106.勝利の糸口を掴め! いざ、《キュマイラ・Ⅳ》迎撃大作戦!!!⑤
「ユーグ……?」
ただならぬ気配を感じ取って。フィオレが不安に眉をたわめた。
「待って、ユーグ。あなた、いったい何を考えて」
「黙ってろ、お嬢ちゃん。今この時、あんたの見解なんざお呼びじゃない」
視線はクロへと注いだまま。
ユーグはフィオレの呼びかけを一蹴する。
「思うに、こいつは非常に大事なことだ。お願いだから正直に答えてくれよ、
繰り返す、その詰問に。
クロは、やがて――ちいさく、力のないため息をついた。
「――《キュマイラ・Ⅳ》に与えられた命令は、この
――この世界に、安寧と平穏を取り戻すこと。
そのために下された指令は、みっつ。
「『ひと』を護ること。
『敵』を討つこと。
そして――
「そうかい。つまりはそいつが、事の真相ってワケか」
黒装束の戦士の、黒い
くつくつと、ユーグは肩を震わせて、笑っていた。
その手が、腰の後ろに下げた短剣の柄へとかかった。
「待ちなさい!」
その動きを見て取った瞬間。
クロとユーグの間に、フィオレが割って入った。
「ユーグ・フェット、あなた――その手は何のつもり!? 今、この子に何をするつもりだったの!!」
「おっと――」
クロを背にして庇うように立ち、厳しく睨み据えるフィオレの目を一瞥して。
ユーグは口の端に薄い笑みを浮かべながら、短剣の柄から手を離した。
「すまない、エルフのお嬢ちゃん。ちと気が逸っちまった――ああ、確かにそうだ、この制止はまったく合理的だ。やるなら一撃で確実に、一瞬でやらないとな。階下の
「何を……」
「何だ、意外に察しが悪いんだな? この局面でやることに向かって、今更『何』ってこたないだろう」
当惑を露わに呻くフィオレへ。
ユーグは、にぃっと口の端を吊り上げて嗤った。
「《
ユーグは言う。
ゆっくりと、物わかりの悪い子供へ噛んで含めて伝えるように。
「そのために。俺はこの戦いの元凶を断とうとしただけさ――あの《
◆
――再び、第四層の冒険者達を、沈黙が支配した。
張り詰めた弓弦のような。今にも引き千切れんばかりの、緊迫が齎す静寂だった。
そんな中で真っ先に我に返ったのは、ユーグと正面から対峙するフィオレだった。
「どういうこと……?」
クロを後背に庇いながら、フィオレはかすかに震える声で問い質す。
恐怖ゆえではない。ひどく胸をざわつかせる、不穏な緊張がもたらす震えだった。
「この子が、《
「その答えなら、そこの
フィオレの肩越しに、クロを――その傍らに
「英雄オルランドの時代から五百年もの間その姿を見せなかった、かの《
「貴様、まさか――」
「英雄オルランドの
ジムの呻きへかぶせるように問いながら、ユーグは一同を見渡した。
――今より五百年の昔。
《
恵み深き
その、絶望の只中にあって――ひとりの不屈なる戦士が立ち上がった。
戦士の名は、オルランド。
男は一振りの剣を手に人々の先駆けとなり、地を埋め尽くす魔物どもを前にか弱き民草を護るべく、無謀ともいえる戦いに挑んでいった。
「何故、魔物は《
何故、魔物どもは《
――何故。
人々を護る英雄オルランドの戦いが、その始まりへと至ったのか。
「そいつは『ひと』を護るため。つまりはこの《
『ひと』を護り、『敵』を討ち、『咎人』を探し出す。即ち、『ひと』とは《真人》であり、『敵』とは《
――いや、と。
朗々とした語りを、
「おそらくは、この《
「……まさか、そんなことが」
ジムが呻いた。朗々としたユーグの弁舌から導き出されたその答えが信じられず、《賢者の塔》の研究員たる彼はまるで雷に撃たれたかのように、愕然と
リアルド教師やウィンダム――同じく《賢者の塔》の研究員たる魔術士達も、彼と同じ表情をしていた。
そう――
「いたのさ、ここには。はるかいにしえにこの世界を去ったはずの《真人》種族が、この《
クロの
しかし沈黙は、今この時においては、このうえないほど雄弁な回答だった。
「いや――待て、ユーグ・フェットとやら!」
はっと我にかえって。
前のめりに割り込んだのは、やはりジム・ドートレスであった。
「確かに! 彼女の復活と時を同じくするようにして、あの《
「あんた、学者先生の割に物分かりが良くないな? それとも、まだ混乱でもしているのかい、ここまでの事態に振り回されっぱなしでよ」
「何を!?」
「べつに俺は、このお嬢ちゃんがその『咎人』やらだなどとは思っちゃいない。むしろ、その『逆』だ」
ユーグは大仰に肩をすくめる仕草をして、そして言った。
「英雄オルランドの
英雄オルランドの
「だが、おそらくはそうじゃない。もとより
《キュマイラ・Ⅳ》に与えられた命令。
『ひと』を護り、
『敵』を討ち、
『咎人』を追跡する――
「その完遂が、成立しえないものとなったからだ。戦い護るべき『
最前に、ユーグはクロへと問うた。この塔には五百年前まで、《真人》種族が生きていたのではないかと。クロの応えはなく、それこそが明白な回答であった。
ユーグの脳裏へ、その問いを導いたもの――即ち、これこそがその理由。
すべての『ひと』が消え果てれば、かの命令は果たし得ない。
もはや《キュマイラ・Ⅳ》は誰一人とて、『ひと』を護ることなど
ゆえに、
「そこに戦いの意味は無く。だから《キュマイラ・Ⅳ》は、戦いをやめたのさ」
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