93.決死の戦い! 伝説の魔獣《キュマイラ・Ⅳ》 対 おっさん冒険者&最強冒険者パーティ!!!!③
「――つぁっ!」
渾身の力を込めて振り下ろしたシドの
手元には強烈な衝撃と――そして僅かではあるが、肉を切り裂き食い込む、ずぐりと沈むような感覚が伝わってきた。
(――斬れる)
その感覚を確信しながら、即座に剣を引く。刃が食い込んだまま筋肉が収縮すれば、剣を引き抜くことができなくなる。
それは明確な隙だ。最悪、武器を手放さなければならなくなる。そうなれば、後は自らの身を守ることすらままならず、状況は一気に不利へと傾く。
《
だが――
もっとも、傷となっているのはシドとユーグの攻撃のみだ。ジムとロキオムの刃は、
これはおそらく武器の差だ。特にジム・ドートレスの剣は――ここに至るまでの戦いの結果か――シドの目にも明らかなほど、その刀身が痛んで歪み、契法術の加護のもとにあってすら、いつ砕け折れてしまってもおかしくはなかった。
魔術はほとんど通じていない。拘束系統の術式はいとも容易く引き千切られ、攻性魔術による打撃や斬撃にもさしたる痛痒を感じていないように見える。
火球に焼かれた毛皮が焦げ、風刃に裂かれた皮膚からうっすら血が滲んでいるようだったが、せいぜいがその程度。《
さらに言えば――
「おい、シド・バレンス。気づいているか」
「ああ。多分だけど、きみが言いたいことは」
戦いながら、皮肉げに唸るユーグの言葉に、シドは頷く。
「――再生している」
魔術の炎に焼かれた毛皮から、焦げ跡が消えている。
傷口の出血が止まり、そして毛並みの生え変わりでもって、血の痕すらも消えている。
「こいつはチマチマやったところでどうにもならん。どうやら魔術士連中も、とうにそれは気づいているらしいが」
牽制の魔術が減り――そして後背から響く詠唱と共に、魔力のそれと思しき圧が膨れ上がっているのが感じられる。
「――旧き力の源・大地を言祝ぐ地神の姉妹へ伏して
「――旧き力の源・天空におわす偉大なる
牽制の魔術は、既にフィオレ一人が担っている。圧縮した空気の塊が次々と魔獣を打ち据え、弾丸のように飛んだ水飛沫が三つの頭を襲って打撃と共にその視界を塞ぐ。
その間に、リアルド教師とウィンダムの二人は詠唱に専心し、強大な魔術構成を展開しつつある。
その様を視界の端だけで一瞥し、ユーグはフンと鼻を鳴らした。
「――巻き込まれようものなら、こっちまでまとめてお陀仏だな」
「ユーグ!」
そこへ、飛んでくる声があった。《
「ルネか――こいつの注意を引っ掻き回して、時間を稼げ!」
足元を狙って伸びた竜の首――その牙から逃れて後方へ跳躍しながら、ユーグが命令を飛ばす。
「目の前を走り回ってやるだけでいい。どうせこちらの刃は、ろくろく通りやしないんだからな!」
◆
――その時。
ユーグの指示を聞いたルネの胸に膨れ上がったのは、猛烈な反発だった。
軽戦士であるルネが担う役目は
《ヒョルの長靴》でもっとも優れた冒険者は、疑いなくユーグ・フェットだ。
だが、
その
(バカにしやがって……!)
――嘗められている。
ユーグ・フェットの野郎は、ルネの力を嘗めている。その力と功績で共に《
たった一度、たまたま決闘で上を行かれた程度で、《
もういい。よくわかった。
ルネ・モーフェウスという冒険者の、女の価値を、軽々しく見積もった見る目のなさを。ユーグ・フェットに謝罪させてやらなければならない。
ゴミみたいなつまらない男に成り下がったユーグ・フェットを足元に這いつくばらせ、「ざまあ」と嘲笑いながらひれ伏させ、後悔しながら縋りついてくるその手を踏み躙ってやるくらいしなければ――もはや、ルネのプライドがおさまらない。
《
かっ、と牙を剥いて飛び掛かってくる――所詮はけだものにすぎない蛇の単純さを鼻で笑ってやりながら、その牙を余裕で躱し、跳躍して
「
狙いは肋骨の隙間。附術強化された
その切っ先は――だが、魔獣の毛皮を貫くことすらできず、いとも呆気なく弾かれていた。
「はぁ!? っんだよ、これ! あり得ない――」
「ルネ、離れろ!」
「側面! 狙われてる!」
ぐるりと反転した尾の蛇が、側面からルネを狙っていた。
「ざっ、けんな! くそ――」
忌々しく《
失敗の辛酸を苦々しく噛みながら飛び降りたルネを追って、しゃあっ、と喉を鳴らす蛇の胴が伸びた。
ぎょっと目を剥いて横っ飛びに跳び、追撃を逃れるルネ。その視界の端で、蛇の首だけがぐりんとルネの進路を追った。
かぱりと開いた蛇の口から、煙のような
――毒息。
とっさの反射で飛びのいてしまったことを後悔しながら、さらに逃れようとして。
どうしようもなく悟る。広がった煙の範囲から、跳躍直後の脚では逃れられない。もう一度跳躍して距離を稼ぐための、膝をためる時間がない。
「ぅぐ……!」
煙がルネを飲み込んだ。煙を吸わないよう息を止めて拡散を待ち、ややあって目を開けた時――ルネは「ひっ」と悲鳴を上げていた。
ルネの身体は、その末端から石化を始めていた。
「ひぃっ――いや……いやあああぁぁぁあぁぁ!?」
「この馬鹿が――暴れるんじゃない、落ち着け!」
「床にうずくまって安定した姿勢を取るんだ、早く! 『石化』だけなら後で解呪できる――助けられるから!!」
『石化』でもっとも恐ろしいのは、石化という『現象』そのものではない。
錯乱し、不安定な状態で完全に石化した結果――バランスを崩して、高い位置にある胴や頭を、硬い地面や床に叩きつけられることだ。
多少の欠け程度なら、相応の傷で済む。
だが、首が折れれば。胴が砕けてしまえば。
仮にそれらをどうにか接合したところで、重要な臓器や脳、脊髄・血管の一部を、回収しきれなかった『破片』として欠いてしまえば――たとえ『石化』そのものを解呪したとしても、助けられる見込みは低い。
まして、粉々に『粉砕』でもされてしまえば――解呪したところで、そこに残るのは粉々になった肉と骨の塊でしかない。解呪の瞬間に待っているのは、逃れえない『死』だ。
理屈としては、知っていたはずだった。
だが、目の前で石に変わっていく自分の体を前に。それ以上に、体が石に変わってゆくというおぞましい感覚に――ルネはどうしようもなく錯乱し、正気を失っていた。ユーグやシドの呼びかけも、まったく耳に入らないほどに。
「助けっ、いや……ひあああぁぁぁぁぁぁ―――――――――っ!?」
訳も分からず。威嚇とも嘲笑ともつかない声を上げる《
自分の身体が自分でないものへと変えられてゆく吐き気を催す嫌悪に、恐慌を起こしながら。
膝の関節が石に変わった自覚。
その絶望に息を呑んだ瞬間――ルネの意識は完全に、石の中へと閉ざされた。
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