107.勝利の糸口を掴め! いざ、《キュマイラ・Ⅳ》迎撃大作戦!!!⑥


 ――階下。第三層において。


 《キュマイラ・Ⅳ》と相対する、シドの戦いは続いていた。


 槍のように降り注ぐ電撃をかいくぐり。

 伸びる火閃の吐息ブレスの射線からまろぶように逃れ。

 戦いの最中で破壊された家並み、その瓦礫を魔獣の前腕――大木のような腕が弾丸のように弾いてくるのを、転がって躱す。


 破壊の轟音と魔獣の咆哮が、つくりものの空へと轟く戦場で。それでも状況は、辛うじて拮抗していた。


「ぉおうりゃ!」


 ――その拮抗を形成する一翼は、間違いなくラズカイエンの存在であった。


 竜の鱗に比肩する硬度を誇る、長大な手甲。その重量を剛腕で振り回す殴打は、硬くしなやかな魔獣の皮膚を裂くことこそないものの――その内側へ、確実に衝撃と打撃を貫通させていた


 中世の戦場において、当世よりはるかに重い全身金属鎧プレートアーマーで総身をよろった騎士達は、腰に佩いた剣のほかに、力任せで殴り据える槌矛メイスを、予備の武器として下げたという。

 硬い板金の鎧兜、その下に着込むキルトの鎧下ギャンベゾンの防御を貫通して、頭蓋や体に衝撃を与え、骨を砕く、そのための打撃武器である。


 苛立たしくいななく山羊頭。《キュマイラ・Ⅳ》の注意がラズカイエンの側へと向いたのを見計らい、シドは一足飛びに距離を詰めて斬りかかる。

 狙いは骨の防御がない、腹。あらゆる生物にとって共通の急所である臓器を抱えた、なおかつ肉体の防御が薄い部位ポイント


 こちらの接近を阻まんと伸びる竜頭をかいくぐり、後から襲ってきた尾の蛇を一刀のもと切断し。

 大きく斬り上げたその刀身を閃かせ、《キュマイラ・Ⅳ》の横っ腹へと振り下ろす。


 ぞんっ――!


 鈍い音を立てて、肉が斬れる感覚が柄を握るてのひらに伝わる。筋肉による防御がない訳ではなかっただろうが、それでもここは、他の部位より入る。


(よし――!)


 この程度で倒せないのは、とうに分かっている。《キュマイラ・Ⅳ》は再生する――白金階位プラチナ・クラスの魔術士二人が放った二重の極大術式に耐えうるほどの、再生速度でもって。


 だが、《キュマイラ・Ⅳ》をここへ釘付けにするだけなら、それは十分な効果を持つ。魔獣の苦痛と怒りを煽り、自らの周囲を跳ね回る鬱陶しい羽虫の退治に意識を向けさせ続ける意味においては。


 ――あの若い冒険者達は、うまく逃げられただろうか。

 二層から三層、そして三層から四層への階段がある周囲は冒険者達のキャンプ地のようになっており、冒険者の数も多い。

 ちいさな街のようになったその場所には、《諸王立冒険者連盟機構》の出張所まであるという――これはユーグ達に訊いただけの話だったが、もし本当にそんなものがあるのなら、そこまで彼らがたどり着いてくれれば、外との連絡だってとれるかもしれない。

 この事態をより多くの人へと伝え、然るべき対策を、練ってくれるかもしれない。


(それまでの間、俺達でこいつを――!)


 竜頭の追撃を警戒して視線を周囲へ走らせようとした、その直前――目の前に現れたものに、シドは一瞬、頭の中が真っ白に呆けた。


 手槍ほどの長さを持つ、針のようなもの――近しい何かを上げるなら、ハリネズミの体を覆う針のようなものが。

 今しがた腹に一刀を斬り込んだばかりだった《キュマイラ・Ⅳ》の胴――その側面で槍衾やりぶすまのようにと生えて、その針はさながら拷問器の針のように、すべて真っすぐに伸びていたのである。


 背筋を駆けのぼる冷たい予感に襲われ、シドは咄嗟に身を伏せる。

 その直上の空間を――弾丸のように射出された『針』が、次々と貫いていった。


 弾丸のように飛んだ無数の針は、周辺の家へ次々と突き刺さり、石造りの建屋を粉砕して瓦礫と変えていく。

 すべての針を撃ち尽くした瞬間、そこに再びぞろりと針が生えそろった。

 今度は、伏せたシドを狙い打つように、その照準を下方へ定めて。


「…………………!」


 転がって、《キュマイラ・Ⅳ》の直下、腹の下へと逃げ込む。

 すぐ後ろで、射出した針が石畳の街路を穿ち貫く音を、ぞっと冷たく吹き寄せる空気の流れとともに感じながら。《キュマイラ・Ⅳ》の胴の下をくぐって、反対側までまろび出る。


「ラズカイエン――!」


「分かっている! いちいち煩いぞ!!」


 肉薄し、手甲で殴りつけていたラズカイエンから、《キュマイラ・Ⅳ》が大きく跳躍して距離を取る。

 側面を向けたその胴には、最前にシドを狙ったものと同じ『針』が再びびっしり生えそろって、その照準を二人の戦士へ向けていた。


「来い! オレの後ろだッ!!」


 片膝をつき、両腕の手甲を大盾のように石畳の街路へ突き立てるラズカイエン。

 シドは強く石畳を蹴って走り、その盾の護る後ろへ、身体を小さくしながら滑り込んだ。


 咆哮と共に、無数の『針』が飛ぶ。

 高速で撃ち刺された、投擲槍ジャヴェリンほどもある『針』は唸りを挙げてシドの至近を掠め、後背に在った街並みを、当たる端から瓦礫の山へと変えていった。



 無数の投擲槍ジャヴェリンのように撃ち出された『針』が引き起こす破壊の轟音は、第四層のフィオレ達へも届いていた。


「え――!?」


「何だ、今の凄まじい音は――!」


「私が見て参ります! 皆様は、どうかそのまま!」


 駆けだそうとするフィオレやジム達を制止し、《軌道猟兵団》の冒険者ネロが確認に向かう。

 床の大穴から階下を伺ったネロは、そこに広がるおそるべき破壊の光景に息を呑んだ。


「どうした、ネロ! 下では一体、何が起きている!?」


「だ、第三層の――迷宮市街が、破壊されております」


 慄きながらも、ネロは事態を報告する。


「直下の市街は、瓦礫の山です。まるで、無数の投石器を打ち込んだか、あるいは炸裂魔法を浴びせるように叩きつけた後の、戦場のような有様です」


「……どうやらこちらも、のんびり話し合ってばかりはいられないらしいな」


 ユーグは気のない立ち姿で、声を張り上げて報告するネロの背中を見遣っていたが。

 やがて、ちいさく鼻で笑い、あらためて立ちはだかるフィオレへと目を向けた。


「これ以上事態を長引かせれば、シド・バレンスとていつまでもつか知れたものじゃない。階下の二人が倒されれば、次に狙われるのはここにいる俺達だろうしな」


 良く響く声で放言されたその言葉に、《ヒョルの長靴》の冒険者達が揃ってぎょっと竦む。


 然してユーグの目は、フィオレではなく――その背に庇われた後ろ。


 怯えるでもなく、怖気るでもなく。ただ、痩せた身体でぽつりと静かに立ち尽くす少女を――クロの姿を捉えていた。


「俺の推測はこうだ。護るべき『ひと』――即ち《真人》種族の数が再び『ゼロ』に戻れば、《キュマイラ・Ⅳ》に課せられた命令は再び不成立となり、ヤツはこの五百年間、一度として姿を見せなかったのと同じ――言わば、『待機状態』へと移行する」


 ユーグは言った。


「つまるところ、相手を『生き物』だと思っているから認識が狂うのさ。少なくともやつキュマイラに関して言うなら、魔術士どもが使う使令人形ゴーレムと同じ――与えられた命令に応じて動くばかりの、箱舟の『番人』ってことだ」


 反駁の声は上がらない。

 そして、張り詰めた静寂の中。ユーグは遂に、決定的な一言を口にする。



「そこなお嬢ちゃんをすれば、《キュマイラ・Ⅳ》も停止する。以上が俺の結論だが――」



 宝種オーブの少女を見据えたまま。男は皮肉げに口の端を吊り上げて、薄く笑う。



「――さて、どう思うね? エルフのお嬢ちゃん。此処に居並ぶお歴々の皆様よ」



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