体を安全圏へ突き飛ばした分だけ僅かに遅れた。結果、竜頭の
そのため、上顎と下顎の骨に引っかけてその咬合を阻むはずだった両手剣は竜頭の口のより奥、舌の部分で突き刺さり――竜頭自身の
下顎の外皮が両手剣の切っ先を止め、柄頭が上顎を食い止めたことで、かろうじてシドの胴が食い千切られることはなかったが。
だが、完全には止め切れなかった竜の牙は、左右からシドの両腕を貫き、その尖端を肋骨にまで達せしめようとするほどに、深く深く突き立っていたのだった。
「ぐああああああああああああっ!?」
「シド――――!」
苦悶の叫び。
蒼白のフィオレが、悲鳴を上げる。
「こぉんのくっそがああああああああああああああああ!!!」
悲鳴と狂乱が入り混じりる中。
猛然と吶喊したのは、シドによって竜頭の突進から逃された、禿頭の戦士だった。
ロキオムは両刃の
「ぐぅわあああああああああああああああ―――――――――!!!」
怒りと苦悶の唸り声を上げる竜頭の目に。その刃を、力の限り振り下ろした。
それは、狙いすましての一撃か。はたまた、奇跡が
舌を貫く刃の痛みに暴れる竜頭へ――大木すら両断せんばかりの、大振りの一閃が。ぞぶりと濡れた音を立てながら、狙い過たず竜の紅い瞳を叩き割った。
強固な護りを持つ
悲鳴を上げ、激しく悶える竜頭。のたうつその首に激突し、「ぐえ」と潰れた悲鳴を上げたロキオムの巨体が、なす術なく高々と弾き飛ばされた。
絶叫を上げ、大きく開いた竜の口から――かろうじてその手に剣を握ったまま、血の尾を引いてシドの身体が落下する。
「――
「
落下するシドの身体を、癒しの光が
そのシドと、叩き飛ばされたロキオム――そして、石化した
フィオレは精霊が起こした風の絨毯を手繰り寄せ、その内側へと包んだシド達、その一切を、自らの元へと引き寄せた。
術を解くのと同時に、フィオレは飛んできたシドの身体を抱き留めた。
「フィオ、レ……?」
クロが放った癒しの魔法――
直前までの苦痛と失血からの急激な回復で、目の前が朦朧としていた彼へ――フィオレは声を限りに喚いた。
「ばか! ばか! あなたは、っ……何て無茶を!」
「まだだ、フィオレ……追撃が……」
「!」
掠れた声が発する、警告。
シドの警告で我に返ったフィオレが、弾かれたように上げた顔を
怒りに燃える竜頭の口に宿った、燃え盛る炎が。
今にもフィオレ達へと向けて、放たれんとしていた。
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