105.勝利の糸口を掴め! いざ、《キュマイラ・Ⅳ》迎撃大作戦!!!④


「あなた、魔獣あれの考えてることが分かるの!?」


 クロへと詰め寄り、フィオレが素っ頓狂な叫びをあげた。

 その声が煩い、というように、クロはきゅっと眉をひそめる。


「ええ……はい。クーは《キュマイラ・Ⅳ》と繋がっています。《キュマイラ・Ⅳ》の心が見ているものを、クーの心は見ています」


「でも、あなた……あいつの本体は《箱舟アーク》だって!」


「正しくは《箱舟アーク》の分散管理演算基、その一部です」


 律儀に訂正し、クロは続ける。


「だとしても、何も変わりません。それは、魔獣キュマイラの脳が『体の外』にあるというのと同じこと。思考による命令は肉体へと伝わり、肉体による観測は脳へと伝わり、脳と肉体は命令と観測を介して繋がっています――思考は心であり、その心はわたしクーの心と繋がります。ゆえにわたしクーの心は、《キュマイラ・Ⅳ》の心と繋がっているのです」


 フィオレは、完全に絶句していた。

 言いたいことはいくらでもあるが、言ったところで詮無いことばかりで、言葉が完全に目詰まりを起こしている――そんな、どうしようもないものと激突した後のような、途方に暮れた顔をしていた。


「……いずれにせよ、『殺す』試みは現実的でない。そう考えるべきなのでしょうね」


 苦しげな声でそう呻いたのは、《軌道猟兵団》のロト・ヘリオン侍祭だった。

 荒い息をついて呻く彼の、その苦渋は、現状に対する困惑と悲嘆ゆえではあっただろうが――そればかりが理由ではない。


「よしんば、それをなしうる手段があったとしても……今の僕達に、それを果たせるだけの余力リソースがあるとは、到底思えません」


 高位の契法術たる《聖剣》を展開し、かつ前衛の身を護る《聖鎧》を付与し続けたロト侍祭の顔色は、既に血の気を失って蒼白だった。もとより彼は、瀕死だったウィンダムへの《治癒》に、大量の法力を注ぎ込んでいた身でもあった。


 ――完全に、『魔法切れ』を起こしている。


 そのうえで、なお残った乏しい法力を振り絞り、無理に魔法を行使しつづけたがために、その体に限界が近づいているのだ。


 魔法切れは、他の術士達もさほど変わらない。

 フィオレも既に魔法切れ――階下のシドを援護し、巻き込まれた冒険者達を逃がすために張った砂嵐が最後の一発だ。より『魔法』に近しい森妖精エルフ種族ある彼女は、時間の経過で他の術士よりも早く回復はするだろうが、それとて《キュマイラ・Ⅳ》を倒せる魔術を編めるかとなれば、到底その可能性は望めまい。


 リアルド教師とウィンダムにはまだ多少の余力があったが、それでも最前に放った《煉獄鎚れんごくつい》や《雷皇檻らいこうかん》のような規模の術式は、もう編めない。残った魔力で撃てる魔法は《キュマイラ・Ⅳ》相手では牽制して怯ませるのがせいぜいで、それとてもはや数を撃てるほどの余裕はない。

 魔術士というなら《ヒョルの長靴》のケイシー・ノレスタがいるが、より高位にあるだろう白金階位プラチナ・クラスの魔術士二人がかりで倒せなかった魔獣だ。少なくとも攻性魔術の範疇において、彼女の魔術が決め手になるとは考え難い。


 武器で仕留める――論外だ。《聖剣》の加護を重ねたうえで、なお《キュマイラ・Ⅳ》に対しては決定的な打撃を与えられていない。

 シド・バレンスがかろうじて与えてきた傷は、とうに血の跡すら残っていない。一度は完全に斬り飛ばした尾の大蛇や、ロキオムの戦斧バトルアクスが突き刺さっていた竜頭の眼球も、既に完全な再生を終え――その戦斧はといえば、《雷皇檻》の雷撃に焼かれた黒焦げのていで、今は階下の瓦礫の中に埋まっているのだろう。


 そのうえで――《キュマイラ・Ⅳ》には、まだ自身を強化する余地がある。


 ロト侍祭が言う通り。かの魔獣を殺す、かの魔獣を打倒する試みは、今の自分達にはあまりに途方もないものだと、認めざるを得なかった。


「――そもそもだがな」


 そうして、絶望的な沈黙が落ちる中。

 重苦しい空気をものともせず、口を開く者がいた。


あいつキュマイラはどうして、今になって姿を現した?」


「え……?」


 怪訝に目を瞬かせるフィオレ。

 ひどく素朴な疑問を切り出した、その男――ユーグ・フェットは、そんな彼女を一瞥し、そして淡々と言葉を続けた。


「何故にだったのかという話さ。英雄オルランドの叙事詩サーガに曰く、《幻想獣キュマイラ》が他の魔物どもの生き残りと共に《箱舟アーク》へ逃げ帰ってから、今に至るまでゆうに五百余年――その間、《箱舟アーク》のどこぞで《幻想獣キュマイラ》に出くわしたなんて話が、一度でもあったか? 誰か、噂か言い伝え程度にでも聞いたことがあるか、そんな話を」


 ――ない。


 熟練の冒険者達の一様な沈黙が、その明白な答えである。


「運悪く出くわしたやつが、みんな死んでたってだけかもしれんがね。だが――だとしても、だぞ? 現存するうちじゃ大陸最古の《聖樹国イグドラシア》ですら、その前身たる聖王国の期間を別とすればその歴史はせいぜいが六百年、当時から残ってる国すべてを挙げても片手の指で数えられる程度だ――つまるところ五百年ってのは、そういう規模の時間なんだぜ?」


 そこまで言ったユーグは、不意にフィオレを一瞥し――皮肉っぽい表情で鼻を鳴らした。

 森妖精エルフのお嬢ちゃんにとったら、その程度は大した時間じゃないかもしれんがね、と――そう言わんばかりの態度だった。


「仮に、あの魔獣が《箱舟アーク》の中をうろついていたとしたならだ。周りの連中を犠牲にして自分だけ幻想獣キュマイラから逃げ延びたような卑怯者が、あるいは遠目に《幻想獣キュマイラ》の姿を見つけてすぐさま逃げ帰った臆病者が、この五百年で一人もいなかったなんてハナシがあり得るものか?

 全くあり得ないとまでは言わない。その遭遇が、記録として残らなかっただけかもしれない。だが――疑わしい状況ではある」


 そして、ユーグはクロを見た。

 鋭く凍りつくような、詰問の眼光で。


「お嬢ちゃん、あんたさっき言ったな? あの幻想獣は『』」


「……ひとのおはなしを、よく聞いていたみたいですね、ユーグ・フェット」


「生まれつき記憶力はいい方らしくてね。ついでに言えば、あんたはこうも言ったはずだ――『《キュマイラ・Ⅳ》は命令が有効である限り稼働し、』」


 表情の抜け落ちた、『無』の面持ちで、ユーグを見上げるクロ。

 黒衣の冒険者は、さらに詰問を重ねる。


、奴は現れなかった――そういう事なんじゃないのか? 五百年に及ぶ《幻想獣キュマイラ》の不在、その理由は、そこにあるんじゃないのか?」


 うっすらと、酷薄な笑みが浮かぶ。

 その面にあったのは、確固たる『確信』の表情だった。


「《キュマイラ・Ⅳ》に与えられた『命令』とは、何だ?」


 剣の切っ先を突きつけるように。ユーグは問い詰める。


「お前はそれを、知ってるんじゃないのか――なあ? 《真人》種族のお嬢さんよ」


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